39.矛盾多き現実なり
夕食時になっても、ラザレイム叔父サマは帰ってこなかった。出掛けたの既に夕方だったしね。これがよくあることってのが何とも。
その昔リーフェ先輩が王都の学び舎に通ってた頃、こちらのお宅に下宿してたそうで。けっこう仲よしみたい。ラズ叔父さんどころか、ラズって呼び捨てにもしてた。欧米か。
まぁ叔父サマお若いもんなぁ。リーフェ先輩と年頃変わらなさそう。同学年じゃないにしろ、同時期に同じ学校に通ってたりしてたのかなってくらい。
学生時代のリーフェ先輩かぁ。紅顔の美少年ってやつだね、きっと。見てみたかったなぁ。モテモテだったんじゃないの? それとも正論ブンブン振り回して煙たがられて遠巻きにされてたか。大穴で、今とは全然ちがう大人しい子だったとかもアリかな。
ライさん……バヌキアの街で会った金髪クマ騎士さんにもっと話を聞いとけばよかった。先輩のお友だちなんだよね。個人的にお話するチャンスはあんまなかったけども。
「先輩。裏庭の水場って、お借りしても……?」
「洗濯か? 通い者がするので籠に出しておけばよい」
「んー……洗いものといえば洗いものなんですが……」
もにょもにょっと言ったら、理解したリーフェ先輩は苦い顔。
「獣僕どもの風呂か。明日の朝にしろ」
「ん。朝でいいんですか?」
「どうせなら堂々としていた方がよい。……しかし今日のところは旅の埃もあるしな……風呂場を使って構わん」
「ありがとうございます!」
お礼を言っても、リーフェ先輩は溜め息を吐くばかり。
「甘すぎる……」
やれやれと首をふる仕草はジジむさいですよ、先輩。薄暗い廊下を遠ざかっていく背中はいつものよーにまっすぐ伸ばされてて凛々しかったですが、どこか哀愁が漂っていなくもないよーな気がしたのはきっとランプの灯りのせいよね。うん。
うん、そうだ、灯りのせい……。
――って灯りなんてつけてないよ!?
ぱっと目を開ければ真夜中なのにちらちらと青白い光が浮かんでいる。
ベッドで仰向けに寝てるわたしの真上に。
部屋の灯りは壁につけられてた。真上じゃなかった。枕元の小さなテーブルに置かれたランプなら横からの光になるし。それにどちらももっと温かな色味の灯りで、こんなもの寂しい青白い光じゃなかったし。
窓から射し込んだ光だと思いたいところだが。浮かんでるのだ。投射された光じゃない。しかもその儚げな光にまぎれて人影らしきものが……あああ……。
いくら冷静に思考したところで非現実的な現実はかわらないよね。
わかりましたよ亡霊ですよね!
おおおおばけぇええええええええええ!
こういうのやめてほしい。
わたし向きじゃない。
オカルトは話のネタとしか思ってなかったんだよ。
家族にも友人にも「見える」ってひとがいなかったのもあって、率直に言って信じてないんだよね。そういうの。一番身近でも高校時代のあんまり交流のない先輩くらいだったし。
すべてウソだとは思わないんだけど。
精神状態に問題があって本当に「見てる」場合もあるだろう。(そういうひとにとっては妄想が現実だ)
そういう特殊な話をのぞけば、ほとんどは枯れ尾花だと思ってる。勘違いや錯覚や偶然で、聞いたことのあるオカルト話と似た経験をして、素直にも信じちゃったっていう。調子にのって話を盛っちゃうひともいそうだが。
そういえば、親しいひとを亡くした後とか「今いたような気がした」ってのあるよね。幽霊話としてじゃなくて。ふっとほんとにいたような気がしちゃうの。
おばあちゃんが亡くなった時とかそうだった。一緒にテレビ見てる気がしたもんなー。思わずおばあちゃんの好きなゴマせんべいとポテチ(のり塩)買いに行ったよ。いつも座ってた席に置いてみたりして……。
ああいう脳の勘違いってすごいリアルだからなぁ。
もちろん、わたしだって夜中にお墓に行くとか嫌だし。なんか出そうって普通に思うし。暗いとこでおどかされたらぎゃーってなる。科学的じゃないからって全面否定できるほど自信があるわけじゃない。
とかいう元の世界のことはさておいて。
こっちじゃ本当の本当に出るんだよね――亡霊が。
あの、あの、わたし枯れ尾花で結構ですよ!
てか枯れ尾花なんて考えてたからホンモノと遭遇しちゃう罰!?
いやいやいや関係ないよね? これ罰とかじゃないよね?
「……どーしよ?」
あ、なんだ。声出るわ。しゃべれるんじゃない。
――うぬっ!?
