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魔法世界は運用で回る  作者: 月の位相
夫婦編

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205/248

第205話 逃げ道の値段

 三日後の会議室は、席が足りなかった。


 術務室から私とセシルとフィン、記録役にリゼ。財務。住民行政。学校側から一人。民間の工房が四つ。それからマリエ。


 なぜかルドーもいた。


「先生は、なぜ」


「学校の教材が人質になったと聞いた。見に来た」


 現場こそ授業だ、とこの人は言う。この人の言う現場は、近ごろ会議室であることが多い。


 卓の上には、リゼの一覧が置いてある。三日前は三十二だった。今朝は六十一になっていた。


「議題は三つです」


 私は表示盤に書いた。


 一、春までに、いくら払うことになるのかを知る

 二、契約の側で、殴られにくくする

 三、長い目で、頼りすぎている場所を狭くする


「一を飛ばして三から始めたい人が、この部屋に何人かいると思います」


 何人かが目を逸らした。


「気持ちは分かります。ですが、三から始めると、いちばん腹の立つものから移すことになります。腹の立つものと、危ないものは、別です」


———

「じゃあ、二から先にやるわ。私のほうが早いから」


 マリエが羊皮紙を広げた。三日で、束が倍になっている。


「王都が結んでいる利用許し札を、全部読んだわ」


「全部ですか」


「全部よ。だいたい、読んでいないから今こうなってるの」


 マリエは表示盤に書き出した。


 読んで分かったこと


  ・王都の大きいほうの許し札には、片方の都合で条件を変えられる文が入っている

  ・変えるときの報せは三十日前。公の術式には、何もできない長さ

  ・今までの版を使い続ける権利は、書かれていない。禁じてもいない。つまり、揉める

  ・公の機関向けの特約は、無い

  ・数え方について書いた文は、一行も無い

  ・抜けるときに記録や素材を持ち出せるかは、書かれていない


「六つ全部、悪いほうですね」


 セシルが言った。


「悪いというより、空いてるの。書いていないところは、揉めたときに強いほうが埋めるのよ」


 マリエは筆の尻で表示盤を叩いた。


「契約はね、揉めたときに読むものじゃないの。揉める前に、揉め方を決めておくものよ」


「揉め方を決める……」


 リゼが繰り返した。


「かなり大事です」


 私は言った。


「揉め方が決まっていないと、揉めるかどうかを相手が決めます」


「そういうこと」


 マリエは、そこで一度、部屋を見渡した。


「もう一つ言っておくわ。今日この部屋にいる工房の皆さん。うちは小さいから契約なんて関係ない、と思っている人がいたら、逆よ。小さいところほど、書いていない部分を埋められる側になるの」


