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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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第118話 壊れた目に手足を預けるな

 王城術務室の講義室は、朝から少し熱かった。

 窓は開いている。

 外の風も入っている。

 それでも、表示盤が何枚も並ぶ部屋は熱を持つ。


 術盤。

 連絡札。

 赤く光る注意印。

 冷めた茶。


 学校の講堂より現場に近い。

 つまり、嫌な話が始まりやすい場所だ。

 最悪だ。


———

 ルドーは表示盤に短く書いた。


見張りが壊れる


「何が困る」


 学生たちは、王城術務官に混じって座っていた。

 最近の授業は、現場の人間もよく来る。

 現場の人間が授業を聞く時は、だいたい何かが壊れかけている。


「異常が分かりません」


「対応が遅れます」


「報告ができません」


「偉い人に怒られます」


 ルドーは一語ずつ返した。


「困る」


「困る」


「困る」


「特に困る」


 最後だけ妙に現実的だった。


 リゼが首を傾げた。


「でも、見張りって、様子を見るためのものでしょ」


 自然な問いだった。

 そして、危ない誤解でもあった。


 ルドーが私を見た。


「ユウ」


「はい」


「はいは一回だ」


「はい」


 まだ一回しか言っていない。

 だが、今日は言われる予感がした。


———

 私は表示盤に、町の火の見櫓を描いた。

 その横に、王都の術盤群を描く。

 術盤群は、たくさんの小さな術盤が線で結ばれたものだ。


「見張り盤は、後から眺めるだけの道具ではありません」


 火の見櫓に鐘を描く。


「火が出たと知らせる。人を起こす。担当者を呼ぶ。どの術盤が苦しいかを見る。余裕があるうちに手を打つ」


 次に、鐘から水場の門へ線を引いた。


「最近は、見張り盤の値を見て、自動で術盤を増やしたり減らしたりする仕組みもあります」


 術務官の何人かが頷いた。

 頷き方が重い。

 使っている顔だ。


「負荷が増えたら術盤を足す。落ち着いたら戻す。便利です」


「便利なら良いのでは」


 若い術務官が言った。


「便利です。ただし」


 部屋が少し静かになった。

 この世界でも、私の「ただし」は嫌われ始めている。


「見張り盤が壊れると、目が塞がるだけでは済みません。最近は、その目を見て勝手に手足が動くようにもなっている」


 リゼが言った。


「火の見櫓が燃えただけじゃなくて、その櫓の鐘の音で水場の門が開く仕掛けまで止まる、みたいなこと?」


「そんな感じだ」


「しかも、どの門がその鐘を頼ってるか分からないと」


「最悪だ」


 自分で言って、少し胃が痛くなった。


———

 私は表示盤に、観測盤と書いた。


観測盤


「王都では、千里盤工房の観測盤をかなり使っています」


 部屋の何人かが、また頷いた。

 今度は少し誇らしげだった。


「各地の術盤から見張り値を集める。記録札を集める。異常の兆しを出す。通り印や区間印を集めて、どの道筋で滞ったかも見られる」


「便利です」


 術務官が言った。


「王都だけで同じものを作れと言われても、すぐには無理です」


「そうでしょう」


 私は頷いた。


「外部工房を使うこと自体は悪くありません。便利だし、王都だけでは作れない水準もあります」


 ルドーが短く言った。


「頼りすぎるな」


「はい」


「はいは一回だ」


「はい」


 今日は避けられないらしい。


「便利だからこそ、倒れた時のことを考えておく必要があります」


 私は観測盤から、いくつもの線を引いた。

 術盤群。

 担当者の呼び出し。

 差配盤。

 自動増設。


「観測盤が見るだけなら、壊れても見えないだけです。それでも痛い。ですが、観測盤の値を差配盤が読んで、自動で増設や減設をしていると、壊れ方が変わります」


———

 表示盤に四つの言葉を書いた。


遅れる

欠ける

ゼロに見える

来ない


「危ないのは、値が間違った形で届く時です」


 学生の一人が言った。


「値が来ないなら、動かなければいいのでは」


「そう決めてあれば、まだよいです」


「決めてないと」


「自動化が勝手に解釈します」


 私は、見張り値がゼロに見える図を描いた。

 その下で、差配盤が術盤を減らす。


「本当は人が押し寄せているのに、見張り値がゼロに見える。すると、余裕があると勘違いして術盤を減らすかもしれない」


 次に、値が来ない図を描く。

 差配盤が迷って赤く光る。


「逆に、値が来ない時に、増やすべきなのか、止めるべきなのか。決めがない自動化は危ない」


 リゼが眉を寄せた。


「店番が外を見間違えて、お客がいないと思って鍋の火を落とすみたい」


「近い」


「本当は店の外に人が並んでる」


「かなり近い」


 人は、見えているものを信じる。

 機械も、渡された値を信じる。

 だから、壊れた値は怖い。

 沈黙より、もっと怖いことがある。


———

 術務官の一人が手を上げた。


「では、観測盤を使わない方がよいのでしょうか」


「違います」


 私は即答した。


「使うべきです。見えない運用は危ない。ですが、見えることと、動かすことを近づけすぎると危ない」


 表示盤に線を一本引いた。

 観測盤。

 差配盤。

 自動増設。


「観測盤が倒れた時、差配盤がどう振る舞うか。見張り値が遅れた時、古い値を使うのか、止めるのか。値が来ない時、安全側に倒すのか。決めておく必要があります」


「安全側、とは」


「全部を守ろうとしないことです」


 部屋が少しざわついた。


「止められないものを守る。少し遅くてもよいものを遅らせる。一時停止できるものを止める。見えない時ほど、欲張らない」


 リゼが言った。


「暗い台所で、全部の鍋を同時に触らない」


「そういうことだ」


「まず火を落とす鍋と、絶対に火を消せない鍋を分ける」


「かなり正確だ」


———

 講義が終わりかけた時、王城の連絡札が鳴った。

 乾いた音だった。

 嫌な音でもあった。


 術務室の職員が札を受け取り、顔色を変えた。


「千里盤工房の観測盤で、表示の乱れが出ています」


 部屋が静かになった。


「見張り値の遅れと欠落。記録札も一部届いていません。最初は見え方だけの問題かと思ったのですが」


「続けろ」


 ルドーの声は低かった。


「王都の一部術務も不安定です。しかも、自動増設が変な動きをしています」


 今さっき表示盤に描いた線が、現実になっている。

 あまりにも授業向きすぎる。

 最悪だ。


AIエージェント:「観測:講義内容と事故内容の一致率が高いです」


「黙れ」


 リゼが立ち上がった。


「行くんでしょ」


「行く」


「暗い台所なら、鍋を見分けないとね」


「そういうことだ」


———

 王都術務室へ向かう廊下は、足音がよく響いた。

 職員たちが走っている。

 誰も叫んではいない。

 だが、顔は硬い。


 見えないだけなら、まだいい。

 よくないが、まだいい。


 問題は、見張り盤が取り回しにまで食い込んでいる時だ。

 壊れた目に、手足まで預けている時だ。


 私は歩きながら言った。


「急ごう。今ならまだ、安全側に倒せる」


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