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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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135/139

第135話 送ったは届いたではない

 講堂の朝は、魔文の不満で少し騒がしかった。

 魔文は便利だ。

 便利なものほど、不調の時に人間を怒らせる。


 届かない。

 遅い。

 見つからない。

 返事がない。


 人類、文が届かないだけで、かなり本気の顔になる。

 分かる。

 最悪だ。


———

「昨日、商会から大事な魔文を送ったと言われたんです」


 学生の一人が言った。


「でも、うちには来ていませんでした」


「私もあります。役所は送ったと言うのに、文箱には何もない」


「迷惑魔文の箱に入っていたこともあります」


「王都の新しい住民向け通知も、全然届いていないって噂です」


 その最後の言葉で、講堂がざわついた。

 新しい住民向け通知。

 最近、王都が始めた仕組みだ。

 給付、学校、役所手続き、登録者向け案内を魔文でまとめて知らせる。


 聞こえはいい。

 聞こえがいいものほど、初動で転ぶと目立つ。


 ルドーが表示盤の前に立った。


「魔文だ」


 学生たちが黙る。


「古い」


「はい」


「だが使う」


「使います」


「なぜ届かん」


 視線がこちらへ来た。

 今日も来る。


「ユウ」


「はい」


「説明しろ」


「はい」


「はいは一回だ」


「はい」


 魔文より先に、私の返事が重複している。


———

 私は表示盤に、古い魔文の図を描いた。


送り手

魔文所

受け手の文箱


「魔文は、昔からある広域の文書伝達基盤です。即時の会話には向きませんが、商会、役所、学校、公的通知では今でも広く使われています」


「古いのに、なぜまだ使うんですか」


「誰か一人の私物ではないからです」


 学生たちが少し首を傾げた。


「携帯術盤の術式庫は知恵之実社が強い。借り場は原生林社や恒河沙極社が強い。そういう仕組みは便利ですが、持ち主の都合も強く出ます」


 私は魔文所の図を広げた。


「魔文は古い。面倒。だが、世界中の魔文所が決まりごとに従えば、別々の商会や役所でも相互に送れます」


 リゼが言った。


「古い街道みたいなもの?」


「近い」


「道はぼこぼこでも、誰か一人の庭じゃないから、みんな通れる」


「かなり近い」


 そういうことだ。

 整った専用道路ではない。

 だが、開かれている。

 その強みは、案外しぶとい。


———

「昔の魔文は、もっと素朴でした」


 私は表示盤に、送り手から文箱へまっすぐ線を引いた。


「送りたい相手の宛先がある。文を書く。送る。相手の文箱へ届く」


「簡単ですね」


「簡単でした」


「今もそれでいいのでは」


「人類がそれを許しませんでした」


 学生たちが笑う。

 私は笑えない。


「迷惑魔文が増えたからです。押し売り。詐欺。偽案内。役所や商会を名乗る嘘の魔文。存在しない相手への大量送文」


 講堂の空気が少し沈む。

 過去に偽案内の魔文を扱ったこともある。

 あれは本当に嫌だった。


「素朴な仕組みは、善良な送り手には使いやすい。ですが、悪い送り手にも使いやすい」


 ルドーが短く言った。


「道具は選ばん」


「はい」


「人が悪い」


「だいたい」


 だいたい人が悪い。

 最悪だ。


———

 私は、古い魔文の図に札を足した。


差出人証明

送信印の照合

送文評

以後不要願い

公認看板印


「そこで、後からいろいろ足されました」


「後から」


「はい。最初から完璧に設計されたわけではありません。迷惑が増えるたびに、守りを足した」


 学生の一人が言った。


「古い家に、鍵と柵と見張り窓を後から付ける感じですか」


「かなり近いです」


 リゼが手を挙げた。


「でも、後から付けると、玄関がごちゃごちゃしない?」


「します」


「開ける方も面倒になる」


「なります」


 だから、魔文は面倒なのだ。

 必要な面倒ではある。

 だが、面倒は面倒だ。


———

「まず、差出人証明です」


 私は二つの札を並べた。


名乗り

実際の送り手


「魔文は、名乗りを偽れます。王都役所を名乗っていても、実際にはよその魔文所から送っているかもしれない」


「それ、危なくないですか」


「危ないです」


 表示盤に、王都役所を名乗る偽魔文を描く。


「だから、受け手側は確かめます。この名乗りの魔文は、正規の送文許可印を持つ魔文所から来ているか。文に押された送信印が、名乗った者のものとして合っているか」