「読めばいいんですか」


 琥珀工房のザナが訊いた。


「読んで、分からないところに印を付けて、持ってきなさい。ただで見るとは言わないけど、後から泣くよりは安いわ」


———

「では、一と三をまとめてやります」


 私は表示盤の反対側に立った。


 六十一の術式を、三つに分ける。分け方は、移せるかどうかである。


 甲 すぐ移せる


  ・見せるだけの術式

  ・独自の呼び方をほとんど使っていない

  ・記録の形が単純

  ・使う者が少ない


 乙 移せるが、刻がかかる


  ・幻影の描き出しや、指の触れの受け取りに深く頼っている

  ・学校の教材術式

  ・中くらいの市民向け術式

  ・確かめ直しに刻がかかる


 丙 実のところ、移せない


  ・長く動かしている大きな術式

  ・独自の継ぎ足しを大量に使っている

  ・書いた者が、もういない

  ・他の術系と絡んでいる

  ・公の度合いが高く、止められない


「甲が十九、乙が二十八、丙が十四です」


「丙が十四」


 住民行政の人が繰り返した。


「その十四に、避難の道案内と、治癒院の待ち刻の表示が入っています」


 部屋が静かになった。


「全部を一度に移すことはできません。順は、こうです。公の度合いが高くて、料金の当たりが大きくて、しかも移せるもの。この三つが重なるところから始めます」


「丙は」


「丙は、今年は移しません」


「放っておくんですか」


「放ちません。丙こそ、いちばん時間がかかるので、いちばん早く準備を始めます。ただし、移すのは来年以降です」


 私は書いた。


 急ぐことと、先にやることは、違う


———

 次は、移り先である。


 表示盤に三つ並べた。


 幻刃機関


  ・絵が強い。あれで作った景色は、たしかに美しい

  ・重い。安い術盤では動かない

  ・高い

  ・売り上げの一部を納める形。つまり、別の紐が付く


 神無機関


  ・公開術式系。誰の許しも要らない

  ・軽い

  ・料金の決め方を、ある日変えられる心配がない

  ・そのかわり、動かなくなったとき、直すのはこちら

  ・王都で使える者が、十人いない


 自前の幻景機関


  ・全部こちらで決められる

  ・作るだけで、たぶん三年

  ・作ったあと、ずっと守り続ける人が要る


「三つ目は」


 フィンが言いかけた。


「無しです。書いたのは、無しだと分かるように書いただけです」


「ですよね」


 リゼが表を上から下まで読んで、顔を上げた。


「これ、どれもよくない気がするんだけど」


「そうです」


「そうですって」


「移り先にも、別の地獄があります」


 私は神無機関の行を指した。


「たとえばここ。料金の心配は無くなります。そのかわり、王都の避難案内が真夜中に止まったとき、直せるのは王都の人間だけになります。今は、少なくとも文句を言う相手がいます」


