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38.ひとときの邂逅



「わかっ!」



というのが、リーフェルト・セプ・ファウン先輩の叔父様ことラザレイム・ヴァート・ラトーヌさんの印象。


てか、しまった。口すべった。失礼な言い方しちゃった!


てっきりもっと年長の方だと思い込んでたよ。想像してたのと違いすぎる。先輩から「叔父は変わり者だ」とは聞いてたものの、先輩のお身内っていうからにはやっぱきちんとしないといけないかと思って緊張してたんだよね。なのに……何でだろう? このひと気が抜けるなぁ。


にこにこ愛想がいいってわけでもない。むしろ無表情でぬぼーっとしてるような?



「お久しぶりです、ラズ叔父さん」


「やあ、リーフェ。いらっしゃい」


「お邪魔します。――皆も入れ」


「おじゃましまーす!」



叔父上サマじきじきのお出迎え、恐縮です。


ぞろぞろと10人もの大所帯が入りきる玄関ホール。ゆるくカーブを描いた階段。いかにもだなー。天井たかっ。この立派なおうちは想像の範囲内でしたよ。実際見ると驚くけど。


お屋敷ってのは言いすぎ? でも王都も城壁みたいなのに囲まれた街だ、そこで庭つき一戸建てって贅沢だよねー。三階建てだし、かなり広そう。さすがに並びのお家とはくっついて建ってるんだけど。ちゃんと手入れのされた前庭があって、クルマ数台とめられそうな広さだった。


外観はヨーロッパのアパートって感じ。かわいいの。王都全体そうなんだけど、建物の造りがかわいいんだよねー。ちょっと感動した! 配色がいいんだぁ。


建物の壁には細かな石を砕いてタイルみたいに使ってて、それがすっごく淡いベージュなんだよね。それに同じくすっごく淡い(渋めの)緑やピンク、水色の石がところどころ混ざってて。言えばファンシーなんだけど、基本あわーい色彩だから、つくりものっぽいそれとはちがって目にもやさしい。


そんなステキなお宅にお住まいの叔父サマは……無精ヒゲのわりにきちんとした格好だ。


仕立てのよさそうな上流階級服。長袖の貫頭衣の上に、聖職者のひとが肩からさげてる帯みたいな長いベストを羽織って、細いベルトでとめてる。グレートーンで、地味かも? ベスト的なやつの模様も同色でひかえめだし。


そういえば王城にお勤めなんでしたっけ。研究所。お城の敷地内なら、おかしな格好では行けないよね。お仕事上がりなのかも。ん。無精ヒゲは見逃してもらえるのか? それとも連日泊り込みでもされてたんだろうか。



「元気? 元気だよね、旅してこれたくらいだし。よかった」



ほんとによかったと思ってるのか、口先だけで喋るラザレイム叔父サマ、心ここにあらずに見えます……見えるだけ?


せっかく長身なのに猫背で、不健康そうな顔色、目の下のクマ、無精ヒゲ。うーん……「若い」とは思ったけど、瑞々しさを感じさせる「若さ」じゃないなぁ。これまたタイヘン失礼ながら。


焦げ茶の髪に茶色の瞳。痩せてるせいで頬はこけてるけど、つくりは丸顔っていうか、幅のある顔立ち。目もまんまる。叔父サマはちっともリーフェルト先輩と似ていなかった。このおふたりの共通点って背が高いとこくらい?



「丁度よかった。これから仕事に行くんだ。私の部屋以外は好きに使っていいから。じゃあ」



じゃあ? え? 仕事ってこれから?


叔父サマ、さっさと出て行ってしまった。


え、いいの? ご自宅に、まったく見知らぬ客と、久しぶりに訪ねてきた甥だけを置いてって。今日は他に通いのひとも誰もいないんだよね?


それに、じきに日も暮れるって時間なのに、お仕事?


……あれー?



「中に招き入れて貰えたのは重畳だったな」


「今回は間に合ってよかったよね!」



リーフェ先輩とフリィくんの会話がおかしい。


今回は? 前回とかは着いても留守だったってこと?

まぁでも独り暮らしならあり得る……?