 学生が首を傾げた。


「印があれば大丈夫なんですか」


「大丈夫とは言いません。ですが、無いよりかなりましです」


 ここで絶対を言うと、後で泣く。

 世の中、絶対と言ったところから壊れる。


「差出人証明は、名乗りと実際の送り手を照合する仕組みです」


 ルドーが短く言った。


「名札と顔」


「はい」


「一致を見る」


「そうです」


———

「次に、送文評です」


 私は送り手の横に、小さな評判の札を積んだ。


「受け手の魔文所は、過去の振る舞いを見ます。存在しない宛先に大量に送っていないか。以後不要と言った相手に送り続けていないか。迷惑扱いを多く受けていないか」


「ちゃんとした商会なら、最初から信用されるんじゃないんですか」


「されません」


 即答した。

 学生が少し驚く。


「新しい送り手は、まだ何者でもありません。名が立派でも、文の送り方が雑なら怪しまれます」


 リゼが言った。


「初めて来た商人が、いきなり町中の家の戸を叩いたら怖いものね」


「かなり正確だ」


「少しずつ商いして、ちゃんとしてるって覚えてもらう」


「それが送文のならしです」


 最初から大量に送らない。

 少しずつ届ける。

 反応を見る。

 戻ってきた文を処理する。

 いらないと言った相手には止める。


 信用は、術式だけでは積み上がらない。

 振る舞いで積む。


———

「以後不要願いは、そんなに大事なんですか」


「大事です」


「重要な知らせでも?」


「分けて考える必要があります」


 私は表示盤に二つ書いた。


必ず届けるべき公的通知

任意の案内や催し知らせ


「本当に法的に必要な通知は別扱いです。ですが、催し、宣伝、便利なお知らせまで同じ顔で送り続けると、相手は嫌がります」


「嫌がられると」


「送文評が落ちます」


「評判が落ちると」


「大事な魔文まで疑われます」


 学生たちは嫌な顔をした。


 リゼが言った。


「店の呼び込みを断ったのに毎日来ると、本当に必要な連絡まで聞きたくなくなる」


「それだ」


「台所の小言も、毎日だと聞かなくなる」


「それは少し刺さる」


 リゼが笑った。

 刺さる。


———

「公認看板印という工夫もあります」


 私は受け取り盤に、小さな紋章が出る図を描いた。


「十分な差出人証明と送文評がある送り手だけ、受け手の盤面に商会印や公的印章を出せる」


「見た目の話ですか」


「見た目の話です。ですが、見た目は大事です」


 偽案内の魔文は、本物らしく見せてくる。

 本物の方が本物らしく見えないと、利用者は困る。


「受け取る人からすると、印章があるだけで少し安心します。もちろん印章だけで信じてはいけませんが、差出人証明や送文評が整っている証にもなる」


 ルドーが短く言った。


「看板は信用」


「はい」


「軽くない」


「軽くないです」


 看板は飾りではない。

 積み上げた信用が、ようやく盤面に出る。


———

 学生の一人が、少し困った顔で聞いた。


「でも、送った記録があれば、送れたことにはなりませんか」


「術としては、送れたと言える場合があります」


 私は線を途中で止めた。


「ですが、実務としては違います」


 表示盤に大きく書いた。


送ったは届いたではない


「送信した、は届いたと同義ではありません。受け手の文箱に受け入れられて、はじめて届いたと言えます」


「途中で止められるんですか」


「止められます。受け手の魔文所が怪しいと判断すれば、文箱へ入れない。迷惑箱へ落とす。後で読まれない場所へ置く」


「術は成功していても」


「向こうが受け取りを渋れば、実務としては失敗です」


 講堂が静かになった。


 ここは大事だ。

 送った側の成功と、受け取った側の現実は別物だ。


———

 授業の終わり際、王城術務室から連絡札が鳴った。

 この流れで来る連絡は、だいたい悪い。


「王都住民通知所から相談です」


 職員が読み上げる。


「新しい住民向け通知魔文で、重要なお知らせを送っているのに届いていないという苦情が増えています」


 講堂の学生たちが顔を見合わせた。


「記録上は送信済み。名簿もあります。術式上の失敗は少ない。ですが、住民からは来ていないと言われている、と」


 私は額を押さえた。


 授業の内容が、現場からこちらへ歩いてくる。

 最近、この速度が早い。


 ルドーが短く言った。


「送ったのか」


「送ったのでしょう」


「届いたのか」


「そこが問題です」


「行け」


「はい」


「文箱を見ろ」


 言い方は雑だ。

 だが、正しい。


 送ったは届いたではない。

 そして王都は今、それを住民から教えられている。


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