「文句を言う相手がいるのは、いいことなの?」


「悪いことばかりではありません。責任を外に置けるというのは、それ自体が値打ちです。ただしその値打ちには、相手の気が変わるという値段が付いています」


「……逃げ道って、ただじゃないのね」


「たいてい、銭がかかります。先に払うか、後で払うかの違いです」


 ルドーが、壁際で短く言った。


「安いほうを先に払え」


「はい」


「以上だ」


 それでルドーは黙った。この人の授業は、いつも三行で終わる。


———

 春までの手当を決めた。


  ・統一幻景機関で組んだ術式の棚卸しを続ける。設置の数、使う者の数、公の度合い、移しやすさを一覧にする

  ・新しく組むときに統一幻景機関を使う場合は、術務室の審査を通す

  ・払うことになる額の見込みを、三通り作る。安いとき、思ったとき、ひどいとき

  ・白帆商会へ、公の機関向けの特約を求める

  ・数え方を明かすよう求める

  ・今までの版を使い続ける条件を、文で答えさせる

  ・王都の工房へ、注意の触れを出す

  ・甲のうち三つを、神無機関へ移して試す


「最後のは、なぜ三つ」


 セシルが訊いた。


「一つだと、たまたま上手くいったのか分かりません。十だと、失敗したとき止まりません。三つです」


「試すのは、どれに」


「見物案内と、水路の工事の告知と、公の施設の案内です。止まっても誰も死なないものから」


「そこは、はっきり言うんですね」


「はっきり言わないと、いつのまにか避難案内が試しに使われます。人類は、勇気を出す場所をよく間違えます」


———

 長い目の話は、二つに分けた。


 一つはマリエ、一つは私である。


「私のぶんから行くわ」


 マリエが書いた。


 これから結ぶ契約に入れる文


  ・重い料金の変更には、十分な報せの刻を置く

  ・既に世に出ている術式へ、遡って当てない

  ・料金の対象が何かを、言葉で定める

  ・こちらが数えを検められるようにする

  ・数え違いのときの、申し立ての道を作る

  ・公の服務には、別の条件を置く

  ・抜けるときに、移る刻を確保する

  ・記録と素材を持ち出す権利を書く

  ・支えを終えるときの猶予を書く


「九つね。全部通ることは、まず無いわ」


「無いんですか」


 ザナが言った。


「相手は大きいもの。でもね、九つ出して四つ通れば、四つぶん強くなるの。出さなければ零よ」


「四つなら、どれを取りますか」


 私は訊いた。


「数えの検め。遡らせない。持ち出しの権利。それと、抜ける権利」


 迷いのない答えだった。


「その四つがあれば、あとは金の話に落ちるから。金の話に落ちれば、こっちにも打つ手があるわ」


 マリエはそこで、少し声を落とした。


「逆に言うとね。『使えます』と『安心して使い続けられます』は、別のことなの。前のほうは向こうが決められて、後のほうは契約にしか書けない」


「それ、技術でも同じです」


「知ってる。あなた、いつも同じ顔でそれを言うのよ」


———

「では、技術の側です」


 私は表示盤を消して、真ん中に一本、線を引いた。


 線の上に、術式の仕事。線の下に、統一幻景機関。


「今、王都の術式の多くは、この線をまたいで書かれています。避難の道順を決める部分の途中に、幻影の出し方が直に書いてある。混ざっているんです」


「混ざっていると、どうなるの」


「移すときに、全部を読み直すことになります。どこが仕事で、どこが機関の作法か、書いた人にしか分かりません。そして書いた人はもういません」


「じゃあ、間に一枚挟めばいいんじゃないですか」


 セシルが言った。この人が言い出すときは、たいてい頭の中でもう組んでいる。


「機関を直に呼ぶのをやめて、こちらの言葉で決めた薄い包みを一枚かぶせる。中だけが機関の言葉を知っていて、外は知らない。移すときは、包みの内側だけ書き直す」


 部屋が、いくらか明るくなった。


 その顔を見てから言うのは、少し気が引けた。


「私も、最初にそれを考えました」


「……ですが、の顔ですね」


「ですが、たぶん駄目です」


 私は線の下、機関の側を大きく二つに割った。


 包める端 / 包めない真ん中


「端のほうは包めます。記録のしまい方。通信。報せの出し方。銭の受け取り。位置の割り出し。このあたりは、機関に頼まなくてもよかったものが、たまたま機関の中にあるだけです。包めば剥がせます」


「真ん中は」


「景色をどう組み立てるか。物をどう並べるか。何が何にぶら下がって、どの順に描かれるか。触れたものが当たったかどうかを、誰がどう決めるか」


 私は真ん中の側を指したまま言った。


「ここは、機関の考え方そのものです」


「それを包むと」


「包んだ内側に、もう一つ幻景機関を書くことになります」


 誰かが、あ、という顔をした。


「薄く包めば、包みの穴から機関の作法が漏れます。漏れた先を辿れば、結局あちらの言葉です。厚く包めば漏れません。かわりに、そこに出来上がっているのは自前の幻景機関です。さっき、無しだと分かるように書いたやつです」


 ザナが、遠慮がちに手を挙げた。


「あの。うちの者の頭の中も、たぶん機関の形をしてます」


「それもあります」


 私は頷いた。


「人は包めません。作法を覚えた手は、包みの外でも同じ形で動きます」


 部屋が静かになった。さっき明るくなった分だけ、静かになった。


「では、どうするんですか」


 住民行政の人が訊いた。


「技術の側に、きれいな答えはありません」


 今日いちばん言いにくいところだった。


「移りやすくする手を、私は持っていません。持っていると言う者がいたら、その人はまだ一度も移したことがない人です」


 リゼが、記録の手を止めた。


「……それ、そのまま書いていいの?」


「書いてください。今日いちばん大事なところです」


———

 そのうえで、できることはある。狭いが、ある。


 表示盤に三つだけ書いた。


  一、機関の話ではない部分を、機関の外に出しておく

  二、記録と素材を、機関の形でしか読めない形にしない

  三、移すときは「移す」と呼ばず、「書き直す」と呼ぶ


「一つ目です。避難の道順を決める規則。治癒院の待ち刻の数え方。窓口の順番の決まり。これは絵の話ではありません。機関が無くても成り立つ話です。ところが今は、絵の中に埋まっています」