あ、そっか。だから先に家政婦さんとこに立ち寄ったのかぁ。


ギルドを出た後、先輩「挨拶に行く」って下町に向かったんだよね。叔父サマん家の通いの家政婦さんのとこに行くって。


10人で戸口にたかるのは申し訳ないんで遠目にしてたから、詳しいやりとりはわからないんだけど。手土産を渡してるっぽかったのでそのためかと思ってた。あれ、万が一(留守)の場合の算段でもとりつけてたのかもね。通いの家政婦さんなら、カギも預かってそうだし。


しかしなぁ。急な外出はいつものことなんだとしても、一抹の不安が。



「ええと……もしかしてご迷惑だったのでは……?」



実は仕事ってのはデマカセで、大勢でおしかけられたことの嫌さに夜だってのにヤケになって出て行った、とかだと非常に気まずいんですが。大丈夫なんでしょうかね。日本人的にはそこいらへンとても気になりますです。



「気にするな。彼が妙な時間に出掛けるのは珍しいことではない。何か思いつくと居ても立ってもいられず夜半でも出て行く。護身具は身につけているので大丈夫だ」


「そ、そうなんですか」


「挨拶も出来ない叔父ですまないな。お前たちがいることに気づいてはいたろうが、何故ここに居るのかまでは考えなかったんだろう」


「へ……?」


「自分に関係があると判断しなかっただけだ。私の連れが彼の客でもあるとは限らないからな。泊まり客だとわかれば挨拶くらいはしたと思う。気に止めないだけで、あれでも人嫌いではないのだ」


「はあ……」



なるほどねぇ。挨拶は目下であるこちらからするもんだろうし、別に気にしないでほしいところです。よし。次は積極的に声かけして存在に気づいて頂こう。手土産のお菓子も渡したいし。



「えっと……それで、どうしましょう? まずは荷物を置きたいですよね?」


「うむ。部屋へ案内しよう」


「お願いします」


「客間は三階だ。裏手は川なので眺めはいい」


「川? あ、そういえば橋わたりましたね」



王都を遠目にした時は見えなかった川。いやに浅くて、雨でカサ増したら危ないんじゃ?って不思議がってたら、地下水を利用した人工の川なんだってさ。雨の時は地下水の放流を止めるんだって。


建物なんかの壁と同じ色彩の、まるっこい石が敷き詰めてあって、こちらもなんだかメルヘン。キレイな水のなかで育つっていう、細ながーい葉の緑がたくさん生えてた。水中で花を咲かせるらしい。バイカモみたいにかな? 開花時季じゃなくて見れないのが残念だ。



「先輩たちのお部屋は?」


「向かいだ。二階は叔父の部屋があるので、あまり近寄らないようにな」



そう言って、リーフェ先輩はメルトの頭をつついた。優しくツンツンと。メルトは大きく頷く。まかせろ!というように。


王都までの道のりで、メルトは先輩たちにすっかり慣れた。なかでもリーフェ先輩に対しては一目置いているようで、その言葉には神妙に耳を傾ける。


こんな幼子にまで通用する人柄の確かさって凄い。


そういえばレンハルトたちまで何かと先輩に相談してたな。うん。あれ? 主って誰でしたっけ?



「わっ……かわいいー!」



しかもひろーい!

ここ使っていいのかあ。うれしいなあ! すっごく素敵だ!


オフホワイトの壁紙と絨毯。白い家具。鮮やかなターコイズブルーの寝具やクッション。透け感のある白いカーテンはよく見たら銀糸の刺繍入り。


ホテルとかモデルルームみたいだよねー。こっちじゃ客間ってこんなもん? そんなわけないか。とくにいいお家だからだよね? てかもう、この部屋、来る途中に泊まったどのお宿より素敵じゃないか。


こういう生活感のない部屋に泊まるのもたまにはいいよねー。アスノイスの街の我が家も、日本の庶民だったわたしには十分「よそさま」っぽいんだけども。


それにしても、この部屋ひろいなぁ。ベッドが4つもある。優雅なティータイムが過ごせそうなテーブルセットもある。クローゼットはウォークイン。あ、わたし着替えはこの中ですればいいよね。


