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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
術負け病編

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第100話 急がせる札は疑え

 新治癒術式の報せが出ても、王都の暮らしが急に戻るわけではなかった。

 市場はまだ細く開き、飲食店は席を減らし、商人たちは帳面を見ながら長い息を吐いている。

 魔導石の配布には時間がかかる。

 その間にも、家賃は来る。

 仕入れの支払いも来る。

 人類の帳面は、病の都合を待ってくれない。


 王都政府は、打撃を受けた事業者向けに特別支え金を出すと発表した。

 飲食店、宿、工房、小さな商店。

 多くの人が、その報せにすがった。


 すがるものがある時、人は弱くなる。

 悪い意味だけではない。

 でも、悪意ある者はそこを突く。


———

 朝、リゼの家で魔文盤を開くと、着信札が妙に多かった。

 報導社からの確認。

 王城術務室からの短い礼。

 学校の離れ講義予定。

 そして、明らかに怪しい魔文がいくつも混ざっている。


 その一つを開いた瞬間、私は黙った。


 お前の恥ずかしい姿を見ている。

 金を払わなければ、知り合い全員へ見せる。

 今すぐ指定の送金札へ払え。


 雑。

 かなり雑。

 だが、雑なものほど数を撒く。


「ユウ、なに見てたの」


 横からリゼが覗き込んだ。

 声が少し楽しそうだった。


「詐欺魔文」


「へえ、そういう趣味」


「違う」


「恥ずかしい姿って」


「違う」


「否定が早い」


「早く否定すべき内容だ」


 リゼは明らかに分かっていて言っている。

 からかっているだけだ。

 恋人になってから、こういう雑な刃が少し増えた。

 悪くない。

 痛いが。


「これは露骨ね」


「露骨だ」


「引っかかる人いるの」


「いる。焦らせて、恥を突いて、相談させない」


 リゼの笑いが少し消えた。

 空気を読むのが早い。


———

 怪しい魔文を流し見していると、一つだけ質が違うものがあった。


 王都特別支え金 早期受け取りのご案内。


 文面は丁寧だった。

 王都政府の言い回しに似ている。

 困窮する事業者へ迅速に支え金を届けるため、事前確認を行う。

 手続きを早めれば、通常より早く受け取れる。

 期限を過ぎると、初回配布から外れる可能性がある。


 そして、王都の正式通知を装った札面への案内が付いていた。


 私は、指を止めた。


「これは嫌だな」


 リゼが眉を寄せた。


「さっきの露骨なやつより嫌」


「同感だ」


「本物っぽい」


「かなり本物っぽい」


「でも、急がせてる」


「そこがいやらしい」


 私は案内先の名札を見た。

 本物の王都政府の名札に似ている。

 だが、一字だけ余計だった。

 札面も綺麗だ。

 王城印らしき飾りもある。

 申請者名、店名、戸札番号、支え金の受け取り先、事前確認料。


「事前確認料」


 私は声に出した。


「支え金を受けるのに、先に払わせるの」


「その時点でおかしい」


「でも、早くもらえるって言われたら」


「焦っている人は押す」


 見た目が整っていることと、本物であることは違う。

 問題は、整っている偽物ほど人を崩すことだ。


———

 その日の講義で、私はこの話をした。

 講堂はまだ間隔を空けている。

 遠話鏡越しの学生もいる。

 リゼは他の学生に混じって、窓際の席に座っていた。


 ルドーが言った。


「今日の題」


 短い。

 目が鋭い。


「偽案内」


 私は表示盤に書いた。


本物に似ている

急がせる

不安を突く

確認前に動かす


「偽案内の魔文は、雑な脅しだけではありません。本物そっくりに見せるものがあります」


 学生たちが静かに聞いている。


「金、資格、救済、処罰。人が不安になるものを使います。相手が落ち着いて確認する前に動かせたら勝ちです」


 遠話鏡の向こうから声がした。


「差出人名が王都政府なら」


「信用の根拠になりません」


「文面が丁寧なら」


「根拠になりません」


「札面が綺麗なら」


「根拠になりません」


 私は少し強く言った。


「本物に似ていることと、本物であることは違います」


 ルドーが短くまとめた。


「急がせる札は疑え」


 表示盤に、そのまま書いた。


———

 リゼが手を挙げた。


「でも、困ってる時ほど、早く受け取りたいでしょ」


「そう」


「店が苦しくて、今月の支払いが迫ってたら、きれいな案内を疑う余裕なんてない」


「そこを突く」


 講堂の空気が少し重くなった。

 リゼの言葉は、生活に近い。

 そして、生活に近い言葉は逃げ場が少ない。


 私は頷いた。


「騙される人が愚かなのではありません。不安、焦り、切迫した事情があると、確認する力が削られます」


 その時、一人の学生が小さく手を挙げた。

 普段あまり話さない学生だ。

 顔が青い。


「先生」


「どうしました」


「うち、パブをやっていて」


 声が震えていた。


「客が減って、かなりきつくて。父が、特別支え金の事前手続きだと思って、札面に従って金を送ってしまいました」


 講堂が止まった。


「うち、ただでさえきついのに」


 それ以上、学生は言えなかった。


 さっきまで教材だったものが、急に目の前の傷になった。

 こういう瞬間、教える側の言葉は軽くなる。

 だから、軽くしないようにしなければならない。


———

 私は一瞬、別の家を思い出していた。

 前の世界の家だ。

 親が、支払いを装った偽の案内に従って金を振り込んだことがある。


 最初に感じたのは怒りだった。

 なぜ確認しなかったのか。

 なぜ相談しなかったのか。

 なぜそんなものに引っかかったのか。


 次に、情けなさが来た。

 自分が防げなかったことへの情けなさ。

 親を責めている自分への情けなさ。


 最後に残ったのは、追い詰められていたのだ、という理解だった。

 人は余裕がない時、確認の手順を飛ばす。

 恥ずかしい時、相談しない。

 急がされる時、近道に手を出す。


 被害者を責めても、金は戻らない。

 次の被害も止まらない。


 私は息を吸った。


「金を取り戻せるとは、今は言えません」


 学生が顔を上げた。


「ですが、止められるものは止めます」


「止める」


「その偽札面を見て、次に引っかかる人を減らします」


 ルドーが言った。


「今すぐ動け」


「はい」


 はいは一回だ、とは言われなかった。

 今は、それでよかった。


———

 私は学生から、届いた偽案内の魔文を見せてもらった。

 名札。

 札面。

 送金先。

 王都正式通知との違い。

 使われている偽の王城印。


 見れば見るほど腹が立った。

 だが、腹を立てても手は動かない。

 整理する。

 写しを取る。

 違いを並べる。

 誘い札面の置き場を探る。


 表は綺麗だった。

 だが、名札の来歴が薄い。

 置き場も、王都政府の正式な棚ではない。

 棚貸し工房の一角を借り、そこへ札面を置いている。


 私は表示札に情報をまとめた。


偽案内の魔文

偽の受け取り札面

本物に似せた名札

事前確認料の要求

送金先

置き場の管理元


「今すぐ消せるなら、消します」


 講堂の空気は、もう授業ではなかった。

 現場だった。

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