「掘り出すんですか」


「掘り出して、機関の外に置きます。移るときに助かるからではありません。移れなかったときにも、規則だけは手元に残るからです」


「二つ目は」


「絵も音も記録も、いまはあちらの形に直して持っています。それとは別に、こちらで読める形の写しを一つ持ちます。二重に持つので手間は増えます。増えますが、これは今日から始められます」


「三つ目は……言い方の話ですか」


 フィンが訊いた。


「言い方の話です。そして、たぶんいちばん効きます」


 私は三つ目を丸で囲んだ。


「移す、と言うと、人は荷車を思い浮かべます。積み替えれば済むと思う。実際には書き直しです。書き直しだと初めから呼んでおけば、見積もりが正直になります」


「額は同じですよね」


「同じです。ただ、驚かなくなります。驚いた人は、たいてい間違ったほうを選びます」


———

 マリエが、そこで筆を置いた。


「じゃあ、はっきりさせておくわね」


 部屋を見渡す。


「技術では逃げられないの。逃げられると言えるはずの人が、逃げられないと言ってるんだから、そう」


「はい」


「なら、逃げ道は技術の外にしか無いということ。値段の決め方、契約の書き方、買うときの選び方。さっき並べた九つは、飾りじゃないの。あれが、この件でこちらから動かせる、ほとんど唯一の場所よ」