バストイレ付きじゃないけど、お宿だってそこは共同だもんね。こんなお部屋を使わせてもらえるとかラッキーすぎる。宿代(協力への謝礼として出すんだけど)はギルド持ちだし。



「先輩のお部屋も見せてくんないかなー……」


「随分と気に入ったようだな、主」



金色の眼をほそめてレンハルトがおかしそうに聞いてくる。


旅の荷物をほどいてアルトが整頓・配置してくれてる間、わたしとメルトは並んでベッドでごろごろ中。ほんとはアルトを手伝いたいんだけど、させてくんないのだ。せめて荷さばきが終わるまでここで待ってようとごろごろ。



「うん! なんか心配して損しちゃったー」


「心配?」


「んー……先輩がねぇ、なんか言ってたんだよね。なんだっけ。なんとなく思わせぶりだったんで」


「そうか。……リーフェルト師の言であれば、何かあっての事とは思うが、心配する必要はないだろう」


「ほほう(その心は?)」


「明らかに害になるのに放っておく人ではあるまい」


「ふむ」



それは同感。ただねー。ほのかに害になる何かは放置するかもしれないって思うんだよねー。そう大したこととは考えずに。


いま頭を悩ませてもしょうがないか。考えごともしないでいたら寝ちゃいそうだけども。アルトの作業でも見てよう。……ふむ。ひとつひとつの扱いが丁寧だなぁ。……穏やかな気もちになって……ねむく……ぐぅ。



「主、着替えする?」


「――ん……、え? ……あぁ、部屋着まで持ってきてくれてたんだ」



荷造り全般、アルト管轄でした。わたしが「持ってくもの」として用意したのって生理用品くらいだよ。衣類は下着に至るまで、化粧道具すらアルトがパックしてくれた。いいのか。女子力どこいった。



「んー……今はいいや。もう外出しないのかどうかわかんないし」


「あ、そうだね。先行ってていいよ、主」


「んーん。待ってるー」



できればアルトのお茶が飲みたい。もう用意しちゃってるかな? さっき先輩たちが部屋を出た音が聞こえたから、先に居間にいると思うんだよね。


間もなくアルトは荷物を適宜並べおえた。クローゼットやら引き出しやら鏡台やらにきちんと。乙女や、乙女がいる。「ワンピ以外はカバンのままでいいや」なわたしとは人種が違うな。あ、まじ人種ちがうんだった!


などとくだらねーことを考えてるとは知らないアルトくんたちと共に1階に向かいます。


テレスさんは少し部屋で休むとか言って残ってた。一匹ヤマネコだなぁ。まさか夜お外で寝るとか言い出さないよね?


まず居間に顔出し。リーフェ先輩たちがお茶中。誰が淹れたんだろ? 冷めてしまうからと、自分たちの分だけ淹れさせてもらったとかリーフェ先輩が言ってたけど、まさか先輩が淹れたん?


べつに尋ねるほどでもない謎だったので放置。場所を教えてもらって台所へ。アルトは「座っててもいいよ」って言ってくれたけど、一緒に行きたい。お台所も見たい。


うっふふー。はじめて来たお家の探索たのしーな♪


お台所はひろかった! シンプル! 使い込まれた、けれども清潔な木目の調理台。天板や流しは石造りで。木じゃくしとか木ベラとか、ふつうの調理器具なのにかわいく見えちゃうなー。


そんでもって、いい匂いがする。くんくん。なんかあるぞ。


ギルドに行く前にイカ焼き(の味がした)を買い食いしたけど、はっきり言おう、もうお腹へってる。


きょろきょろしてたら、書き置きに気づいた。


ふむふむ。



「なぁに、主?」


「うん。家政婦さんからの伝言だね。ごはん作ってあるって。温め方とか書いてある。あとは……むっ」


「ん?」


「オヤツあるって!」


「わあ。ありがたいねぇ。どれ?」


「パイが冷蔵棚に入ってるらしいよ。デザートとおやつにって」



冷蔵棚ってのは、ま、冷蔵庫のことだ。動力は魔石。魔法瓶的な感じで数時間~十数時間程度を目安に使われる。ずーっと冷やしておくには魔力(魔石)がたくさん必要で高くついちゃうね。


待ってて、と言い置いて、わたしはなる早で居間に戻った。ばたばたするなと言いたそうなリーフェ先輩に先制で質問。



「オヤツ食べていいですか?」


「……まだ入るのか」


「入っちゃいます♪」


「好きにしろ」



よっしゃあ!


