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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
はじまり

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第19話 鍵を配るな、錠前を配れ

 王城の現場がひとつ片付くたびに、学校の授業がひとつ増える。


 この法則は、誰か止めるべきだと思う。


 私は教室の机に頬杖をつきながら、黒板を見ていた。

 まだ何も書かれていない。

 何も書かれていないのに嫌な予感がするのは、たぶん経験だ。経験はだいたい人を不幸にする。


 隣でリゼが小さく言った。


「今日の先生、ちょっと楽しそう」


「最悪だな」


「うん。新しいおもちゃを見つけた時の顔してる」


「教師がその顔するの、だいたい生徒が死ぬやつだろ」


「死なないといいね」


 他人事みたいに言うな。

 いや、最近はもうだいぶ当事者だが。


 ルドーが前に立った。

 相変わらず目つきが悪い。だが今日は、その悪い目つきのわりに、机の上に置いた物が妙に可愛かった。


 小箱。

 鍵。

 そして、見たことのない細長い金具。


 なんだこれ。授業か? それとも泥棒講座か?


「座れ」


 もう座ってる。


 ルドーは黒板に大きく書いた。


『読めるだけでは足りない』


 教室が静まる。


 前の方の生徒が首を傾げた。


「文字化けの続きですか?」


「半分はそうだ」


 ルドーが言う。


「だが今日は、もっと面倒な話をする。

 読めても困ることがある」


 私は少しだけ姿勢を直した。

 そこは確かに面白い。


 ルドーは机の上の紙を一枚持ち上げた。

 王城の命令書を模したものだろう。見た目は立派だ。


「これが届いたとする。読める。内容も理解できる」


 そこで一拍置く。


「では質問だ。本物か?」


 教室が少しざわついた。


「……王城の印があれば本物では?」

「筆跡を見れば……」

「命令書って、偽物が来るんですか?」


 ルドーは、実に嫌な顔で笑った。


「来る。

 というより、現場は“来る前提”で作れ。

 そうしないと一回で燃える」


 燃える。

 最近ずっとそれしか言ってないな、この先生。


 ルドーは黒板に書き足した。


『秘密』

『本物』

『途中で触られていない』


「今日はこの三つを分けろ」


 リゼが小声で聞く。


「どう違うの?」


 私は同じく小声で返す。


「“読まれない”と、“本物だと分かる”と、“書き換えられてない”は別、ってこと」


「面倒だね」


「うん。人間関係みたいだな」


「嫌なたとえ」


 私もそう思う。


———

 ルドーは、まず一番簡単な実演から始めた。


 紙に短い文を書いて、生徒の一人に渡す。


『東門にて待つ』


「これを隠せ」


 呼ばれた生徒は、少し得意げに頷いた。

 たぶん頭の中にあるのは、文字をずらすとか、入れ替えるとか、そのへんだ。


 彼は紙の文字をいじり、別の記号に置き換えていった。

 ぱっと見では読めない。なるほど、秘密文だ。


 ルドーはその紙を受け取ると、前列の別の生徒に渡した。


「読め」


「えっ」


「読め」


 別の生徒はしばらく悩んだあと、眉をひそめた。


「……同じ記号が何回か出てます。

 この位置だと、たぶん“の”とか“に”じゃないですか」


「続けろ」


「この記号、文の最後にしかないので……たぶん“つ”か“る”……?」


 教室がざわつく。

 少しずつ読めていく。完全じゃないが、崩れ始めている。


 ルドーが紙を取り返した。


「隠しただけだ。

 だが癖が残る。繰り返しが残る。文の形が残る」


 黒板に書く。


『雑に隠すと、癖が漏れる』


 前に出ていた生徒が、ちょっと悔しそうに言った。


「でも、読めてないじゃないですか」


「十分だ」


