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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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第124話 知は別の形を探す

 王城の外交会議室は、朝から冷えていた。

 窓は閉まっている。

 暖炉には火もある。

 それでも空気は冷たい。


 原因は、新大陸の使節団だった。

 怒りは、部屋の温度を上げることもある。

 だが、よく訓練された怒りは、逆に冷える。

 最悪だ。


———

 新大陸の使節は、よく整えられた礼服を着ていた。

 声は静かだった。

 静かすぎて怖い。


「王国が行った高等秘匿術の再構成は、我が国の安全保障に関わる高度術の移転に等しい」


 通訳を挟んでも、怒りは薄まらなかった。


「明らかに制度趣旨を潜脱しています」


「友好関係を損なう行為です」


「軍務、外交、財務を守る我が国の理を軽んじている」


 言っていることには理があった。

 国が強い秘匿術を外へ出したがらないのは当然だ。

 軍務連絡を守りたい。

 外交文書を守りたい。

 財務の流れを守りたい。


 相手は愚かではない。

 ただ、穴のある制度を真面目に運用していた。


———

 王国側の外務官は、静かに一礼した。

 昨日の会議にいた人物だ。

 今日は、さらに顔が事務的だった。


「王国は、貴国で合法に出版された書籍を、正規交易により輸入しました」


 声は平らだった。

 平らな声は、時に剣より痛い。


「輸入時の品目は書籍。税も納めています。禁輸対象である完成済みの術式札、実行可能な継ぎ札、封じ済みの秘匿術盤はいずれも輸入しておりません」


 使節の眉がわずかに動いた。


「王国の学者と術者は、王国内で、書籍の記述を研究し、独自に術式列を再構成しました」


 外務官は、紙をめくった。


「貴国の条文、および公開されている先例に照らし、違法性を示す根拠をご提示ください」


 上品な正論だった。

 正論は、上品なほど逃げ場が少ない。


———

 新大陸の使節は沈黙した。


「趣旨としては」


「趣旨は承知しています」


 外務官はすぐに返した。


「しかし、条文は書籍の流通を認めています」


「それは学術のためであって」


「王国の学者が学術研究として読み解きました」


「軍務利用の意図が」


「王国の利用目的について、貴国法の適用根拠をご提示ください」


 会議室の空気が、さらに冷えた。


 下品な煽りはない。

 勝ち誇りもない。

 ただ、条文と先例が積まれていく。


 制度設計の負けだ。

 少なくとも、この場では。


———

 休憩の間、リゼが小声で聞いてきた。


「あれ、怒るのは分かるけど、言い返せないのね」


「条文上は難しい」


「本当に本を買っただけだから」


「そうだ」


「でも中身は術なんでしょ」


「情報は札にもなるし、本にもなるし、人の口でも運べる」


 私は会議室の隅に積まれた書籍の写しを見た。

 紙の束。

 ただの紙。

 だが、読み解けば術になる。


「ひとつの形だけ縛っても、知は別の形を探す」


 リゼは少し考え込んだ。


「なら、全部の形を塞げばいいんじゃない」


「塞げるかもしれない。だが、本当に全部を塞ごうとすると、学問も交易も痩せる」


「痩せる」


「論文も書けない。書籍も運べない。学者も交流できない。口伝まで疑えば、人の移動も縛ることになる」


 知識を閉じ込める檻は、外へ漏れるものを減らす。

 同時に、中へ入るものも減らす。


 国を守るための檻が、国そのものを細らせることがある。

 面倒だ。

 とても面倒だ。


———

 午後の会議では、王国側がさらに静かに押した。


 書籍として合法に出版されたこと。

 正規交易で輸入したこと。

 王国内で人間が読んで再構成したこと。

 相手国の条文にも先例にも、違法性を明示する根拠が見当たらないこと。


 新大陸側は、制度趣旨の話をした。

 王国側は、条文の話をした。

 どちらも間違っていない。

 だから、なおさら揉める。


 ルドーが後ろで短く言った。


「理はある」


「はい」


「穴もある」


「はい」


「そこを突いた」


「はい」


「はいは一回だ」


「はい」


 外交の場でそれを言わないでほしい。


———

 王城の写本室では、研究が続いていた。


 若い術者たちは、昨日より目が明るい。

 高等秘匿術の一部が動いたことで、次の問いが生まれている。

 もっと速くできないか。

 王国の術式体系に合わせられないか。

 既存の王城印や真印と組み合わせられないか。


「この構文列、王国の札工ならもっと短くできます」


「注釈のここ、別の秘印管理に使えそうです」


「試験例を増やしましょう。写し間違いが怖い」


 熱気があった。

 紙の匂い。

 墨の匂い。

 眠気と興奮。


 書物は、知識を運ぶ船にもなる。

 海を越えるのは、人や荷だけではない。

 紙に乗った考えも、国境を越える。


 それを止めるのは、簡単ではない。


———

 夕方、外交使節は一応の抗議文を残して去った。

 怒りは消えていない。

 友好関係も、少し傷がついただろう。

 王国側も、完全な正義の顔はしていなかった。


 制度趣旨ぎりぎりを歩いた自覚はある。

 それでも、条文と先例の範囲内で動いた。

 外交とは、そういう冷たい橋の上を渡る仕事でもある。


 外務官が私に言った。


「助言に感謝します」


「私は、構造を整理しただけです」


「それが必要でした」


 彼は静かに礼をした。

 有能な役人の礼は、短くて重い。


———

 夜、リゼと王城を出た。

 空気は冷えていたが、昼間の会議室ほどではない。

 通りには灯りが増え、焼き栗の匂いが流れていた。


「そんなに困るなら、最初から穴のない法にすればよかったのに」


 リゼが言った。


「そう簡単でもない」


「どうして」


「穴をなくそうとすると、たぶん全部を縛りたくなる。術式札も、本も、論文も、人の会話も」


「それは息苦しいね」


「知識を閉じ込めすぎれば、国そのものが痩せる」


 リゼは少し黙った。

 それから、ゆっくり頷いた。


「守りたいものがあるから閉じる。でも、閉じすぎると弱くなる」


「そういうことだ」


「面倒」


「かなり面倒だ」


———

 情報は、容れ物を選ばない。

 札にもなる。

 本にもなる。

 人の口にもなる。

 歌や図や注釈にもなる。


 ひとつの形だけ禁じても、知は別の形を探す。

 だからといって、規制が無意味なわけではない。

 国には守るべきものがある。

 秘匿すべき通信がある。

 出してはいけない術もある。


 だが、情報を扱う法は、情報が形を変えることを忘れてはならない。

 容れ物だけを見れば、人は別の容れ物を作る。

 中身だけを縛ろうとすれば、学問まで痩せる。


 その狭間を設計するのが、制度というものなのだろう。

 技術より遅く、だが技術なしには成り立たない。


 知は、閉じ込められると別の形を探す。

 その性質は、たぶん魔法より厄介だ。


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