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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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132/136

第132話 通る術は見え方まで設計する

 若葉綴り工房は、王都の東市場の裏通りにあった。

 入口の木札は新しい。

 中からは、乾いた羊皮紙の匂いと、温まった術盤の薄い金属臭がする。


 若い工房は、だいたい空気が早い。

 夢が机からはみ出している。

 そして、書類はだいたい散らかっている。


———

「術は動くんです」


 工房主のナギは、開口一番そう言った。

 若い。

 目の下に隈がある。

 だが、声だけはまだ折れていない。


「市場で買った物、届いた魔文、明日の予定を一つの小札にまとめます。忘れ物も減ります。実際、試した商家では評判がよくて」


「術式庫の審査で止まっている」


「はい」


 机の上には、知恵之実社から返ってきた審査返しの札が積まれていた。

 厚い。

 嫌な厚さだ。


 リゼが札束を見て言った。


「料理はできてるのに、店先の説明札で止められてる感じ?」


「かなり近い」


 ナギが少し泣きそうな顔で頷いた。


「その通りです」


———

 審査返しの札を読む。


 記録の消し方が分かりにくい。

 利用者が何を集められるか理解しにくい。

 有料の拡張小札について説明が不足している。

 魔文を読むように見える表現が誤解を招く。

 前回の補足では不十分。


 私は途中で目を閉じた。


 ああ。

 これか。


 生前の世界で、よく見た類の面倒さだ。

 術は悪くない。

 だが、審査に向けて整っていない。


「術そのものの問題じゃないなら、かなり面倒ですね」


 ナギの顔が暗くなった。


「やはり駄目ですか」


「駄目とは言っていません。面倒と言っただけです」


「同じでは」


「違います」


 面倒は、分解できる。

 駄目は、まだ決まっていない。


———

 まず、小術を動かしてもらった。

 携帯術盤の札面に、今日の予定、買い物記録、届いた魔文の見出しが並ぶ。

 確かに便利だ。

 生活改善系として、筋は悪くない。


 ただ、問題もすぐ見えた。


「この小術は、魔文の中身をどこまで見ますか」


「見出しと差出人だけです」


「札面には、魔文をまとめます、とあります」


「短くしたくて」


「審査官から見ると、本文まで読むように見えます」


 ナギが黙った。


「買い物記録は、どこに保存されますか」


「手元の携帯術盤です」


「消し方は」


「奥の設定札から」


「遠いです」


 リゼが札面を覗き込む。


「お菓子の包みに、甘いです、とだけ書いてあって、何が入ってるか裏の端に小さく書いてある感じ?」


「そう」


「店の人は分かってるけど、買う人と見張る人は怖い」


「かなり正確だ」


 ナギが頭を抱えた。


———

 私は机に札を並べ直した。


使い手への説明

記録の消し方

金の流れ

誤解を招く文言

審査官への補足


「作り手は機能を見ています。でも審査側は事故の芽を見ます」


 ナギが小さく言った。


「事故の芽」


「使い手が何を許したか分からないまま使う。記録を消せない。料金が後から見える。魔文の中身を読まれていると誤解する。そういう芽です」


「そんなつもりはありません」


「でしょうね」


 つもりは、審査官には見えない。

 見える形にしないと、ないのと同じだ。


「良い術かどうかと、通る術かどうかは別です」


 ナギは少し傷ついた顔をした。


 分かる。

 作ったものを否定された気分になる。

 だが、ここを混ぜると先へ進めない。


「技術の話だけではありません。説明と導線も設計です」


———

 審査返しには、生成変換器の印も混ざっていた。

 定型的な不備を拾った印だ。


「最近、一次の検めに生成変換器が入っているらしいですね」


 ナギが頷いた。


「返事だけは速くなりました。前は十日待ったものが、翌日に返ってきます」


「速く怒られる」


 リゼが言った。


「嫌な便利さね」


「本当にそう」


 私は返し札をめくる。


 定型の不備は速い。

 だが、最後の判断は人間の審査官がしている。

 だから揺れる。

 昨日の言い回しが今日は駄目になる。

 別の担当では見逃された導線が、今回は止まる。


「半分自動になっても、最後に人が嫌がるものは残るんだよな」


「何か言いました?」


「いえ」


 危ない。

 生前の愚痴が漏れた。


———

 作業を始めた。


 小術の説明文を直す。


 この小術は、予定、買い物記録、魔文の見出しを手元で並べる。

 魔文本文は読まない。

 記録は携帯術盤の中に置く。

 外へ送る時は、利用者が明示して選ぶ。


 次に、記録を消す導線を前へ出す。

 奥の設定札ではなく、最初の案内札に「記録を消す」を置く。

 消す前に確認する。

