第六十二話 落胤って言葉には、そこはかとなくうさんくささが漂っている気がするのは何故だろう。
…どうして、こんなことになってしまったのだろう。
「同志たちよ、偉大なる魔王陛下は、その尊きご意思をお示しになった。奇蹟はここに、我らが頭上に舞い降りたのだ!」
団長…“魔宵教導旅団”の総統…が、壇上で声高に叫んでいる。
舞台の下では、びっくりするくらい多くの信者たちが、熱気にあてられた顔で歓声を上げていた。
魔王陛下、万歳!…とか。
新世界に栄光あれ…とか。
……正直、俺はこのノリについていけそうもない。
だが、総統は俺まで壇上に引っ張り出していた。すぐ脇に、立たされている。
「皇子たるユウト様が我らをお導きくださり、我らの理想は成就される。この淀んだ世界が正される日も近い。滅びた者に未だ固執する愚かな者たちの悪しき企みを打ち破り、来たる日の贄へと変えるのだ!!」
総統が拳を高く上げると、歓声は一際高くなる。もう、ジークなんとか、とか言いだしそうな空気だ。この場にいる誰も、俺のげんなりした表情に気付いてくれない。
多分彼らが見ているのは、仰々しい法衣やら装飾品やらでお人形よろしく飾り立てられた信仰の象徴であって、流されるがまま神輿にされてしまった俺ではない。
……ほんと、どうしてこうなっちゃったんだよ……。
試しに、これみよがしにわざとらしく溜息をついてみたのだが、やっぱり誰も気付いてはくれなかった。
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知らず知らずのうちに、手料理に恩寵を働かせてしまった俺。
それを口にした人間に、間接的とは言え加護を与える結果となり、それに気付いた旅団長こと総統ターレイクに、あれよあれよと言う間に神輿として担ぎ上げられてしまった。
正直、迷ったんだよ。今からでも、望めばそれらの加護は打ち消せる。貴方たちの勘違いですよーと言ってやることも可能だったのだが……
…ただの料理人より、組織の中枢に食い込めるよな……
そう思ってしまったわけである。中枢に食い込めるというか、中枢に据えられると言ってもいい。
で、実利と精神的労苦を天秤にかけた結果……流されるままに、担がれることを選んだのだった。
……それはいい。自分で選んだ結果なので、それはいいんだ。対外的に利用されたり、本気で俺の力を当てにされたりは予想していたから。
魔王崇拝の象徴として、全体集会の場で晒しものにされ、信者の統制とモチベーションの向上に利用されることも、まあ仕方ないとは思う。
だけど…さぁ。
なんなの、この扱い。
御大層な衣装を着せられて、皇子などと呼ばれ始めて、つーか、称号が「魔王の落胤」とかだったりするんだけど。意味分からない。
今までの料理人待遇から一転、王侯貴族かよ!てな具合に周囲に傅かれ。
すっごく、居心地が悪い!!
魔界で受ける忠誠とはまるで違う。魔族たちは、俺を利用しようなどと考えない。心底、俺のことを慕ってくれている。
総統ターレイクも他の幹部たちも、俺が何も知らない御しやすい小僧だと思ってる。無知な小僧を徹底的に利用してやろうと。
自分たちが裏で動きやすいように、表のトップを俺に押し付けようと。
一見へりくだっているような笑顔の裏に隠された表情が、実に不愉快だったりする。
そんなモヤモヤを抱えながら言われるままに愛想笑いを繰り返す俺だったが、それでもわずかな救いはあった。
「…アナベルぅ!!」
「きゃあ!」
……おっといけない。喜びのあまりについ抱き付いてしまった。
「あ、ゴメン……」
硬直しているアナベルからすぐに離れると、俺は彼女に謝った。
「いえ…急だったものですから、少し驚いてしまっただけです」
相変わらず控えめで穏やかな笑顔。くぅぅ…癒されるわー。
俺が神輿として組織に祭り上げられた直後、総統はアナベルを中央本部へと招聘し、俺の世話係に任じた。
俺と彼女が親しくしていたことを聞きつけたのだろう。「皇子さま」へのご機嫌取りといったところか。
彼女が連中の思惑に巻き込まれてしまったことは遺憾だが、正直、傍にいてくれることは嬉しい。
「あの、今日からユウト様のお世話をさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
…………ユウト…「様」?
