第六十三話 至高だか究極だかの一皿を求めて…?
その日は、意外に早くやってきた。
「ユウト様、お疲れ様でした。本日はもうお休みで結構ですよ」
毎朝、幹部連中は朝の勤行と称して何やら謎の儀式を行っている。最近はそれに付き合わされて…と言っても俺は見ているだけなのだが、今朝はそれが終わったあと、総統ターレイクにそう言われた。
おや、おかしいな。いつもなら、その後支援者たちとの会合に引っ張り出されたり、視察という名目であちらこちらの拠点を引っ張りまわされたりするというのに。
……今日は、他にやることがないという。
これは…臭うな。
いつものパターンとは違うということは、いつもとは違うことが行われるということで。
………もしかしたら、連中の目的とやらを掴めるかもしれない。
「そうですか。それじゃ俺は、お言葉に甘えて今日は一日休ませていただきます」
何も知らない何も気付いていないフリをして、俺は自室へ戻った。
と、見せかけて。
連中の後をつけてみることにした。
勤行を終えた幹部たちが、続々と同じ方向に向かって歩いていく。見つかると面倒だから、見失わない程度に距離を取らないと。
これだけ大勢の人間がいると、俺一人の気配くらいくっついていてもバレないのがありがたい。
…それにしても、どこまで行くんだろう?
連中は、普段使用されている区画を通り過ぎ、普段は立ち入り禁止になっている区画に入り込み、俺には存在さえ知らされていなかった階段を下りていく。
……随分と長い階段だ。連中の持つ松明以外に明かりがないため、離れている俺には歩きにくいことこの上ない。
………万が一足を踏み外して下まで転がり落ちてしまったら、言い訳のしようもないよなー…。
おそるおそる、奈落の底へと続いているかのような階段をしばらく下り続け…
ようやく、明かりが見えてきた。どうやら、階段が続いているのは、ある程度の広さがある空間のようだ。
付近には誰もいないことを確認し、そーっと部屋の中を覗き込む。
そこは、想像以上に広い空間だった。面積は、学校のグラウンドと同じくらい。高さは……五十メートルくらいあるんじゃないだろうか…?
地下に、これほどの空間があるだなんて、ちょっと驚きだ。掘削だけでも、相当の時間と労力を要しただろう。
連中がその空間を作り上げたのか、元からあった空間を利用しているだけかは知らない。
だが…その中央に鎮座するものは、確実に連中が作ったものであると、俺は確信した。
広い空間の中央に、鎮座するもの。
見上げる巨躯は天井に達しようとするほどで、
体中から瘴気を垂れ流し、
うぞうぞと蠢く体表面は輪郭が朧で、おそらく未だ実体が定まっていない。
巨大で、歪で、醜悪な魔獣。
…………べへモス………!
俺の脳裏に、その名が浮かんだ。
べへモス。
それは、自然界に存在する魔獣ではない。
それは、大量の生命エネルギーを贄とし「製造」される、人造魔獣。
それは、意思を持たず自我も持たず、ただ喰らうだけのもの。
目についたもの全てを、片っ端から喰らい、取り込もうとするもの。
天地大戦でも時折目にした。天使族が考え無しに作りまくって導入していたのだ。正しく作られたべへモスは、食うだけ食ったら土へと還るものだが、それでも地上界ではいくつの国が食い尽くされただろう。敵である魔族だけを喰らうのならばいいが、べへモスには好き嫌いなどない。
目の前にいるのが魔族であれ廉族であれ、あるいは天使族であれ、ほとんど自動的に食指を伸ばす。
あまりに巨大なため、また回復力も半端ではないため、通常の攻撃手段ではほとんどダメージを与えられない。
満たされるまで延々と、ただ喰らい続けるだけの魔獣。それが、べへモスだ。
……あいつら…何てもの作ってやがる…………!
べへモスが人工的に生み出される魔獣であり、この旅団が魔王崇拝者たちの集まりである以上、それを作っているのは“魔宵教導旅団”であることは間違いない。
では、連中はべへモスを作って何をしようとしているか。
そんなこと、考えるまでもない。完成したべへモスを地上へ放ってやれば、三日で国一つは潰れる。
「新世界」とやらを作るのに邪魔なものを、根こそぎべへモスへ食わせようという魂胆だ。
………ハルバが行っていた「救済活動」、血液検査の目的。
医療目的でないことは察していたが、それもはっきりした。
間違いない。べへモスの贄に相応しい、魔力の強い者を選定するため………!
