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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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110/126

第110話 見分ける術は裁き役ではない

 講堂の窓から入る風は、少し乾いていた。

 疫病の張りつめた空気は薄れたが、王都の仕事は減っていない。

 むしろ、止まっていたものが動き出した分だけ増えている。


 役所も同じだった。

 生活の相談。

 住まいの不安。

 仕事を失った者の願い。

 偽案内に騙された者の訴え。

 家族から逃げたいという短い札。


 市民相談札は、毎日、山のように届く。

 山は美しい。

 遠くから見る分には。

 机の上に積まれた山は、だいたい最悪だ。


———

 その日の授業には、王都市民相談局の担当者が来ていた。

 名はセラという。

 若いが、疲れている。

 疲れているが、少し誇らしげでもあった。


「相談局では、新しい見分け術を入れました」


 セラは表示盤の前に立った。


「市民から届く相談札を、急ぎ、通常、後回しへ自動で分けます。文面や過去の処理札をもとに、急ぎらしい札を先に出す仕組みです」


 学生たちがざわついた。


「便利そう」


「役人が読む前に分かるんですか」


「全部読まなくていいの」


 ルドーが短く言った。


「何が決まる」


 講堂が少し静かになった。


 セラが瞬いた。


「何が、とは」


「見分けた後だ」


 短い。

 だが、芯を突いていた。


 私は頷いた。


「そこが大事です」


———

 私は表示盤に書いた。


見分け術

見本札

手掛かり

境目


「見分け術は、札の意味を本当に理解しているわけではありません」


 学生の一人が首を傾げた。


「でも、急ぎかどうかを見分けるんですよね」


「過去に急ぎとされた札に似ているかを見ています」


「似ている」


「言い回し。書かれている事情。使われる言葉。文の長さ。過去にどんな札へ急ぎの印が付いたか。そういう手掛かりです」


 表示盤に、二つの相談札を書いた。


家を追い出されそうです。今夜行く場所がありません。


制度第七条の緊急扶助該当と考えるため、即時対応を求めます。


「どちらが急ぎに見えますか」


 学生たちは少し迷った。


「上」


「下も急ぎっぽい」


「下は詳しい」


「見分け術が、過去に下のような札ばかり急ぎ扱いされたと見ていたら、どうなりますか」


 リゼが言った。


「制度の言い方がうまい人を、急ぎだと思いやすくなる」


「そうです」


 セラの顔から、少し得意げな色が消えた。


「見本札が歪んでいれば、術も歪みます」


———

 ルドーが言った。


「当たりは」


「当たり具合は大事です」


「それだけか」


「足りません」


 私は表示盤に、二つの言葉を書いた。


見逃し

空振りの拾い上げ


「本当に急ぎの札を通常へ落としてしまう。これが見逃しです」


 見逃し、の下に線を引く。


「逆に、そこまで急がない札を急ぎへ入れてしまう。これが空振りの拾い上げです」


 学生の一人が言った。


「どっちも減らせばいいのでは」


「理想はそうです」


「違うんですか」


「同じ術でも、境目を動かすと誤り方が変わります」


 私は小石をいくつか出した。

 赤い石。

 白い石。

 そして、細い棒。


「赤が本当に急ぎの札、白が通常の札だと思ってください。棒が境目です」


 棒を左へ寄せる。


「拾いを厚くすると、赤は拾いやすくなります。見逃しは減る。ただし、白も混ざる」


 棒を右へ寄せる。


「当てを細くすると、白は減ります。空振りは減る。ただし、赤を落としやすくなる」


 学生たちが、小石を見て黙った。


「だから、単に当たり具合がよい、では足りません」


———

 リゼが手を上げた。


「重い病を疑う見分けなら、空振りが増えても診てもらった方がいいわよね」


「はい」


「でも、商人の不正を疑う見分けで空振りが多すぎたら、まじめな店まで疑われる」


「そうです」


「同じ見分け術でも、何を嫌がるかが違う」


「かなり大事です」


 私は表示盤に書いた。


何を見逃したくないか

何なら空振りとして許せるか


「用途ごとに、減らしたい誤りは違います」


 ルドーが短く言った。


「目的だ」


「はい」


「はいは一回だ」


「はい」


 学生たちが少し笑った。

 セラは笑わなかった。

 顔色が悪くなっていた。


———

 私はセラを見た。


「市民相談局の見分け術では、何を見逃したくないと定めましたか」


「急ぎの札です」


「急ぎとは」


 セラは口を開きかけて、止まった。


「生活に困っている札」


「今日中に手を打たないと危ない札ですか」


「それもあります」


「数日以内に確認したい札ですか」


「あります」


「気の毒だが即応ではない札は」


「あります」


「全部、急ぎですか」


 セラは黙った。


 講堂の空気が、少し重くなった。


「急ぎという印が、一枚岩ではないのかもしれません」


 私は言った。


「一つの箱へ違うものを入れると、見分け術は何を真似すればいいか分からなくなります」


———

 セラはしばらく札束を見ていた。

 それから、小さく言った。


「実は、現場で妙なことが起きています」


 ルドーが目だけを動かした。


「言え」


「明らかに切迫した相談が、通常列へ回りました」


 講堂が静かになる。


「一方で、そこまで急がない札が最優先へ大量に入り、相談員がそちらに取られています」


「見逃しと空振りの両方ですね」


「はい」


「現場は」


「怒っています。こんな術は役に立たない、と」


 セラの声は少し震えていた。

 得意げだった顔は、もうない。


「善意で入れました。人手が足りなくて、誰かが少しでも早く助かればと思って」


「見分け術が悪いとは限りません」


 私は言った。


「ただ、何を守る術なのかを決めずに使うと、事故ります」


 ルドーが立ち上がった。


「現場だ」


「行きます」


「責任は」


「相談局が取ります」


 セラが即答した。

 少しだけ、顔に力が戻った。


 自動で見分ける術は、裁き役ではない。

 人の手が届くように列を整える道具だ。

 それを現場で分け直す必要があった。

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