「ちょ、ちょっとアナベル。その「様」ってなんだよ。ユウトって呼んでくれって言ったじゃん」
「え……でも…ユウト様は、とても尊いお方だとターレイク様に言われまして……」
ちっ。余計なことを言いやがってあのオッサン。
「尊くない尊くない。頼むから今までどおりにしてくれないか。俺も、いきなり持ち上げられて滅茶苦茶混乱してるんだからさ」
「…でも………」
「お願い!俺を助けると思って!!」
せっかくの癒しの時間を守るべく、俺はアナベルに両手を合わせて懇願する。彼女にまで傅かれたら、いたたまれなさすぎる。
「……分かりました。それでは、よろしくお願いします、ユウト」
逡巡の末、アナベルは了承してくれた。俺は胸を撫でおろす。あとどのくらい組織に潜入を続けなければならないのかは分からないが、それまでの間はなんとか耐えられそうだ。
……出来れば彼女を、この奇天烈な団体から出してあげたいんだけどな。
俺がグリードから命じられたのは、「敵の本拠地を見つける」「敵の首領を見つける」「敵の目的をつきとめる」の三つ。
前の二つは、既に果たした。残り一つに辿り着くのも、この分ならもう間もないだろう。
そうすれば俺は、得た情報を教会へ伝え(なお、前の二つは既に連絡済みである)、即座に組織を離脱することになっている。
………そのときに、アナベルを一緒に連れていくことは出来ないだろうか。
俺はこの後、勇者たちと一緒に「聖骸地巡礼」とやらに行くことになっているので、グリードに頼んで保護してもらおうか。
そのくらいの我儘、聞いてくれても良さそうだよな。俺、けっこう真面目に仕事してるし。
「……あの…ユウト、どうかしましたか?」
この後のことについて色々思いを馳せていると、アナベルがおずおずと訊ねてきた。
「いや別に。…………あのさ、アナベル。アナベルは、ここが好き?」
「え?ここ…ですか?」
いきなり変な質問をしてしまっただろうか。だが、彼女だけじゃないけど、ここの信徒たちは一様に同じような穏やかな笑顔を貼り付けるばかりで、その真意が見えにくい。
いつもにこにこしているけど、本当に満ち足りているんだろうか。
「ええと、変なこと聞いてゴメン。その……もっと自由な場所に行きたいとか思ったりはしないの?」
実際、この教団の内部はかなり制約が多い。「救済活動」はホワイト企業ばりの労働時間で、一応は安息日も用意されている。
だが、安息日は安息日であって、余暇ではない。ひたすら心身を休める日なのだ。
したがって、余暇を使って遊びに行くことは許されない。
そもそも、個人財産も(一般信徒には)ほとんど持つことは出来ない。わずかに用意されている息抜き用の小道具(カードゲームだったり、酒などの嗜好品だったり…)も、班の共有財産だ。
ひたすら刺激のない生活を送り、ひたすら「魔王陛下」への忠誠を示すべく救済活動に精を出す。いつか訪れる新世界で、安寧を得るために。
そんな生活、楽しいんだろうか???
俺は、欲望に忠実な奴が好きではないが、欲望のない奴は怖い。
「ここが好きかどうかは…分かりません。でも、外に行きたいとは思いません。……外は…怖い、ですから………」
彼女の答えは、なんとなく想像していたのと同じだった。
幼い頃から辛い思いばかりしてきて、その後この組織で安定した穏やかな生活を手に入れ(その是非はともかく)、今さら過去を思い出させる「外」に出たくないと思うのは、当然のことだろう。
想像していたとおりではあったが、それでも違う答えを期待している自分がいたことも、確かだった。