総統ターレイクを始め、幹部たちはべへモスを前に、研究者らしきメンバーと何やら話し合っている。おそらく、完成度合いや安定性の確認なのだろう。
その周りには、べへモス製造を担う術士たちと…………なんだか、毛色の違う人々もいる。平服で、術士とも研究者とも違うみたいだし、幹部のようにも見えないが、彼らは一体何をしているんだ?
俺が首を傾げていると、そのうちの一人が、例の穏やかな笑みを浮かべながら、べへモスへと近付いた。
「おい、やめろ!!」
そいつがどういう意図でそうしたのかを理解し、俺は思わず叫んでしまった。自分の立場も忘れて。
だがそいつは俺の方をちらっと見て、それから一際明るい笑顔を作り……
目にも止まらぬ速度で伸びてきたべへモスの触手に捕らえられ、瞬時に溶解した。
……べへモスに、喰われた。
贄として、自ら進んで、その身を喰らわせた。
「…なに、してやがるんだよ……」
思わず声が漏れる。俺には、理解し難い行為だった。
「おやおやユウト様。いけませんねぇ、まさか我々の後をつけてきたのですか?」
声を上げたせいで、ターレイクに気付かれてしまった。奴の護衛も兼ねている幹部数人が、静かに近付いてくる。
「………答えは分かりきってるけどさ、一応聞いとく。……そんなもの作って、何をするつもりだ?」
俺の問いに、ターレイクは嬉々として答えた。
「決まってます。これは、古く腐りはてた世界をリセットするための「装置」ですからね」
「それで、地上界の全てを滅ぼす、とでも?」
「いえいえ、さすがにべへモス一体では、地上界全滅は無理でしょう。ですが、充分に混乱をもたらすことは出来ます。さすれば、魔王陛下の地上界征服の近道になるでしょう?」
…そしてこいつは、その手柄をもって、魔王に取り入ろうという腹積もりか。
「随分と楽観的な計画じゃないか」
少なくとも、俺はそんなこと望んでないし、そんなことでこいつらを厚遇するつもりも重用するつもりもない。
「それは、貴方が心配することではありませんよ。…ユウト様、貴方にはもう少し役立ってもらわなければ困るのです。大人しくしていてくだされば、私としても乱暴なことはしたくありません」
抵抗すれば痛い目に合わせる、ってわけだろ。残念だが、そういうわけにもいかない。
なにより、こいつらは多分俺を拘束するつもりだろうが、それも容認できない。
何故ならば、俺は、潜入捜査中なのだから!
俺の仕事…「連中の本拠地」「連中の首領」そして「連中の目的」。その三つが判明した今、俺がここに留まる理由なんてない。
俺は、全速力で来た道を走り出した。
「逃がすな!多少の傷は構わん!!」
背後で、ターレイクが指示する声が聞こえる。いやいや構うよ、構ってくれよ、人の体だと思ってさ。
捕まるわけにもいかないので、とにかく走る。走る走る。
階段を二段飛ばしで駆け上がり、立ち入り禁止区画を走り抜け、一般区画も走り抜け…ようとしたところで。
「あらぁん、ユウトちゃん…じゃなかった、ユウト様、どぉなさったのかしらぁん?」
なんてこった!ヴォーノ=デルス=アスが現れた!
どうする?
たたかう
にげる
りょうりでごまかす ⇐
一瞬、「至高の一品のために俺は行かなければならないんだ!」
とか叫んで誤魔化そうと思ったが……
「……そう。行ってしまうのねぇん」
先んじて、何かを悟ったような表情のヴォーノに言われてしまった。
……って、え?
「アタクシには、分かっていたのよん」
……何?スパイだってバレてた!?
「ユウトちゃんが、こんなところで終わるような子じゃないってことは…ねん」
………ん?違うのか?
「さあ、お行きなさい。そして、必ず見つけてねん。貴方の、貴方だけの新世界を…………」
「あ、ありがとうヴォーノさん。俺、行きます!」
遠い目をしたヴォーノに礼を言い、俺は再び駆け出す。
そう、まだ見ぬ至高だか究極だかの一皿を求めて…!
……じゃなかった。そんなものは求めてなかった。
ともあれ、盛大に勘違いしてくれたヴォーノのおかげで……もしかしたら全部お見通しだったんじゃないかという気もしなくもないが……俺は、“魔宵教導旅団”を去った。
ヴォーノ、なんだかんだでいいところを持っていきます。




