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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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111/127

第111話 どう間違えるかを決める

 市民相談局は、紙と汗と冷めた茶の匂いがした。

 朝から人が走っている。

 机には相談札が積まれ、壁には急ぎ、通常、後回しの札受けが並んでいた。


 困惑と諦め。


 ここは役所だ。

 だが、人手が足りない役所は、ときどき沈みかけた船に似る。


 受付の奥で、相談員の一人が叫んでいた。


「また最優先が増えた」


「中身は」


「支え金の支給日を一日早めてほしいって話だ。困ってはいるが、今すぐ家を失う話じゃない」


 別の相談員が、別の札を持って青ざめていた。


「こっちは通常列に入ってた。今夜、家に戻れないって書いてある」


 セラが唇を噛んだ。


 見分け術は働いている。

 働いているのに、現場が沈んでいる。

 最悪だ。


———

 私は札受けを見た。

 急ぎの箱はあふれている。

 通常の箱も多い。

 後回しの箱には、薄い札が何枚か落ちていた。


 相談員たちは怒っていた。


「こんな術、止めましょう」


「前の方がまだましです」


「急ぎに入っている札を全部読んだら、それだけで日が暮れます」


 セラは言い返せなかった。


 私は急ぎの箱から数枚を取った。

 強い言葉。

 制度名。

 即時対応を求める、という定型句。

 しかし内容は、数日内でも間に合うものが混ざっている。


 通常の箱からも取る。

 短い文。

 拙い文字。

 制度名はない。

 だが、今日中に人が見ないと危ないものがある。


「術が外れている、というより」


 私は言った。


「何を守る術か決めずに使っています」


 相談員たちがこちらを見た。


「外れてないんですか」


「外れています。ただ、外れ方の設計がありません」


 場が少し静かになった。


———

 私は表示盤を借りた。


「まず、急ぎという印を分けます」


 セラが頷いた。


 私は書いた。


今日中に人が見る

数日内に確認

通常対応

制度案内で足りる


「今まで、これらが全部、急ぎや通常に混ざっていました」


 相談員の年配の女性が言った。


「確かに、気の毒だから急ぎにした札もあります」


「それ自体は悪くありません。ただ、見本札として使うなら、理由が要ります」


「理由」


「今日中に危ないから急ぎ。数日内でよいが不安が強いから確認。制度案内で足りる。そういう違いです」


 セラが小さく言った。


「私たちは、急ぎの印を雑に付けていた」


「忙しい現場ではよくあります」


「慰めですか」


「観測です」


 少し場が緩んだ。

 笑えるほどではないが、息は通った。


———

 次に、見本札の束を見た。

 過去に急ぎとされた札。

 通常とされた札。

 後回しとされた札。


 そこには、現場の癖が残っていた。


 制度に詳しい書き方。

 強い言葉。

 長い訴え。

 きれいな文字。


 それらが、急ぎの印にかなり混ざっている。


「見分け術は、現場の過去を真似します」


 私は言った。


「本当に危ない札だけを真似するわけではありません。過去に優先されやすかった札を真似します」


 相談員の一人が顔をしかめた。


「文章がうまい人ほど拾われる」


「そうなる危険があります」


「下手な人ほど落ちる」


「落ちます」


 リゼが、通常列の一枚を見ていた。


「これ、短いけどかなり危ないんじゃない」


 札には、数行だけあった。


帰る場所がありません。

子どもがいます。

今夜だけでも。


 相談員たちの顔が変わった。


「それは今日中」


「はい」


 私はその札を、別の小箱へ置いた。


急ぎの疑いあり


「まず、ここを作ります」


———

「完全に自動で急ぎを決めるのはやめます」


 セラが顔を上げた。


「やめる」


「一段目は、急ぎの疑いありを広めに拾います」


「空振りが増えます」


