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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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第131話 作る自由と配る自由は別だ

 朝、リゼの家の食卓に、小さな術盤が置かれていた。

 掌に乗る。

 薄い。

 表面に、淡い光の札面が浮いている。


 私はそれを見て、少し嫌な懐かしさを覚えた。

 便利なものは、だいたい便利さだけを連れてこない。

 最悪だ。


———

「それ、リゼの?」


「違う。叔母さんの店で試しに借りてきたの」


 リゼは携帯術盤を指でつついた。

 小さな札面が滑り、天気、買い物覚え、魔文の着信札が並んだ。


「最近、街でよく見るようになったよね」


「まだ高いけどな」


「若い術師が、これ向けの小術を作ると儲かるって騒いでた」


「始まったばかりの市場は、だいたいそうなる」


「市場って、朝市みたいなもの?」


「似ている。場所代を払って、目立つ棚に置ければ売れる」


 リゼは少し考えた。


「でも、その棚を貸す人が強い」


「かなり正確だ」


 やはり話が早い。


———

 講堂に入ると、学生たちの視線が一か所に集まっていた。

 一人の学生が、得意げに携帯術盤を机へ置いている。


「見てください。昨日、父が買いました」


「高いやつだ」


「小術を入れられるんだろ」


「買い物控えの小術、便利らしい」


 浮ついている。

 気持ちは分かる。

 新しい端末と新しい市場は、人間を少し軽率にする。


 ルドーが表示盤の前に立った。


「何が新しい」


 学生たちが答える。


「小さい」


「持ち歩ける」


「魔文が見られる」


「小術を増やせる」


 ルドーは最後を見た。


「増やせる」


 そして私を見る。


「説明しろ」


「はい」


「はいは一回だ」


「はい」


 今日も一回に失敗した。


———

 私は表示盤に、昔の術式の配り方を描いた。


 工房の店頭。

 術師の直売。

 札束の手渡し。

 商会の棚。


「昔は、作った術式を広く配るのが大変でした。店を持つ。商会と契約する。札を写す。壊れたら直しに行く」


 次に、中央に大きな庫を描く。


術式庫


「最近は、知恵之実社が携帯術盤向けの術式庫を始めました。作り手は小術をそこへ納め、使い手は術式庫から選んで入れる」


 学生たちが身を乗り出した。


「便利ですね」


「便利です」


「誰でも売れるんですか」


「誰でも作れます。ただし、誰でも載せてもらえるわけではありません」


 講堂が少し静かになった。


 私は庫の前に門を描いた。


「術式庫に載せるには、知恵之実社の庫番審査を通る必要があります」


———

「なぜ審査するんですか」


「危ない小術を減らすためです」


 私は指を折る。


「使い手の記録を勝手に吸い上げる小術。料金を分かりにくく取る小術。携帯術盤を落とす小術。偽物を本物らしく見せる小術」


 学生の顔が曇った。


「それは止めてほしい」


「はい。中央の術式庫には利点があります。探しやすい。支払いを一か所で扱える。危険なものを弾ける。壊れた小術を引っ込められる」


 便利だ。

 安心でもある。

 利用者にとって、野放しの棚から拾うよりはずっとましなことが多い。


「ただし」


 ルドーが短く言った。


「ただしだな」


「はい」


「嫌な語だ」


「便利な仕組みの後ろには、だいたいあります」


 私は門を濃く塗った。


「術式庫を握る者は、配ってよいものを決められます。作る自由と、配る自由は別なんです」


———

 学生の一人が眉を寄せた。


「でも、悪い術だけ弾くならいいのでは」


「そこが難しい」


 私は表示盤に、審査返しの例を書いた。


説明が足りない

金の流れが不明

消し方が分かりにくい

見せ方が紛らわしい

文言が不適切


「術式そのものが壊れていなくても、通らないことがあります」


「なぜですか」