 私は頷いた。


 技術で解けないものを技術で解こうとするのは、たいてい格好がつく。格好がついている間に、契約は向こうの形のまま更新される。


「一つだけ、付け足していいですか」


「どうぞ」


「今朝、議題の三つ目に、頼りすぎている場所を狭くする、と書きました。あれは書き直します」


 私は表示盤の隅を消して、書き直した。


 頼りを薄くすることはできない。頼っている場所を、正直に数えることはできる


  逃げられないと分かっている相手とは、逃げられない前提で値段を決める


 リゼが、それを写しながら訊いた。


「……ずいぶん負けてる結論ね」


「負けています」


「認めるんだ」


「ここで勝ったふりをすると、来年もっと負けます」



———

 もう一つ、決めたことがある。


 新しい基盤を選ぶときに、先に数えることを一覧にした。


 出口の値踏み


  ・記録を持ち出せるか

  ・素材を、別の機関で使い回せるか

  ・仕事の筋と、見せる側を分けられるか

  ・作り直すとしたら、何人で、何月かかるか

  ・契約が終わったとき、何が残るか

  ・料金の決め方が変わったとき、逃げられるか

  ・相手が倒れたとき、どうなるか

  ・支えが終わるとき、移る刻をもらえるか


「これ、選ぶ前にやるんですか」


 住民行政の人が言った。


「選ぶ前です」


「入る前に出るときの話をするのは、なんというか」


「縁起が悪いですか」


「……正直、少し」


「入口の便利さだけで選ぶと、出口で泣きます」


 私は一覧を指した。


「そして出口の値段は、入るときにいちばん安く見積もれます。まだ何も乗っていないので」


 マリエが横から付け足した。


「家を借りるとき、退去のときにいくら取られるかを先に読むでしょう。同じよ。読まないで借りる人が多いのも、同じ」


———

 半月後、白帆商会が告知を改めた。


 術務室の受け取り盤の前に、また全員が集まった。今度は、前より静かに集まった。


  ・設置ごとの料金は、取り下げます

  ・かわりに、売り上げの何分の一か、という形に改め、低いほうを頂きます

  ・既に世に出ている術式には当てません。次の版から先に当てます

  ・設置の数は、作り手の申告を基とします


 部屋の空気が、ゆるんだ。


 誰かが息を吐いた。フィンが「よかった」と言って、そのあと自分で少し驚いた顔をした。


「……よかったのか、これ」


「今回は、です」


 私は言った。


「今回は?」


「取り下げられたのは、料金です。取り下げられていないものが、二つあります」


 私は書いた。


 一、片方の都合だけで変えられる、という形はそのまま

 二、この商会は、そういう変え方をする、と全員が知った


「二は、向こうの損ですよね」


 セシルが言った。


「向こうの損です。そして、こちらの財産でもあります」


「財産」


「次に契約を結ぶとき、私たちはもう、あの九つの文を出せます。三日前までは、出す理由が誰にも説明できませんでした」


 マリエが、静かに頷いた。


「一度これをやった相手だとね。次の契約では、こっちの見方が変わるの。それは向こうにとって、料金より高くつくわ」


 フィンが手元の紙をめくった。


「白帆商会、ずっと儲かってないらしいですよ。報導社が先月、そう書いてました」


「……だから、こうなったんでしょうね」


「同情するんですか」


「します。同情はします」


 私は紙を返した。


「便利なものをただで配って、皆に使わせて、その後どうやって食べていくかを決めていなかった。苦しいのは本当だと思います。ただ、苦しいからといって、後ろから殴っていい相手が客だということには、なりません」


———

 王都は、統一幻景機関を禁じなかった。


 理由は、いくつもある。既に組んだものが多い。使える者が多い。移り先にも危うさがある。何より、感情で切ると、避難の道案内が春まで止まる。


 かわりに、決めた。


  ・新しく使うときは、審査を通す

  ・頼っている場所の棚卸しを、年に一度やる

  ・移り先を、小さく試し続ける

  ・丙の十四には、移る計画の下書きを作る

  ・公の度合いが高い術式は、出口の値踏みを必ずやる

  ・数え方を明かさない契約は、結ばない


 最後の一行を書いたとき、マリエが「それ、太く書いて」と言った。太く書いた。


「便利な道具を使うな、という話ではないんです」


 私は部屋に向かって言った。


「便利な道具に、首輪まで預けるな、という話です」


「首輪を預けるなら」


 マリエが引き取った。


「せめて、鍵の置き場所は契約に書かせなさい」


———

 その晩。


 家に帰ると、リゼが卓に一覧の写しを広げていた。仕事を持ち帰るなと言った側が持ち帰っている。


「これ、清書しないと読めないのよ」


「明日でいい」


「明日は明日の分があるの」


 リゼは筆を置いて、伸びをした。


「ねえ。今日ずっと聞いてて思ったんだけど」


「うん」


「なんか、結婚より怖い契約の話してない?」


「結婚は、いきなり設置課金を始めたりしないからな」


「したら?」


「交渉する」


「マリエさん呼ぶ?」


「呼ばれないと思う」


 リゼが笑った。それから、少し真面目な顔になった。


「でもさ。うちも、片方の都合で条件を変えられる文、入ってないわよね」


「入ってない」


「よかった」


「そもそも、うちの契約は、役所の帳面に一行あるだけだ」


「……それ、書いてなさすぎじゃないの?」


「書いてない。ただ、書いていないところを強いほうが埋めない相手とだけ結ぶものだ、とも言える」


「言い方が仕事なのよ」


 リゼは写しを丸めて、卓の端に置いた。


 窓の外で、王都の灯が、いつもどおりに点いている。


 あの灯の下で、六十一の術式が今夜も動いている。そのうち十四は、移すことができない。たぶん、来年も再来年もできない。


 できないものをできるようにする手は、今日は見つからなかった。かわりに、できないと知っている者にだけ書ける文が、九つある。


 便利なものを手放す必要はない。ただ、手放せないものを、手放せる顔で数えない。


 人類はたぶん、これからも同じ失敗をする。


 それでも、失敗の値段を先に数える癖だけは、残しておきたかった。


 ……もっとも、今日いちにち出口の話をし続けた人間の契約は、役所の帳面に一行あるだけで、書き足す気は、たぶん、お互いに無い。


 最悪だ。


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