 消した後は戻せないことを表示する。


 さらに、金の流れをはっきりさせる。

 無料で使える範囲。

 有料の拡張小札。

 支払いの刻。

 止め方。


 ナギが言った。


「術はほとんど変えていません」


「見え方を変えています」


「それで通るんですか」


「相手が何を怖がっているかを、先に潰します」


———

 リゼには、使い手役で見てもらった。


「リゼ、この小術を初めて見る人として、何が不安?」


「魔文をどこまで見られるか」


「他には」


「買い物の記録を誰かに見られないか」


「他には」


「やめたい時、どこを押せばいいか」


 ナギが、少し目を見開いた。


「そこまで考えるものなんですか」


「使う人は考える」


 リゼがさらっと言った。


「自分の家の鍵を預けるわけじゃなくても、棚の中を見られるかもしれないと思うと怖いでしょ」


「……はい」


「なら、棚は見ません、見てもこの札だけです、鍵はここで返せます、って先に言ってほしい」


 強い。

 今日のリゼは審査官より審査官らしい。


 私は頷いた。


「この感覚を、審査添え文にも書きます」


———

 審査添え文を作った。


 小術の目的。

 扱う記録の範囲。

 扱わない記録。

 利用者が消せる手順。

 有料範囲と止め方。

 誤操作を防ぐ確認。


 さらに、知恵之実社の言葉に寄せた。

 安全。

 誤解防止。

 利用者の選択。

 記録の管理。


「自分たちの言葉ではなく、相手の言葉で説明してください」


 ナギが筆を止める。


「媚びるんですか」


「違います」


 私は首を振った。


「相手が見る形に翻すんです。厨房の手順を、客にそのまま見せても分かりません。客には献立、給仕には給仕札、厨房には手順書が要る」


 リゼが頷く。


「同じ料理でも、見る人で札が違う」


「そういうことだ」


 ナギは少しだけ納得した顔になった。


———

 数日後、若葉綴り工房から魔文が届いた。

 短い文だった。


通りました。


 その下に、震えた字で、もう一行。


術は変えていないのに。


 私はリゼと一緒に工房へ向かった。

 ナギは入口で待っていた。

 顔が明るい。

 徹夜明けの明るさなので、あまり健康ではない。


「本当に通りました」


「よかったです」


「術はほとんど変えていません。説明と札面の順番と、消し方と、添え文だけです」


「術は変わっていなくても、見え方は変わります」


 ナギは携帯術盤を両手で持っていた。

 夢が、ようやく棚に並んだ顔だった。


 リゼが横で小さく笑う。


「ユウ、そういう面倒くさいの得意そう」


「得意というより、痛い目を見たことが多い」


「やっぱり得意じゃない」


 否定しづらい。


———

 祝いの茶が出た。

 甘すぎない。

 助かる。


 その時、ナギの連絡札が鳴った。

 彼女が読む。

 顔が少し固まる。


「知り合いの工房からです」


「何と」


「昨日まで平気だった文言が、急に駄目と言われたそうです」


 別の札も鳴る。


「担当が変わったら、前回と見解が違う、と」


 私は天井を見た。


 うん。

 まあ。

 そういう世界なんだよな。


 ルドーが、いつの間にか工房の奥で茶を飲んでいた。


「終わらんな」


「終わりません」


「門番だからな」


「はい」


「付き合え」


 雑だ。

 だが、正しい。


———

 夜、リゼの家に戻ると、窓の外では市場の灯りがまだちらついていた。

 携帯術盤の小さな札面が、机の上で静かに光っている。


「便利な棚なのに、大変ね」


 リゼが言った。


「便利だから大変なんだと思う」


「使う人が増えるから?」


「そう。作る人も増える。怪しいものも混ざる。守るために門が強くなる。門が強くなると、真面目な人も詰まる」


 リゼは湯気の立つ茶を置いた。


「じゃあ、門をなくせばいいわけでもない」


「野放しだと、もっと危ない」


「でも門番が強すぎると、息が詰まる」


「そういうことだ」


 リゼは少し考えてから笑った。


「市場の棚貸しも、台所も、術式庫も、結局は人が運ぶのね」


「最後はだいたい人だ」


 それが一番面倒で、一番大事な部分でもある。


———

 術を作ることと、術を届けることは同じではない。

 良い術であっても、使い手に何をするのか伝わらなければ止まる。

 危険をどう避けているのか示せなければ止まる。

 やめ方や消し方が見えなければ止まる。


 中央の術式庫は、便利な文明の棚だ。

 安全も、支払いも、広い配布も支えてくれる。

 だが、その棚に並ぶには門を通らなければならない。


 情報工学は、術式そのものだけの話ではない。

 説明、導線、運用、審査。

 人が怖がるものを先に見つけ、通れる形へ整える知恵でもある。


 技術は世界を少し速くする。

 だが、人間の面倒さを消しはしない。

 だから今日も、誰かが門の前で札束を抱えている。


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