表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
108/126

第108話 言葉は後から貼る札ではない

 王都の昼は、少しずつ混み方を思い出していた。

 市場には人が戻り、学校の講堂にも空席より声が増えている。

 それでも遠話鏡は消えない。

 対面と鏡越し。

 両方を使い分ける暮らしに、王都はなりつつあった。


 術負け病は、まだ終わっていない。

 だが、閉じこもるだけの季節も終わりかけている。


 そうなると、人は遊びを思い出す。

 いや、疫病の間も遊んでいた。

 むしろ、家にいる時間が増えたせいで、術盤遊戯は妙な勢いで広がった。


 人類は、外へ出られないと家の中で別の世界へ行く。

 たくましい。

 最悪だ。


———

 王城術務室から来た相談は、珍しく華やかだった。

 王都の遊戯工房が、新作の発売で困っている。

 それも、ただの遊戯ではない。

 子どもから大人まで知っている、長く続く術盤遊戯の大作。


 名前は、星巡りの紋章。


 毎回、新しい地方へ行く。

 新しい種族が出る。

 新しい術と道具が増える。

 昔からの遊び手は、前作の町名や術名まで覚えている。


 つまり、面倒なやつだ。

 人気があるものは、だいたい面倒になる。


 相談に来たのは三人だった。

 遊戯工房の責任者。

 文言をまとめる係。

 各国の商人と売り出し日を詰めている商務担当。


 リゼも同席していた。

 術盤遊戯に詳しいというより、王国語の響きにはうるさい。

 こういう時、かなり頼りになる。


「世界同日売りをしたいんです」


 商務担当が言った。


「王都だけでなく、北方、南方、東方にも同じ日に届けたい。疫病中に旧作が広がって、各国から新作を待たれています」


「いい話に聞こえます」


「いい話です。間に合えば」


 責任者が渋い顔をした。


「今の作り方だと、王国語版を仕上げてから各国語へ渡します。ですが、それでは間に合いません」


「間に合わない理由は、翻し手の数ですか」


「数もあります。ただ、それだけではないらしいのです」


 文言係が、卓に札束を置いた。

 かなり厚い。

 かなり嫌な厚さだった。


———

「今までは、小品や王都向けなら何とかなりました」


 文言係は言った。


「でも星巡りの紋章は、会話、道具説明、戦いの短文、町の名前、人物名、術名、任務の説明が膨大です。しかも過去作と呼び方を合わせないと、古い遊び手から怒られます」


「怒るでしょうね」


「分かるんですか」


「人は好きなものの呼び名が変わると怒ります」


 リゼが頷いた。


「料理名でも怒るわよ。昔からある焼き菓子を、急に別の名前で売られたら嫌」


「かなり近い」


「しかも味も少し変わってたら、もっと嫌」


「さらに近い」


 文言係が少し笑った。

 緊張が少しだけ緩む。


 私は札束を一枚取った。

 術名。

 道具名。

 短い説明文。

 王国語ではよく整っている。

 響きも良い。

 だが、嫌な予感がした。


「これは、どの段階で他の言葉の担当へ渡していますか」


「王国語の文が固まってからです」


「盤面の大きさは」


「王国語の文が収まるように作っています」


「会話の間は」


「王国語の声に合わせています」


「つまり、王国語で完成した箱に、後から別の言葉を詰めている」


 三人が黙った。

 その顔で、だいたい分かった。


———

 私は表示盤を借りた。


「一つ、例を出しましょう」


 文言係が、重要術の名を出した。


星霜を越えて灯を継ぐ誓い


 王国語としては悪くない。

 むしろ良い。

 格調がある。

 物語の終盤で使う大術らしい。


 リゼが少し目を細めた。


「響きは好き」


「長い」


「長いけど、王国語だとこういう重ね方が気持ちいいのよ」


「それが問題になります」


 私は横に四つの欄を書いた。


王国語

北方諸語

南方交易語

東方学府語


