第102話 外に見えるなら外に見えると書け
その日は、ルドーの授業がなかった。
珍しい。
王都の学校は、疫病下でも何とか講義を続けているが、先生たちにも会議や調整がある。
誰もが、少しずつ通常ではない仕事を抱えている。
王都の人々は、魔法映話室にだいぶ慣れてきた。
離れ講義。
離れ勤め。
役所の相談。
商会の打ち合わせ。
そして、雑談や飲み会。
人類は、どんな環境でも飲み会を発明する。
強いのか、懲りないのかは分からない。
———
昼過ぎ、リゼの家で本を読んでいると、リゼの魔文盤が短く鳴った。
リゼは文面を見た瞬間、眉を寄せた。
「ユウ、ちょっと来て」
「どうした」
「友だちが慌ててる」
魔文には、短い文章が並んでいた。
昨夜、仲の良い数人で魔法映話室を使って飲み会をした。
ところが今朝、その場にいなかったはずの同級生が、そこでしか話していない内容を知っていた。
誰かが話したのか。
盗み聞きされたのか。
気味が悪い。
リゼはすぐ返した。
「わたしの彼、こういうの詳しいよ。今からつなぐ」
私は少し固まった。
「今、彼と言ったか」
「言ったけど」
「そうか」
「そこ照れるところじゃないでしょ。友だちが困ってる」
「そうだった」
最悪だ。
恋人という語は、まだ作業中の思考を一瞬止める。
———
リゼの友人は、遠話鏡の向こうで青い顔をしていた。
名前はミナというらしい。
学校の同じ学年の学生で、疫病下の離れ講義にも慣れている。
ただ、今はかなり動揺していた。
「招いた相手しか見えないと思ってたんです」
「使った招き札を見せてもらえますか」
「はい」
ミナは招き札を映した。
席番。
招き札。
同席者欄。
盤面の端に、小さな印がある。
私はそこで止まった。
小さい。
かなり小さい。
しかも、色も控えめだ。
「この印、何だと思っていましたか」
「飾りか、催し用の印かと」
「外見えの印です」
ミナの顔から血の気が引いた。
「外見え」
「この席は、身内の席ではなく、見世の席になっています」
「見世の席って」
「外から見える席です」
リゼが息を呑んだ。
「つまり、招いた人だけじゃなかったってこと」
「そう」
私はさらに確認した。
いま見られる催し案内。
そこに、昨夜の席が拾われていた可能性がある。
席名は雑談会。
開放中。
見世の席。
侵入されたのではない。
鍵を破られたわけでもない。
自分たちが外へ見せていた。
この方が、気味が悪いことがある。
———
ミナは小さな声で言った。
「でも、席を作る時、招き札を送った人しか入れないと思って」
「普通はそう思います」
「招き札を送ったから」
「招き札があることと、外から見えないことは別です」
私は遠話盤の画面を指した。
「問題は、外見えなのに外見えだと分かりにくいことです。見世の席と身内の席が、ほとんど同じ顔をしている」
リゼが言った。
「閉まってるように見えるのに、実は通りに面した扉だったら最悪」
「かなり近い」
「しかも中で身内話してたんでしょ」
ミナが両手で顔を覆った。
「最悪です」
「最悪です」
そこは否定できない。
私は続けた。
「外に見える状態なら、誰でも一目でそう分かるべきです。危険な席は、危険そうな見た目をしていなければならない」
「危険そうな見た目」
「盤面全体が変わるくらいでいい。端の小さな印だけでは足りません」
———
私はミナに、昨夜の同席者欄を確認してもらった。
招いた友人たち。
そして、途中で一度だけ、知らない名が短く出ている。
すぐ消えていた。
おそらく、いま見られる催し案内から入ってきて、覗いて、出た。
「これ、同じ学校の人です」
ミナの声がさらに小さくなった。
「たぶん、その人が」
「可能性は高いです」
「盗まれたんじゃなくて、見せてた」
「そうです」
言う方もつらい。
だが、原因を曖昧にすると次も起きる。
ミナはしばらく黙った。
それから、小さく言った。
「招いた人だけだと思ってました」
「普通の利用者がそう思っても不思議ではありません」
私は言った。
「人は飲み会の前に細かい札を読み込みません。だからこそ、道具側が止めるべきです」
リゼが少し得意げに頷いた。
「ほら、彼すごいでしょ」
「今それを言う場面か」
「少し場をやわらげようと思って」
ミナが、ほんの少し笑った。
なら、成功だ。
———
原因が分かると、ミナは少し落ち着いた。
もちろん、恥ずかしさは消えない。
気味の悪さも消えない。
だが、誰かが高等な盗み聞きをしたわけではなく、席の向きが外へ開いていたのだと分かった。
対策はある。
「次からは、身内の席を選んでください」
「はい」
「席番を使い回さない。前に見世の席にしたものを、そのまま雑談に使わない」
「はい」
「招き札を送る前に、外見えの印を見る」
「見ます」
ミナは頭を下げた。
「ありがとう。リゼ、助かった」
ミナはそこで、少し姿勢を正した。
「ユウさんも、ありがとうございました。知らないままだったら、たぶん次も同じことをしてました」
「原因が分かれば、次は避けられます」
「だから言ったでしょ。うちの彼、こういうの詳しいって」
私は遠話鏡から少し目を逸らした。
完全には慣れない。
だが、その時、別のことを思い出した。
王城でも、同じ映話術を使っている。
工房との定例映話が近い。
席札を誰が作っているのか。
見世の席と身内の席の見分けは、王城側の担当者も理解しているのか。
嫌な予感がした。
———
夕方、私は王城術務室へ魔文を送った。
映話術の利用状況を確認したい。
特に、席番、招き札、身内の席、見世の席、外見えの表示。
返事はすぐ来た。
招き札で運用しているため、基本的には問題ないはず。
定例会議の席番は便利なので使い回している。
工房が用意した席札をそのまま使っている。
私は額に手を当てた。
便利。
その言葉は、現場ではしばしば危険の別名になる。
リゼが台所から覗いた。
「嫌な顔してる」
「嫌な予感が当たりそうだ」
「王城も同じ扉を使ってるの」
「たぶん」
「閉まってるように見える扉」
「たぶん」
リゼは顔をしかめた。
「明日、行くの」
「行く。というか、映話で詰める」
「怒る」
「怒るかもしれない」
「技術的に」
「技術的に」
怒り方の種類を理解されている。
少し複雑だ。
だが、明日はたぶん怒る。
外に見えるなら、外に見えると書け。
そんな当たり前のことを、作る側が分かっていなければ困る。




