第六十一話 ベーコン作りのワクワクは、遠足の前日に似ているような気がする。
ベーコン作りには料理のエッセンスが全て詰め込まれていると、俺は常々思っている。
確かに、時間はかかる、手間もかかる、食材の長期保存が出来る時代においては実に非効率である、等々、色々と弊害は大きいのだが。
それでも、計画を立て、下準備を入念にし、一週間以上を費やして完成される飴色の芸術品は、単純に「効率」だけでは片付けられない魅力を持っているんじゃなかろうか。
で、今まさに、ソミュール液に漬け込み→塩抜き→風乾を経て、いよいよクライマックスの燻煙に取り掛かろうというところで。
「ユウト君…だったか。少し、いいだろうか」
魔宵教導旅団の団長にして、魔王崇拝者たちの頭領、すなわち敵のボスである男に、話しかけられた。
「え…と、何でしょうか、団長」
「ああ。君に、聞きたいことがある」
この男とは、本部に連れてこられた時に一度紹介されたっきりだ。組織のボスと一介の料理人では、然程の接点を持ちえない。
相手もまた、俺にはまるで興味を持っていない様子だったのに……。
……何か、嗅ぎ付けられたか?
話を聞かなければ始まらない。だが、今の俺には、何より優先すべきことがあった。
「すみません、その話、すぐに終わりますか?」
「い、いや……多少はかかると思うが……」
「だったら、もう少し待ってもらえますか?これを燻煙にかけたら時間が出来るんで」
「……それを、煙にかける??」
団長は俺の言葉を理解しかねているようだ。それも仕方ない。この世界に、燻製という概念はまだ存在していないのだ。
だが、いちいち丁寧に説明するのも面倒臭い。
彼は戸惑いながらも、とりあえず俺のやることを見守ることにしたようだ。
しっかりと水分の抜けた豚バラ肉とスモークチップを、丸底鍋と網で作った簡易スモーカーに入れて、火にかける。
この世界では、薪か魔導技術を使った炎熱竈が一般的で、リエルタ村のような田舎には薪しかなかったのだが、ここには炎熱竈があるので助かる。
なにしろ、薪だと火加減が難しいんだよな。火力が強すぎてチップが燃え出してしまったらマズい。初めてベーコンを作った時は、それで失敗してしまった。
ちなみに、使っているチップは薪用に積み重ねられていたものだが、思いのほか香りがいいので試してみたところ、燻製にうってつけだということが分かったのである。
さて、これでよし。なにしろここまで一週間かかっているのだ。最後の最後で余計な茶々を入れられたらたまったもんじゃない。
「お待たせしました。それで、話とは?」
俺の作業にひたすら付き合わされた団長はしかし、気分を害した様子はなかった。
…実は少々緊張している。もし俺が間者だと勘づかれてしまったのであれば…俺は、ベーコンを見捨てて逃走を図らねばならない。
「変なことを聞いてしまうが…君は、自分が他者とは違う存在なのだと感じたことはないかね?」
「…………!」
……危ない危ない。思わず「なぜそれを!?」みたいな感じでボロを出すところだった。
しかし、なぜこの男はそんなことを言いだしたんだ?
もしや……俺の「正体」に気付いた……?
そうであれば、ベーコンどころの話ではない。
「……やはり、驚かせてしまったか。……質問を変えよう。君は、自分の持つ特異な能力に気付いているか?」
…………?
特異な…能力?
それは、例えば“星霊核”を一時的に停止させて世界そのものを停滞…この場合破滅を意味する…させることが出来たり、逆に活性化させて痩せた土地を豊饒の大地へと変えることが出来たり、“霊脈”に干渉して流れを変え因果を狂わせることが出来たり……というようなことを意味しているのか?
それとも……
「…その様子だと、気付いていないようだね。……君には、他者の能力を大幅に向上させる能力が備わっている」
「………はい?」
何を言いだすんだこの男。そりゃ、そういう力は持ってるよ。所謂、加護だとか天恵だとかいうもので、任意の者に分を超えた力を与えるなんて、俺とエルリアーシェには朝飯前だ。
だけど、人間であるリュウト=サクラバ(彼らからすると、ユウト…なのだが)に、そんなこと出来るはずないだろう。
そんなこと出来るはずがない、と思うのが当然なのだ。
「俺、そんな特別な力なんて持ってませんよ」
白々しく返す俺に、団長は
「それは、君がまだ気付いていないだけなのだよ」
と、何故か自信たっぷりに断言してみせた。
「君が我々の食事を担当してくれるようになってから、術士たちの魔導能力が大幅に向上した。これは検査結果に出ているから、間違いのないことだ」
…………え?なんで?