「王国語は雅ですが長い。北方諸語は、こういう意味を一語へ押し込みやすい。結果、さらに長い塊になることがあります」


 北方担当の試案札を置く。

 文字が横に伸びた。

 表示盤の枠から、堂々とはみ出した。


「南方交易語は短くできます。ただ、味が薄くなる」


 別の札を置く。

 意味は通る。

 だが、終盤の大術というより、倉庫の荷札みたいだった。


「東方学府語は概念をきれいに畳めます。説明文なら強い。ただ、子どもの台詞や熱い場面では硬くなりやすい」


 責任者が額に手を当てた。


「全部、違う壊れ方をする」


「はい」


「翻し手が頑張れば済む話では」


「頑張らせるほど、遅れます」


 私は言った。


「訳す人が苦しんでいるのではありません。最後に苦しませるような作りをしているんです」


———

 表示盤に、今度は短い戦いの表示を書いた。


効かない


「戦いの最中なら、短くなければいけません」


 次に、道具説明を書いた。


古い灯火を封じた小瓶。闇の多い場所で掲げると、しばらく道を照らす。


「説明文なら、少し長くても読めます」


 次に、会話文。


「ねえ、ほんとに行くの。まだ怖いよ」


「これは人物の声です。意味が合っていても、その人物に聞こえなければ壊れます」


 リゼが言った。


「王国語でも、同じ意味で言い換えたら別人になることあるわね」


「たとえば」


「『怖いよ』を『恐怖を覚えます』にしたら、子どもじゃなくなる」


「そういうことです」


 文言係が小さく呻いた。


「東方学府語の担当が、まさにそういう文を出していました」


「意味は合う」


「はい。でも、子どもが賢すぎる」


「意味だけ合っても駄目です」


 私は表示盤を指した。


「盤面も、会話の間も、遊び方も、言葉で変わります。言葉は後から貼る飾りではありません」


 そこで一度、息を置いた。


「最初から、盤面や進行と一緒に設計するものです」


———

 商務担当は腕を組んでいた。


「ですが、各国語を最初から入れると、工房の進みが遅くなりませんか」


「後で止まるよりは早いです」


「後で止まる」


「はい。今のままだと、王国語版が完成した後で、北方版だけ術名が収まらない。南方版だけ味がない。東方版だけ人物の声が壊れる。前作の呼び名と食い違う。全部、後ろで出ます」


 責任者の顔が渋くなった。


「すでに出ています」


 最悪だ。

 やはり出ていた。


「北方版で、戦いの術名が枠からはみ出しました」


「はい」


「前作で『月影の民』と呼んだ種族が、今作の担当札では『夜歩き族』になっていました」


「古い遊び手が怒ります」


「南方版では、主人公の決め台詞が、商会の約款みたいになりました」


「それは嫌ですね」


 リゼが真顔で言った。


「格好いい場面で約款を読まれたら嫌」


 全員が少し笑った。

 だが、笑いごとではない。


———

 私は札束を揃えた。


「現場を見せてください」


「現場ですか」


「文だけ見ても分かりません。実際の盤面に入れた時、どこで壊れるかを見ます」


 文言係が頷いた。


「術盤上の試し版ならあります。各国語の文言札も、途中のものが山ほど」


「用語の一覧は」


「あります。一応」


 一応。

 かなり危険な言葉だ。


「前作までの呼び方との対応は」


「古い担当者が覚えています」


 危険。

 かなり危険。

 人の頭は便利だが、売り出し日には弱い。


 私は立ち上がった。


「では見に行きましょう」


 リゼも立つ。


「私も行く」


「長くなるぞ」


「王国語の響きが要るんでしょ」


「要る」


「じゃあ行く」


 頼もしい。

 そして少し怖い。


 言葉は、後から貼る札ではない。

 それを分かってもらうには、現場の壊れ方を見せるのが一番早い。

 たぶん、今回も現場こそ授業だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