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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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第136話 信用は一度に送れない

 王都住民通知所は、王城の外れにある新しい部署だった。

 扉の木札がまだ白い。

 部屋の中には、未整理の札束、名簿、送文記録、苦情の控えが積まれている。


 新しい部署の匂いがする。

 新しい木。

 新しい墨。

 そして、古い問題。


 最悪だ。


———

「送っています」


 担当者のカイは、最初にそう言った。

 若い役人だ。

 目の下に疲れがあり、声には責任感と焦りが混ざっている。


「給付案内、学校連絡、役所手続き、登録者向けの知らせ。すべて送文記録には成功と出ています」


「住民側は」


「来ていない、と」


「迷惑箱は」


「そこに入っていた例もあります。ただ、何も見つからないという苦情も多くて」


 机の上に、苦情札が並んでいる。


届いていない

怪しい魔文に見えた

王都名義なのか分からない

不要と言った催し知らせがまた来た

同じ知らせが何度も来た


 私は一枚ずつ見た。

 すでに嫌な形が見えている。


———

 リゼが部屋を見回して言った。


「台所で、料理は作ったって言ってるけど、客席に届いてない感じ?」


「かなり近い」


「しかも、給仕が別の店の服を着てたり、いらない小皿を何度も持ってきたりしてる」


「かなり正確だ」


 カイが苦い顔をした。


「やはり、送り方が悪いのでしょうか」


「悪いというより、信用される形になっていません」


「術式は成功しています」


「術式上の成功と、文箱への到達は別です」


 昨日の授業と同じだ。

 送ったは届いたではない。

 ここでは、それが苦情札になって机を埋めている。


———

 まず、送信元を見た。


「この通知は、どの名義で送っていますか」


「王都住民通知所です」


 カイは即答した。

 だが、札面をめくると違った。


 王都住民通知所。

 王都生活支援係。

 外注先の送文工房名。

 短い略称。

 古い王城術務室名。


 リゼが眉を寄せた。


「店の看板が毎回違う」


「そう」


「それは怖い」


「かなり怖い」


 私はカイに札を見せた。


「受け手から見ると、本当に王都から来たのか分かりにくいです」


「でも、どれも王都の仕事です」


「内側ではそうです。外側では違います」


 内側の事情は、受け手の文箱には見えない。

 見えないものは、信用にならない。


———

 次に、差出人証明を見た。


 正規の送文許可印が、一部だけ古い。

 送信印の照合先が、外注先に寄っている。

 王都名義なのに、実際の送り手が別の魔文所に見えるものもある。


「これは、受け手側から疑われます」


 カイが肩を落とした。


「外注先に任せれば早いと言われて」


「外注が悪いわけではありません」


 私は首を振った。


「ただ、名乗りと実際の送り手が合っているように整える必要があります。王都が送るなら、王都が許した送り手だと分かる印を置く」


「印の問題ですか」


「印と、運用の問題です」


 差出人証明は、飾りではない。

 名乗りと顔を一致させるための最低限の札だ。


———

 名簿も見た。


 古い宛先。

 誤記された宛先。

 もう使われていない文箱。

 同じ人の重複。

 退去済みの住民。


 きれいではない。

 かなり汚い。


「この名簿、いつ掃除しましたか」


「通知開始前に、各部署から集めました」


「集めた後は」


「急いでいたので、そのまま」


 私は額を押さえた。


「存在しない相手に大量に送り続けると、送文評が落ちます」


「存在しない相手だから、届かないだけでは」


「受け手側から見ると、雑な送り手です」


 カイは黙った。


 リゼが言った。


「古い住所にも、空き家にも、毎日ちらしを投げ込む店みたい」


「それだ」


「町内で嫌われる」


「送文所でも嫌われます」


 信用は、届いた数だけではない。

 雑に外した数でも減る。


———

 さらに、以後不要願いの扱いが悪かった。


「催し知らせを止めたいという申し出があります」


 カイが札を出した。


「ですが、王都からの通知なので、止めない方針にしました」


「すべてですか」


「はい。重要なものもあるので」


「混ぜていますね」


「混ぜています」


 私は表示盤に二つの箱を書いた。


必須通知

任意案内


「給付や手続きのように届ける必要があるものと、催し、便利案内、登録者向けのお知らせを分けてください」


「同じ住民向けなので」


「同じ顔で送ると、受け手は全部を嫌がります」


 必要なものまで嫌われる。

 これは、通知運用でかなり痛い。


「以後不要願いを無視すると、送文評が落ちます。重要通知だから仕方ない、では通りません。重要なものと任意のものを分ける必要があります」


 カイはゆっくり頷いた。


「急いで始めろと言われて、形にするので手一杯でした」


「分かります」


 本当に分かる。

 現場はだいたい、始めろと言われた時点で負けている。

 だが、負けたまま送ると住民も負ける。