「増えます」


「現場が潰れます」


「潰れない範囲にします」


 私は表示盤に線を引いた。


拾いを厚くする

人が見直す

通常列へ戻す


「目的は、見分け術に裁かせることではありません。本当に危ない札を、人が見られる列へ出すことです」


 相談員たちは黙っていた。


「空振りをゼロにしようとすると、見逃しが増えます。見逃しをゼロに近づけようとすると、空振りが増えます。だから、どこまで拾うかは、人手と危険の重さで決める」


 年配の相談員が腕を組んだ。


「全部拾えばいい、ではない」


「はい。全員が潰れます」


「厳しく絞ればいい、でもない」


「危ない人を落とします」


 セラが息を吐いた。


「どう間違えるかを、決めるんですね」


「そうです」


———

 境目を動かす試しをした。

 過去札を少し流す。

 拾いを厚くする。

 急ぎの疑いありが増える。

 その中に、今日中に人が見るべき札が多く入る。

 同時に、空振りも増える。


 相談員たちは、一枚ずつ見直した。


「これは数日内」


「これは制度案内」


「これは今日中」


「これは危険語だけ強いが、内容は通常」


 札が動いていく。

 完全ではない。

 速くもない。

 だが、さっきよりは現場の手が届いている。


 リゼが小声で言った。


「見分け術って、万能の裁き役じゃなくて、先に見る列を整える係なんだ」


「そういうことだ」


「当たるか外れるかだけ見てた」


「俺も昔はそう見ていた」


「今は」


「どう外すと困るかを見る」


 リゼは少し考えて、頷いた。


———

 見本札の印付けも変えた。

 過去の急ぎ印を、そのまま正しいものとして使わない。

 現場の相談員が、理由を付け直す。


今日中に住まい

今日中に食料

家族から避難

子どもあり

強い訴えだが通常

制度案内で足りる


 分類が増えた。

 面倒だ。

 だが、面倒を前に出さないと、後ろで人が倒れる。


 セラが、印付けの板を見て言った。


「これ、毎日続けるんですか」


「全部ではありません。最初は多めに。落ち着いたら、間違った札を中心に直します」


「術が間違えた札を見本に戻す」


「はい。見分け術は、放っておくと昔の癖のままです」


 相談員の一人が苦笑した。


「役所と同じですね」


「かなり同じです」


 誰かが笑った。

 今度は少し、本当に笑った。


———

 夕方前、一枚の札が通常列から拾い直された。


家を出たい。

帰ると叩かれる。

子どもを連れている。


 短い。

 制度名はない。

 強い定型句もない。

 だが、今日中に人が見るべき札だった。


 年配の相談員がすぐに動いた。


「避難先へつなぎます」


 セラが頷く。


「担当を二人。今すぐ」


 札は、急ぎの疑いありの列から、人の手に渡った。

 見分け術が救った。

 そう言うのは少し違う。

 人が救える場所へ、列を整えた。

 その方が正しい。


 セラはその背中を見て、深く頭を下げた。


「術を捨てるところでした」


「捨てるべき術もあります」


「これは」


「使い方を直すべき術です」


———

 夜、帰り道の王都は、少し湿った匂いがした。

 雨が近い。

 リゼは黙って歩いていた。


「万能の見分けなんてないのね」


「ない」


「でも、何も見分けないよりはいい」


「使い方次第だ」


「見逃しを減らすために、空振りを少し許す」


「そう」


「でも、空振りが多すぎたら現場が潰れる」


「そう」


「面倒ね」


「かなり面倒だ」


 リゼは少し笑った。


「でも、今日のは分かった気がする」


「何が」


「間違えない術を作る話じゃない。どう間違えるかを決める話」


「それが一番近い」


 雨粒が一つ落ちた。

 石畳に小さな黒い点ができる。


 自動で見分ける術は、人の責任を消す箱ではない。

 人が間に合うように、列を整える道具だ。

 その境目を決めるのは、結局、人間である。


 だから怖い。

 だから必要だ。

 そして、だから放っておいてはいけない。

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