許可をもらったので再び台所へ。ラザレイム叔父サマに聞くべきなのかもしれないが、お仕事行っちゃったしね。甥っ子の先輩を代理にしてもいいでしょ。


食べていいってさー、と告げると、アルトが冷蔵棚からパイを出してくれた。大きい! ひと抱えもありそうな巨大パイ。夢に出てきそう。みんなして「うわあ」って歓声をあげた。


しかも大きいだけじゃないんだぜ。こんがりとやけたパイ皮はつやっつや。いい匂い。パリパリさくさくって音が聞こえてきそう。中身なんだろー?


こっちのパイって日本で食べたのより美味しいんだよねぇ。


でも考えてみたら、わたしは日本じゃそもそもあんまりパイ菓子ってものに興味なくて、美味しいのをさがしもとめたことがなかった。アップルパイですら滅多に食べなかった。他のケーキ食べてた。


美味しいお菓子が山ほどある国に住んどいてもったいないことしたなぁ。


こっちじゃ普段食べられるケーキってパイがほとんど。あとタルトがたまに。


バターは牛乳じゃなく乳の実とでも言うべきな植物の実の汁からできてて。当然ミルクも果実汁。もしかしてもしかする少しはローカロリーかもしんないという希望的観測。


あ、甘味はメープルシロップ的に樹液が原料です。



「大きいねえ」


「食べ出がありそうだな」



レンハルトまで感心してる。アルトが興味津々なのはわかる。



「すごいなぁ。こんな立派なの、作ってみたいな」


「オーブンでっかいのかな? うん、大きい。気がする」


「そうだね。あ、で、でもおれ、うちのも十分だと思うよ、主」


「だよねー。ふつうの家庭料理には困らないよねー。ここは客間がいくつもあるようなお家だから、パーティなんかしちゃうの前提なのかもね」



アスノイスの街でお借りしてるあのお家でも、先輩たちやご近所さんを招くことはできてるけど、正式な晩餐みたいなのはムリだろうな。テーブル席が足りないわ。



「パーティかぁ……」



アルトの声が何だか暗い。そういえば彼の前主である守銭奴はパーティとかしてたんだっけ? アルトはその手伝いで手の込んだ料理とか盛りつけとか学んだって。よくもそんな賢いコを役立たず呼ばわりしたもんだよね、あのひと。



「家政婦さんが今度お料理つくりにきたら、見学だけでもさせてもらえないか聞いてみよっか?」


「えっ、いいの!?」


「いいよー。さらっと聞いてみるだけになるけど……」


「うん。おれもその方がいいと思う」



アルトはよくわかってる。頼み込んであげるねと言い切れないのが申し訳ないとこだな。


お台所って女性のお城的なとこがあるし。忙しいのに気が散って嫌ってこともあるだろうし。……もしかしてもしかしたら、獣族が好きじゃないってひとかもしれないし。



「二人は気が早いな」



およ。めずらしい。テオドールからツッコミが入ったよ。



「そう?」


「まだ喰ってもいない」


「……そういえばそうだね!」



アルトと顔を見合わせて笑ってしまった。いや、この出来映えと香りでまずいわけないと思いこんでたよ。実際に食べてみたら風味が苦手とかよくある話なのにねー。


パイのでかさにのまれたか……夢のような巨大パイだもんなー。


てか、戦闘からまなきゃまともだよね、テオドール。普段がしっかり者なだけに一層惜しまれるよ……。



ひさしぶりにアルトが淹れてくれたお茶はとても美味しく。もう夕方だからとうすーく切ってもらったパイも、見た目通りの香ばしくてしっとりしてて程よい甘みで美味しかったです。ふはっ。ほんとにまじうまいなこれ。


うう、この中のジャム?みたいなのだけでも、作り方おしえてくんないかなー。アスノイスに帰ってからも、アルトに作ってもらえたらなー。


あ、うん。自分で作れる気はまったくしないよ!



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