———

 送文量も問題だった。


「新しい送信元を、初日から全住民向けに使っていますね」


「はい。急ぎの通知がありました」


「送文のならしをしていません」


 カイが首を傾げる。


「ならし」


「新しい送り手が、少しずつ信用を積むことです。最初から大量に送ると、受け手側の魔文所は警戒します」


「王都でも?」


「王都でもです」


 名前が強くても、振る舞いが怪しければ疑われる。

 むしろ、王都名義で怪しい動きをすると、余計に目立つ。


 リゼが言った。


「新しい店が、開店初日に町中へ押しかけるより、まず常連に少しずつ届ける感じ?」


「かなり近い」


「評判は一日で配れない」


「それ、いいな」


 現場に貼っておきたいくらいだ。


———

 道具の話も出た。


「自前の送文術を鍛えるべきでしょうか」


 カイが聞いた。


「外注先は、送文格子を使えばよいと言っています。別の者は、原生林社の単純送文が安いと」


「道具は選べます」


 私は表示盤に三つ書いた。


自前送文

送文格子

単純送文


「自前なら細かく制御できますが、運用責任も全部持ちます。送文格子のような送文服務術を借りれば、ならしや戻り文の処理を助けてもらえる。原生林社の単純送文のように、必要な分だけ使う手もあります」


「どれが正解ですか」


「送り方が雑なら、どれでも嫌われます」


 カイが苦笑した。


「身もふたもない」


「身とふたを整える話です」


 道具の名前で信用は買えない。

 信用を積む手間を、少し助けてもらえるだけだ。


———

 改善は派手ではなかった。


 まず、名義を統一した。

 王都住民通知所。

 住民が覚える名を一つにする。


 差出人証明を整えた。

 王都が許した送文所から出ていることを、送信印で照合できるようにする。


 名簿を掃除した。

 戻り文が来た宛先を隔離する。

 誤記を直す。

 長く使われていない文箱を確認待ちにする。

 重複をまとめる。


 通知を分けた。

 必須通知。

 任意案内。

 催し知らせ。


 以後不要願いを尊重した。

 任意案内は止める。

 止めた記録を進行帳に残す。


 送文のならしを始めた。

 最初は少数。

 戻り文を見る。

 苦情を見る。

 受け取り状況を見る。

 少しずつ広げる。


 地味だ。

 地味すぎる。

 だが、魔文の信用は地味なところで決まる。


———

 数日後、変化が出た。


「届き始めています」


 カイが、眠そうな顔で言った。

 だが、声は明るい。


「まず少数向けの学校連絡が安定しました。給付案内も、迷惑箱へ落ちる数が減っています」


「苦情は」


「減っています。まだありますが、原因が追えるものが増えました」


 表示盤には、受け取り状況の札が並んでいた。

 戻り文も分類されている。

 名簿の汚れも、少しずつ落ちている。


「公的印章も、一部の受け取り盤で出始めました」


 カイが小さな盤を見せた。

 王都住民通知所の印が、魔文の横に小さく出ている。


 派手ではない。

 だが、住民が見た時に、少し安心できる。


「こんな地味なところが原因だったんですね」


「地味なところで嫌われるんです」


 カイは深く頷いた。


———

 その日の夕方、通知所を出ると、空は薄い橙色だった。

 王都の屋根の上を、魔文の光が細く走っていく。


 リゼがそれを見上げた。


「魔文って、もっと単純なものだと思ってた」


「送れば届く、と思いやすい」


「でも、相手の家の郵便受けに入れてもらえるかは別」


「そういうことだ」


「しかも、町での評判が悪いと門前で止められる」


「かなり正確だ」


 リゼは少し笑った。


「信用って、文より重いのね」


「かなり重い」


 送る文は軽い。

 だが、その文を受け入れてもらう信用は重い。


———

 夜、リゼの家に戻ると、魔文盤が短く鳴った。

 王都住民通知所からの試験通知だった。


 盤面には、公的印章が小さく出ている。

 差出人名も揃っている。

 本文は短い。

 不要な任意案内ではないことも分かる。


「届いた」


 リゼが言った。


「届いたな」


「なんだか普通」


「普通に届くのは、かなり偉い」


 リゼは笑った。


「ユウ、そういう普通を直すの得意だよね」


「普通が壊れると、みんな困るからな」


「たしかに」


 派手な光はない。

 魔物も倒していない。

 ただ、文が届くべき文箱へ届いた。

 それだけで、社会は少し静かになる。


———

 魔文は古い。

 面倒で、継ぎ足しだらけで、守りの札も作法も多い。

 送っただけでは届かない。

 名乗り、印、評判、名簿、以後不要願い。

 その全部が、受け手の文箱の前で見られている。


 だが、魔文は誰か一社の私物ではない。

 世界中の役所、商会、学校、工房が、それぞれの魔文所から互いへ文を送れる。

 古くて面倒だからこそ、誰でも使える道として残っている。


 だからこそ、雑に扱えばすぐ嫌われる。

 信用は一度に送れない。

 少しずつ積み、汚したら少しずつ戻すしかない。


 記録術も、送文術も、最後は人の行儀に触れる。

 文は術で飛ぶ。

 だが、届くかどうかは、送り手が積んできた信用にもかかっている。


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