 ルドーは容赦がない。


「全部読まれなくても、半分読めれば現場は死ぬ」


 その言い方はひどいが、たぶん本当だ。


———

 次にルドーは、小箱を持ち上げた。


「では、読むこと自体を諦めさせる」


 箱の蓋を開ける。空だ。

 そこに紙を一枚入れて閉じる。


 次に、机の上の鍵を持ち上げた。いや、鍵というより、金具付きの錠前だ。


「普通はこう考える。

 箱に鍵をかける。相手に箱を送る。鍵も送る」


 教室のあちこちから「あっ」という顔が出た。


 ルドーが続ける。


「では質問だ。

 鍵も一緒に送ったら、途中で見た奴も開けられるのでは?」


 教室が静まった。

 そうなる。確かにそうなる。人類は昔から同じ穴に落ちる。


 ルドーは、ここで机の上の細長い金具を持ち上げた。

 それは錠前に見える。だが形が少し変だ。

 片側からしか術式が働かないような、妙な構造をしている。


「そこで発想を変える」


 彼はそれをリゼに渡した。


「リゼ。前へ」


「え、私?」


「そうだ」


 リゼが前に出る。

 金具を受け取って、まじまじと見る。


 ルドーが言う。


「それはお前専用の封じ具だ。

 閉じるのは誰でもできる。だが開けるのはお前だけだ」


 教室がざわついた。

 そのざわめきは、さっきまでの「分からん」ではなく「え、それ何?」のざわめきだ。良いざわめき。


 ルドーは私を見た。


「ユウ。紙を入れろ」


「はい」


「はいは一回だ」


「……はい」


 リゼが小さく吹き出した。やめろ。


 私は紙に短く書いた。


『授業後、廊下で待つ』


 何だこれ。ラブレターの実演か? 違うな。違うと信じたい。


 紙を箱に入れる。蓋を閉じる。

 ルドーに言われた通り、リゼから受け取った封じ具を箱につける。


 かちり、と気持ちのいい音がした。


「閉じたな」


 ルドーが言う。


「では、その箱をリゼに返せ」


 私は返した。


 リゼは少し戸惑いながら、手元の小さな鍵札を取り出した。

 それを封じ具に触れさせると、するりと外れた。


 箱が開く。


 教室のざわめきが一段大きくなった。


「えっ」

「なんで?」

「閉じるのは誰でもいいのに?」

「ずるくないですか?」


 ルドーは、少しだけ楽しそうに言った。


「ずるい。だが使える」


 黒板に書く。


『鍵を配るな 錠前を配れ』


 その一行が、妙に強かった。


 私は思わず、少しだけ感心した。

 分かりやすい。悔しい。


 リゼが箱の中の紙を見て、こちらを見た。


「……待たないよ?」


「授業の実演だからな」


「それでもちょっと嫌」


 知らん。私が嫌だ。


———

 ルドーは教室を見回した。


「今見せたのは、“秘密を守る”ためのやり方だ。

 鍵を先に共有しなくていい。

 錠前だけ配っておけば、誰でも閉じて送れる」


 前列の生徒が手を挙げた。


「でも先生、それだと“本物かどうか”は分からなくないですか?」


 お、いい質問だ。


 ルドーは頷いた。


「そうだ。箱を開けられるのが相手だけでも、誰が入れたかは別問題だ」


 黒板の『本物』を指で叩く。


「秘密は守れた。

 だが、本物かどうかはまだ分からん」


 教室が少し真面目な空気になる。


 ここでルドーは、もう一枚紙を取り出した。

 今度は王城の命令書を模した文面だ。


『本日より西門倉庫の封を解け』


「これが届いたとして、読める。秘密にもしてある。

 では、従うか?」


 誰も即答しない。


 リゼが小さく言う。


「……怖い」


「そうだ」


 ルドーは即答した。


「読めるだけでは足りない。

 隠せるだけでも足りない。

 本物だと示せなければ、現場は動けない」


 黒板に三つ目を書き足す。


『真印』


「王城は今でも印章を使う。

 だが印章だけでは弱い。押した紙を運ぶ途中で、紙ごとすり替えられるからな」


 生徒が眉をひそめる。


「じゃあ、どうするんですか」