「術士だけじゃない。我々もまた検査したところ、魔導能力も肉体能力も、全てに上昇が見られた。これは、君の料理を食べたものだけに共通する奇蹟なんだよ」
…………ええ?なんで?
俺、ただ料理作っただけだよ?別に加護とか働かせてるわけ…………
あ。
そう言えば………アルセリアたちも、やけに強くなってたっけ……………
あれ、対魔王戦で成長したものとばかり思ってたけど……………
…………………………………。
………………………………………あああああ!
しまった!俺、多分無意識のうちに、やっちまった!!
考えてみれば、当然だ。
魔王=創世神と同格…が、手ずから作った料理。美味しくなーれ、とばかりに手間と時間と愛情を惜しみなく注ぎ込み、完成された一皿。
それを食べる者の心を満たすことが出来るように、それを食べる者が心身共に健やかであるように。
そう願いながら魔王が作った料理だ、そりゃ加護の力がめいっぱい含まれていたって不思議じゃない。
則ちこいつら幹部連中は、料理を通して俺の加護を受け取っていたということか………!
なんてこったい。何も考えてなかった………て言うか、調理中は自分が魔王だってこと、失念してた!
アルセリアたちが急成長を見せたのも、そのせいだったのか。
あーあ……ヘマしたなー。
本来の加護と違って、名指しで直接与えたわけではないから持続性はないだろう。それどころか、俺がそう望むだけで、彼らが得た力は瞬時に失われることになる。
の、だが。
「君のその力は、まさに奇蹟そのものだ。きっと、魔王陛下御自らが君に授けたもうた天恵に違いない」
…………いや、自分で自分に授けるのかよ。そんな、「自分にご褒美」みたいなノリで?
「あの……何かの間違いじゃないですか?」
何やらとんでもなく厄介なことになりそうな気がする。と言うか、多分なりかけてる。
ここはなんとか躱さなければ……。
だが、団長は俺の疑問をさらっと流してしまった。
「この力があれば、より多くの人々が我々に賛同してくれるようになるだろう。ユウト君、この不条理で歪んだ世界を正すために、君の力が欲しい」
「え?いや、あの…」
「君は自分を凡人だと思っているかもしれない。だが、君は選ばれし者なんだ。自信を持ってくれ。そして、我々を導いてくれはしないか?」
………………いや、凡人とか思ってないし。いまいち自覚は足りないかもしれないが、魔王だし。
だが…実際に加護を与えてしまった以上、いくら間違いだ気のせいだと言ったところで彼らは納得しないだろう。
幹部連中は、夢見がちな末端団員とは違う。計算高く、冷静で、利己的な現実主義者たちだ。
そんな彼らが、料理で奇蹟を起こすだなんて荒唐無稽な話を信じているというのなら、それは根拠のない確信ではないのだろう。
…………困った。
ここは一つ、彼の話に乗ったフリをしておとなしく担がれておくか?
いや…でもなー……。
ここにラディ先輩がいたら相談出来るのに。
いや、どのみち「なるようにしかならんさ」とかいい加減な返事が返ってくるかな?
「ユウト君、創世神エルリアーシェには、その意思を継ぐものがいる。…神託の勇者、と呼ばれる存在が」
あ、知ってます。ついこないだまでそいつに肉をたかられていました。
「そして君は、それに対抗すべく魔王陛下に選ばれた者。…我々は、そう考えている。勇者の、対極にある者として、魔王陛下の御意思を体現する存在であると」
………………なんでそーーーなるの!!?
心のツッコミに夢中になるあまり、返事をすることが出来なかった俺である。
燻製もので一番好きなのは、やっぱりベーコンです。で、次がスモークチキン。でも我が家は住宅地なので、庭で燻製が出来ません。煙とか…ね。
どのみち、庭なんてないんですけど。




