第14話 馬車の方が速い日
王城に着くなり、私は机の上の“山”を見て理解した。
紙じゃない。
紙の山なら、まだ笑えた。
薄い板。札束。記録ジェム。封のされた小箱。
そして、それらを指差しながら叫ぶ書記官たち。
「この分がまだ送れていません!」
「端末が詰まってます!」
「確認が返ってこないんです!」
部屋の空気が乾いている。
乾いているのに息が詰まる。郵便局と同じ匂いだ。
宰相らしい男が、机を叩いた。
「なぜ届かん! 王国端末網があるだろう!」
技術担当の職員が、死んだ目で答える。
「……届きます。届くのですが……この量は……」
「言い訳はいい!」
言い訳ではない。現実だ。
だが偉い人は現実を“言い訳”と呼ぶ。文明の仕様だ。
私は机の端の王国端末を覗いた。
画面には、いつもの地味な文字が出ている。
『そうしんちゅう……』
『のこり:――』
残りが表示できないのか。表示したくないのか。
どちらでも嫌だ。
ルドーが背後でぼそりと言った。
「どうだ。現場だろ」
「先生、今日は黙っててください」
「無理だ。教師だからな」
最悪だ。
リゼが私の袖を掴む。
「ユウ、これ……何を送るの?」
宰相が代わりに言った。
「辺境の砦へ、住民台帳の写しだ。
徴税と動員の確認に必要だ。遅れれば混乱する」
混乱。
この王国、混乱が好きすぎる。
私は台帳の束を見た。
量が多い。多すぎる。
そして、端末の細い回線を思い出した。
文字だけが、ゆっくり進む世界。
届くことと、終わることは別だ。
私は息を吐いて言った。
「これ、回線で送るのやめましょう」
部屋が静かになった。
宰相が眉をひそめる。
「……何だと?」
書記官たちがこちらを見る。
「また変なこと言ってる」って顔だ。慣れるな。
私は続けた。
「この回線だと、一日で通せるのは“羊皮紙の束ひとつ分”が限界です。
この台帳の山だと、季節が変わります」
宰相の顔が引きつった。
「大げさだ」
「大げさじゃないです。現場の感覚です」
技術担当が、かすれた声で言った。
「……その通りです。
端末網は便利ですが、太い道ではありません。文字が限界です」
宰相が怒鳴る。
「なら太い回線を使え!」
技術担当が、目を逸らして言った。
「……あります。太い線は。
ただし、戦時回線です。王城の許可が必要で、費用も――」
「費用など後で――」
「費用の前に、許可が下りません」
現場の静かな拒否は強い。
宰相が黙った。たぶん、心当たりがあるのだろう。
私は言った。
「だったら運びます。馬車で」
また部屋が静かになった。
宰相が、信じられないものを見る目で私を見た。
「……馬車だと?」
「はい」
私は机の上の記録ジェムを一つ持ち上げた。
軽い。掌に収まる。
「情報そのものは小さくまとめられます。ジェムに入れれば掌に乗る。
でも王国端末の線は細い。一度に通せる量が少なすぎるんです。
だから、細い管で水をちょろちょろ流すより、樽を馬で運んだ方が早い」
リゼが小さく頷いた。
「……それは分かる」
宰相が呻く。
「しかし馬車は遅いだろう!」
私は首を振った。
「馬車は遅いです。でも“全部”が動きます。
回線は速く見えて、全部は動きません」
ルドーが楽しそうに言った。
「ほらな。つながっているのと、運べるのは別だ」
黙れ。だが正しい。
———
作業はすぐに始まった。
書記官たちは最初こそ渋ったが、現場は結局“間に合う方”に従う。
それが現場の倫理だ。
記録ジェムを四つ、箱に分ける。
ジェムの中に台帳の写しを詰める。
封印札を貼る。開けたら分かるように。
封印札は“完全な安全”じゃない。
でも、現場が信じられる形にするだけで十分だ。
リゼが外へ走った。
「馬車、手配してくる!」
戻ってきたリゼは、馬車だけじゃなく護衛まで連れてきた。
手際が良すぎる。怖い。
「ユウ、護衛は必要でしょ」
「……うん。必要」
宰相が渋い顔で言った。
「国の台帳を馬車で運ぶのか……」
「国の台帳を二ヶ月かけて端末で送るよりマシです」
宰相が黙った。
馬車が王城の門を出る。
箱が積まれる。縄が締まる。護衛が周りを固める。
その瞬間だけ、私は少し安心した。
目に見える形になったからだ。
回線の中を流れる“送信中”は、いつだって不安だ。
馬車は遅い。だが、確実に進んでいるのが見える。
———
二日後。
砦から返事が来た。
返事は、端末で届いた。短い文字だけの連絡だ。
『たいちょう うけとった』
『ぜんぶ そろった』
『たすかった』
私は息を吐いた。
宰相がその紙片を握りしめ、しばらく黙ってから言った。
「……馬車の方が速い日があるとはな」
「あります」
私は言った。
「魔法でも、道が細ければ詰まります。
詰まりを通すには、道を太くするか、運び方を変えるしかないです」
ルドーが後ろで言った。
「よし。今日は授業だ」
「先生、いつでも授業って言えば許されると思ってません?」
「思っている」
最悪だ。
リゼが私の袖を掴む。
「でも、ユウ。今日のは……かっこよかった」
「どこが」
「ちゃんと“全部届く”方法を選んだところ」
私は少しだけ笑った。
「……居候の仕事だよ」
「それ、便利な言葉だね」
「普通って便利な言葉よりはマシ」
リゼが笑う。
私も、少しだけ笑った。
王城の窓の外では、今日も人が走っている。
世界はまだ忙しい。まだ混乱している。
でも、少しだけまともになった。
たぶん。




