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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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第101話 勝ち切れなくても潰せ

 偽の受け取り札面は、表だけならよくできていた。

 王都政府の色に似た青。

 支え金の説明。

 申請者の入力欄。

 受け取りを早めるという甘い言葉。


 だが、置き方は雑だった。

 名札の来歴が薄い。

 昨日まで別の札面を置いていた気配がある。

 札面の下に、王都政府の正式な棚とは違う癖が残っている。


 私は、表示札に一つずつ並べた。


名札

置き場の棚

札面の写し

本物との違い

送金先

被害の概要


 派手な魔法ではない。

 証拠を揃える。

 相手が止められる形にする。

 こういう作業は、だいたい地味で、かなり重要だ。


———

 置き場の管理元、つまり棚貸し工房へ魔文を送った。

 王都の正式制度を騙っていること。

 偽の王城印らしき飾りを使っていること。

 現に被害が出ていること。

 特別支え金の事前確認料として送金を要求していること。

 正式通知では支払いを要求しないこと。


 偽札面の写しも添えた。

 本物の王都通知との違いも並べた。

 被害の概要も、個人名を伏せて書いた。


 返事は思ったより早かった。


 当工房の貸し棚に置かれた札面であることを確認。

 王都制度の詐称と被害の申告を受け、該当札面を停止。

 同じ借り手の他札面も確認する。


 鏡面の中で、偽の受け取り札面が消えた。

 案内は無効化された。


 講堂にいた学生が、力が抜けたように椅子へ座った。


「これで、返ってきますか」


 私は少し黙った。


「分かりません」


 言いにくい。

 だが、嘘は言わない。


「金が戻るとは約束できません。犯人も、すぐ捕まるとは限りません」


 学生の顔が沈む。


「ただ、少なくとも、その札面を見て引っかかる次の人は減ります」


 学生は小さく頷いた。

 それが慰めになるかは分からない。

 だが、できることはそこからだった。


———

 終わった、とは思わなかった。

 思わなかったが、それでも早かった。


 その日の午後、私の魔文盤に別の偽案内が届いた。

 文面はほとんど同じ。

 王都特別支え金。

 早期受け取り。

 期限を過ぎると初回配布から外れる。

 事前確認料。


 見た目も酷似している。

 だが、名札は別。

 置き場も別。

 さらに、中継幕を挟んでいた。

 表からは綺麗な札面だけが見え、奥の管理元が見えにくい。

 一件目より、消しにくい。


 私は、しばらく黙ってそれを見た。


「終わっていない」


 声に出ていた。


 こういう詐欺は、一つ潰しても別口が出る。

 名札を替える。

 置き場を替える。

 文面を少し替える。

 中継幕で奥を隠す。

 完全には止められない。


 だが、だからといって放っておいてよいわけではない。

 最悪だ。

 終わらない仕事ほど、やる価値の説明が難しい。


———

 夜、リゼの家でその話をした。

 台所の灯りは温かい。

 だが、私の頭にはまだ偽札面の青い色が残っていた。


「一個消してもまた出るの、本当に嫌な感じ」


「嫌だ」


「でも、だからって放っておけるものでもないね」


「放ってはおけない」


 リゼは椀を置いた。


「勝てない相手なの」


「勝ち切れない相手だ」


「その違いは」


「一回で終わらない。完全には消せない。でも、見つけた分を潰せば、その分の被害は減る」


「水漏れみたい」


「水漏れ」


「全部の雨を止められなくても、穴を見つけたら塞ぐでしょ」


「かなり近い」


 私は息を吐いた。


「勝ち切れないから、やらないとはならない」


「うん」


「見つけたぶんだけでも潰すしかない」


 リゼは頷いた。

 軽口はなかった。

 こういう時、リゼはちゃんと黙れる。

 それがありがたい。


———

 翌日、王城にも報告を上げた。

 偽案内の魔文の文面。

 偽の受け取り札面の名札。

 棚貸し工房への停止依頼。

 中継幕を挟む別口。

 被害の概要。


 技術だけでは足りない。

 市民への周知が要る。

 正式な支え金案内の確認導線が要る。

 偽案内を見つけた時に報告できる場所も要る。

 棚貸し工房との連絡手順も要る。


 全部は一日で変えられない。

 だが、着手はできる。


 ルドーは報告書を見て、短く言った。


「潰し続けろ」


 短い。

 きつい。

 正しい。


———

 夕方、リゼが一通の封書を持ってきた。

 魔文ではない。

 紙の通知だった。

 王都の正式な経路で、町区の配布係から届いたものだ。

 封に王城印と町区印がある。


「これ、ちゃんと本物」


「見せてくれ」


 私は封を確認した。

 名札ではない。

 紙の発行元。

 町区印。

 配布係の署名。

 問い合わせ先。

 余計な支払い要求はない。

 今すぐ押せ、という文言もない。


 内容は、新治癒術式を封じた魔導石の配布通知だった。

 各自に割り当てられた日時に、町区の配布所へ来ること。

 体調が悪い場合は代理手続きを使うこと。

 費用は不要。

 転売や代理受け取りの偽案内に注意すること。


「本物だ」


 リゼは小さく息を吐いた。


「やっと、うちにも来たのね」


「ああ」


「でも、ここにも偽案内への注意がある」


「出るだろうな」


「嫌ね」


「嫌だ」


 それでも、通知の紙は確かにそこにあった。

 偽物ではない。

 急がせない。

 金を取らない。

 確認先がある。


 正しい通知は、派手ではない。

 だが、人を前へ進ませる。


———

 灯りを落としたあと、私は机の上の二つを見た。

 一つは偽案内の写し。

 もう一つは本物の配布通知。


 どちらも、困っている人へ届く。

 どちらも、きれいな言葉を使う。

 だが、片方は不安を煽り、金を奪う。

 もう片方は手順を示し、明日を少し軽くする。


 技術者にできることは、悪意を世界から消すことではない。

 偽札面を一つ止める。

 次の名札を見つける。

 管理元へ伝える。

 市民が確認できる道を作る。

 教育し、周知し、また潰す。


 完全勝利ではない。

 だが、完全でなければ無意味というわけでもない。


 疫病も、詐欺も、まだ終わっていない。

 それでも、魔導石の配布通知は来た。

 社会は少しずつ前へ進んでいる。


 長い夜の出口は、まだ遠い。

 だが、薄い線くらいは見えてきた。

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