 ルドーは箱の封じ具を指で弾いた。


「だから“真印”を使う。

 王城だけが付けられて、受け取った側は確かめられる印だ」


 私は少しだけ身を乗り出した。

 それは、かなり大事な話だ。


 ルドーはそこで止めた。


「詳しくは次だ。

 今日は“秘密”と“本物”を分けろ。それで十分だ」


 十分じゃないところで切るの、すごく教師っぽい。最悪だ。


———

 授業の後半は短い演習だった。


 生徒たちは二人一組で箱を使い、簡単な秘密文を送り合う。

 封じ具を閉じる。送る。相手が開ける。


 そこまでは楽しい。新しい玩具だ。


 だが、ルドーが途中で紙を一枚差し替える。

 内容は似ているが、送り手が違う。


「受け取った側は、これが誰から来たと判断する?」


 ここで全員が詰まった。


「……箱を閉じた人?」

「でも見てないし……」

「じゃあ筆跡?」

「筆跡は真似されたら?」


 良い。ちゃんと詰まっている。


 リゼが戻ってきて、私の机の横で小さく言った。


「秘密にするのと、本物って分けて考えるの、面倒だね」


「うん。でも分けないと事故る」


「また事故」


「だいたい全部そこに戻る」


 人類が進歩しても、現場は忙しいだけだ。


———

 授業の終わり。

 ルドーは黒板に宿題を書いた。


『宿題:秘密を守る方法と、本物だと示す方法を分けて書け』


 教室の空気が少し重くなる。

 今日の授業は、見た目より難しい。


 そして当然のように、ルドーは一拍置いて私を見た。


「……ユウ」


 はい来た。


「前へ」


 最近この流れに慣れてきたのが嫌だ。


 私は前に出る。

 ルドーは声を落として言った。


「お前は紙で出すな」


「……はい」


 よし。今日は一回だ。進歩。


 ルドーが少しだけ頷く。


「お前の宿題は現場だ。

 “本物か分からない地獄”を見てこい」


「どこで?」


「郵便局だ」


 やっぱりそこか。

 あの現場、便利すぎる。作者の都合が透けて見える。いや作者は私たちじゃないけど。


 ルドーは続ける。


「最近、“王城より”と書かれた指示が流れた。

 内容はもっともらしい。だが真印がない」


 教室がざわつく。


「偽物ですか?」

「誰が?」

「なんのために?」


 ルドーが冷たく言った。


「そこまで大げさな話ではない。

 犯人はすぐ見つかる。たぶん雑な現場判断だ」


 私は、少しだけ安心した。

 陰謀が始まると回収が面倒だ。現場の雑な判断で済むなら、その方がずっと良い。


 ルドーは最後に私にだけ言った。


「見破れ。

 秘密かどうかではなく、本物かどうかで止めろ」


 私は息を吐いた。


「……先生、俺を便利屋にする気ですか」


「便利屋にする気はない」


 いつものやつだ。


「お前が勝手に便利だから呼ばれるだけだ」


 最悪の論理だが、もはや挨拶みたいなものだ。


 ルドーは教室全体に向かって言った。


「覚えておけ。

 読めるだけでは足りない。

 隠せるだけでも足りない。

 本物だと分からなければ、現場は動けない」


 嫌なほど筋が通っている。


———

 授業が終わって、廊下に出る。


 リゼが私の袖を掴んだ。


「ユウ」


「うん」


「今日の授業、ちょっと面白かった」


「錠前のやつ?」


「うん。

 鍵を渡すんじゃなくて、閉じる道具を渡すの、変だけど賢い」


「発想の逆転、ってやつだな」


「発想の逆転、好き?」


「好きじゃない。慣れてるだけ」


 リゼが笑った。


「それ、もう好きでいいと思う」


 たぶん、そのうち認める日が来る。来ない方が気楽だが。


 私は廊下の先を見た。

 郵便局の方角に続く窓が、夕方の光で赤く染まっている。


 また現場だ。

 また雑な判断だ。

 そして、たぶんまた燃える。


 最悪だ。

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