第15話 縮む文字、縮まない文字
王城で「馬車のほうが速い」という結論が出てから、現場はひとつ賢くなった。
賢くなった分だけ、欲張りにもなった。
「じゃあ、もっと詰め込めませんか?」
「記録ジェムが足りません」
「馬車も足りません」
「護衛も足りません」
足りないものが増えると、人は“技術”に祈り始める。
その祈りが向かう先が、なぜか私になるのが納得いかない。
私は魔法学校の教室で、ため息を吐いていた。
机の上には、授業のプリント。
郵便局の「全館呼び禁止」の札の切れ端。
そして――端末の通訳表の写し。
あの地獄の産物。
リゼが横から覗き込んで言った。
「それ、まだ持ってるの?」
「現場の残骸」
「現場の残骸、多いね」
「俺が現場を踏んでるからな」
リゼが笑う。
「踏むの、好き?」
「好きじゃない。慣れてるだけ」
「それ、好きって言うんだよ」
やめろ。最近その返しが強すぎる。
———
ルドーが黒板の前に立っていた。
目つきが悪い。いつも通り。
「座れ」
教室が静かになる。
この人の声も、圧縮できないだろうか。
ルドーは黒板に大きく書いた。
『縮む文字 縮まない文字』
生徒の何人かが首を傾げた。
「縮むって、何がですか?」
「量だ」
ルドーは短く言った。
「運ぶ量。詰め込む量。送る量。
お前らの好きな“便利”は、だいたい量で死ぬ」
身もふたもない。だが正しい。
ルドーは続けて黒板に書いた。
『同じことが多いほど、縮む』
『ばらばらだと、縮まない』
教室に「は?」が浮かぶ。
“縮む”と“同じこと”がつながっていない顔だ。
ルドーは机の上に羊皮紙を置いた。
そこに、同じ記号を延々と書いていく。
○○○○○○○○○○○○○○○
生徒がざわつく。
「先生、何してるんですか」
「授業だ」
ルドーは淡々と言い、黒板に書いた。
『○が100個』
「今の羊皮紙に書いたことを、短く言え」
生徒が戸惑う。
「……○が、いっぱい?」
「いっぱいは数にならん」
ルドーが冷たく言う。
別の生徒が恐る恐る言った。
「……○が100個?」
「そうだ」
ルドーは頷いた。
「同じものが続くなら、“同じものが何個”と言い換えられる。
これが縮むということだ」
私は内心で頷いた。
要するに、数えるだけだ。魔法じゃない。
ルドーは次の羊皮紙を出した。
今度は、記号をばらばらに書く。
△○□◇☆◎▽◆※#@
「これを短く言え」
生徒が黙る。
「……無理です」
「そうだ」
ルドーは即答した。
「ばらばらは、ばらばら以上に短くできない。
言い換えができないからだ」
生徒がむっとした顔をする。
「ずるくないですか?」
「現実だ」
ルドーの言葉はいつも冷たい。
そしていつも正しい。厄介だ。
———
ルドーは黒板に、さらに書き足した。
『縮ませるのは魔法ではない』
『数え上げて、言い換えるだけ』
「縮むものは、同じことを言いすぎている。
縮まないものは、毎回違うことを言っている」
生徒が首を傾げる。
「先生、それって……良いことなんですか? 同じことばかりって」
「良い悪いではない」
ルドーは淡々と言った。
「運ぶなら軽い方がいい。
だが軽いのは“情報が薄い”からだ。
薄いものが役に立つこともある。役に立たないこともある」
私は机の上の通訳表を見た。
あれは薄い。薄いが役に立った。
役に立ったからこそ、増えたら地獄だ。
ルドーが教室を見回し、意地悪そうに言った。
「ここで、現場の話をする」
嫌な予感しかしない。
ルドーは私の机の上の紙束を指した。
「ユウ。お前が作った通訳表。あれは縮むと思うか?」
教室の視線が集まる。
最悪だ。異世界でも注目が嫌いだ。
私はため息を吐いた。
「……縮まないです」
「なぜ」
ルドーが追撃する。やめろ。
私は仕方なく答えた。
「全部ばらばらだからです。
記号と文字の対応が、規則になってない。
“これがこう”が延々と続く。言い換えられない」
教室がざわつく。
理解できた者とできてない者が混ざったざわめきだ。
ルドーが頷いた。
「そうだ。縮まない地獄だ」
ルドーは黒板に書いた。
『混乱は縮まない』
その一言が妙に刺さった。
混乱は本当に縮まない。現世でも異世界でも。
———
授業の後半は演習だった。
ルドーは生徒に短い文章を配った。
同じ文が何回も出てくる手紙。定型の報告書。祈祷文のような文章。
「縮ませろ」
生徒たちは最初こそ戸惑ったが、すぐに気づく。
「同じ文、まとめればいいんだ」
「“この段落を三回”って書ける」
「回数を数えればいい」
ルドーは頷いた。
「そうだ。数えろ。言い換えろ。
縮ませるのは、魔法じゃない」
私は机で見ていた。
この授業、読者にも分かりやすい。珍しい。
ルドーが優しいわけではないが。
———
授業の終わり。
ルドーは黒板に宿題を書いた。
『宿題:同じ意味のまま、短く書け』
『条件:読み手が誤解しないこと』
生徒たちが「それならできるかも」という顔をする。
そしてルドーが言った。
「紙でいい。明日まで」
安堵のため息が漏れる。
――そこで、ルドーが一拍置いた。
視線が私に刺さる。
「……ユウ」
やめてくれ。
心の中で先に言っておいた。もちろん無駄だ。
「前へ」
教室がざわつく。
最近この流れが嫌いだ。
私は前に出た。
ルドーは声を落として言った。
「お前は紙で出すな」
「……はいはい」
ルドーが、間髪入れずに言った。
「はいは一回だ。二回目からは言い訳になる」
教室の数人が吹き出しそうになって、慌てて咳払いで誤魔化した。
それ、笑うところなんだ。やめろ。
ルドーは淡々と続けた。
「お前の宿題は、明日だ。現場で“縮まない地獄”を見てこい」
「縮まない地獄?」
「そうだ」
ルドーは淡々と言った。
「混乱の産物は縮まない。
縮まないものを無理に縮めようとすると、現場が燃える」
私は胃が痛くなった。
郵便局の叫び声が、もう耳の奥に残っている。
リゼが横で小さく言った。
「……また燃えるの?」
「燃える」
ルドーが断言した。
「そしてお前は、燃える前に止めろ。
止められないなら、燃え方を小さくしろ」
私は息を吐いた。
「……先生、俺を便利屋にする気ですか」
「便利屋にする気はない。
お前が勝手に便利だから呼ばれるだけだ」
最悪の論理だが否定できない。
ルドーは最後に言った。
「ちなみにこの宿題を、まともに解けるのは――たぶんお前だけだ」
教室の空気が変わった。
リゼが目を見開く。生徒たちの視線がこちらに刺さる。
私は思わず言った。
「……言わなくていいです、それ」
「必要だ。現場は不公平だからな」
ルドーは平然としている。
「そして不公平を埋めるのが仕組みだ。
仕組みを作れ。――それが、お前の仕事だ」
嫌なほど筋が通っている。
———
授業が終わり、廊下に出る。
リゼが私の袖を掴んだ。
「ユウ」
「うん」
「明日、また現場?」
「たぶん」
「縮まない地獄って、何?」
私は苦笑した。
「……現場の紙が増えるやつ」
「それ、いつもじゃない?」
「……たしかに」
リゼが笑った。
私は、笑うしかなかった。
混乱は縮まない。
だから、明日もまた増える。