「使い手が誤解するかもしれないから。事故が起きた時に責任が曖昧になるから。料金を取るなら、止め方を前に出せと言われるから」


 学生たちが少し嫌な顔をした。


「細かい」


「細かいです」


「面倒」


「かなり面倒です」


 私は頷いた。


「しかも、基準がいつも同じとは限りません。前に通った書き方が、次には止まることもある。庫番によって見方が揺れることもある」


 リゼが言った。


「市場の門番が、昨日は通してくれた荷札を、今日はその書き方だと駄目って言う感じ?」


「そういうことだ」


「荷物より、荷札で揉める」


「かなり正確だ」


 作り手からすると、腹が立つ。

 しかし門番から見ると、荷札の曖昧さが事故の芽に見える。

 両方、分かる。

 だから面倒なのだ。


———

「最近は速くなったと聞きました」


 別の学生が言った。


「生成変換器で、最初の検めをしているとか」


「一部はそうらしいです」


 私は表示盤に、庫の内側で動く小さな変換器を描いた。


「定型的な不足は、以前より早く返ってきます。説明文がない。料金の表示がない。消し方がない。似たような不備は見つけやすい」


「では楽に」


「なりません」


 即答した。

 学生が笑った。


「最初の返事は速くなる。でも最後に見るのは人です。人が嫌がる文言、人が不安に思う導線、人が責任を取りたくない形は残ります」


 ルドーが短く言った。


「人は残る」


「残ります」


「厄介だ」


「はい」


 人間由来の面倒さは、術で少し軽くなる。

 消えはしない。

 最悪だ。


———

 そこで、学生の一人が笑いながら手を上げた。


「先生、昨日変な小術の話を聞きました」


 私は嫌な予感がした。


「宝玉の絵が出るだけの小術です」


 講堂がざわつく。


「それだけ?」


「それだけです。しかも高い」


「何の役に立つんだ」


「買った者が富んでいると示せるそうです」


 終わっている。

 だが、知っている匂いがする。


 学生が続けた。


「札面に、我は富めり、ゆえに尊し、と出るそうです」


「いらない」


「でも、ちょっと見てみたいかも」


 リゼが小さく言った。


「分かる」


「リゼ」


「見るだけ。買わない」


 その好奇心が市場を太らせる。


———

「その小術は、審査を通ったんですか」


「通ったらしいです」


 私は額を押さえた。


「知恵之実社は後から引っ込めたと聞きました」


 学生たちは笑った。

 ルドーも少し口元を動かした。


「門を固くしても」


 ルドーが言う。


「妙な者は入る」


「はい」


「穴だな」


「穴というより、限界です」


 私は表示盤の門を叩いた。


「審査は万能ではありません。厳しくしても変なものは通る。真面目なものが止まることもある。中央に門を置くと、安全は増えますが、その門の揺れも全員に効きます」


「野放しよりは安全」


「はい」


「門番が強すぎると」


「窒息します」


 講堂が少し静かになった。


 便利さと窮屈さは、同じ門から出てくる。


———

 授業の終わり際、ルドーが表示盤の門を見た。


「王都の工房は」


「かなり色めき立っています」


「若いな」


「若いです」


 実際、王都では若い術師や小さな工房が携帯小術に夢を見ている。

 大きな店を持たなくても、術式庫に載れば街中の携帯術盤へ届く。

 これは強い。

 夢を見るだけの理由はある。


 だが、夢の入口には庫番がいる。


 講堂の連絡札が鳴った。

 王都の若い工房から、学校へ相談が来ているという。


「携帯術盤向けの小術が、何度も審査返しになっているそうです」


 職員が言った。


「術そのものは動いているのに、説明と導線で止まる、と」


 学生たちがこちらを見た。


 やめてほしい。

 授業が現場に追いつくのが早すぎる。


 ルドーが短く言った。


「次は門番だ」


「はい」


「振り回されろ」


「嫌です」


「現場こそ授業だ」


 最悪だ。


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