う、動けな――ああぁレンハルトとメルトがしがみついてるからか……まさかの金縛りかと思った。もう。重いっての。このオバケがホンモノじゃなかったら身動き取れないせいで悪夢見たって思うとこだよ。
……ホンモノだよね?
じいっと観察。すぐに「亡霊だ」って思ったのは現れてるとこが眼前の空中だからってのもあるけど。なんかぞわぞわするんだよね。悪寒。これで目が覚めたんだ。
それにしても、焦点あわせにくいなー。ふよふよすんじゃないよー。
ってうわわわわわわっ! 寄ってこなくていーです!
あっ! てかオマエ男だろう! あっち行け! 乙女の寝所に踏み込むな!
「お?」
消えた……。あっち行けって思ったからかなぁ?
ふぅ。
やれやれ、疲れたな。悪寒の名残りがある。亡霊が出ると寒気がするとか本に書いてあったなー。心なしか部屋の気温もさがってるみたいだ。みんな風邪ひかないかな? 大丈夫か。毛皮あるんだし。
「まったく……」
ふうんっと鼻息もらしてから、もそもそっと体勢をなおす。なんかこわばってる。亡霊のせいだな。ひとさわがせな。しがみついてるメルトを仰向けにして、と。レンさんを引き剥がすのは大変なので放置。
ま、このふたりが一緒に寝てたから、悲鳴もあげずに済んだんだよね。ぎゅうぎゅうにひっつかれてたおかげで亡霊も怖くなかった。
「……主?」
「ん、オバケ出た。もうどっか行った。おやすみ」
「ん……」
うっすら目を覚ましたレンハルトを寝かしつけ、わたしも目を閉じた。もふもふぬくぬく。ふたたび眠りにつくのに苦労はなかった。
翌日、着替えしてて思い出した。
――ちょっ、昨夜オバケ出た……!
みんなに「聞いて!」ってしたかったけどガマンする。だってメルトがいるしね。怖がらせちゃまずい。
ああでも誰かに言いたいっ! オカルト体験すると無性に話したくなる気もちわかっちゃったなぁ。突拍子ないもんね。こんなヘンなこと起きたんだよって言いたくなるわ、これは。アタマだいじょぶ?って心配されずに済むのなら。
あ、そーだ。これはリーフェ先輩に聞くべきだよね?
一番尋ねてみたいのはこのお家の持ち主であるラザレイム叔父サマだけど、言っていいのか一番迷う相手でもある。大体ご在宅かどうか。昨夜寝る時間になっても帰ってこなかったし。
「あの、先輩、ちょっと……」
「何だ?」
食堂で顔をあわせたリーフェ先輩を隅っこに呼んだ。元の世界だったら、彼みたいなひとにはまず振らない話題だけど、こっちじゃこれが現実的な話だ。
「昨夜! 出たんですけど、亡霊っ!」
「あぁ、気づいたのか。だからこちらに来たんだな……」
「ちょ! 先輩!」
わかってたんすか!? それにあれ消えた後は先輩の部屋へ行ってたってこと?
「うむ。あれが出るのは真夜中でな。どうせ眠っている時間だろうと」
「目が覚めちゃいましたよ。これでもけっこう繊細なんですから」
「…………」
「黙って驚かないでください、ほんとっぽいから」
「心底驚いたぞ」
「何ですかそれ。いくら先輩だからってシツレーですよ。どこに驚いてんですか」
「む。すまなかったな。害はなかろうと思ったのだ」
くっ……! やっぱそんなことか。読めてたのにまんまと嵌められるとか!
「現れるのはどこの部屋と決まったわけでもなく、見えなければおらぬも同然だ。もしお前に見えたとしても、あれのすることと言えば薄ぼんやりと光って漂うくらい。声も聞こえぬのに、眠っていてよく気がついたものだな」
「そういえばそうですね……ってだから繊細なんですってばー」
「それを主張するのには何か意味があるのか? 笑えばいいのか?」
「そういう質問は酷です。お笑い潰しです」
「個性的な言い分だな。それはともかく、アルトはまだか? 我々の分も茶を淹れて貰いたいのだが……」
ぬ。オバケの話より、お茶ですか。たしかにアルトのお茶は美味しいですけどもー。
「もう台所に行ってます。じき朝食の用意をしてくれますよ。そうじゃなくて、先輩、あのオバケっ……」
「む? 追い払えたのであろう?」
「って言っても……! もう出ないですか? また出たらヤですよ!」
「どうだろうな。見える者のところには度々現れることもある。何か伝えたい様子でな。私のところにはよく来ていた。以前こちらに世話になっていた頃の事だが」
「え? 先輩が追い払えなかったんですか?」
「いや。何が言いたいのか気になって追い払わずにいたのだ」
「お……追い払いましょーよ……!」
「あれはもう消えかかっている。曽祖父の代にはまだ呻き声も出せたそうなのだが、今となっては光虫の元でしかない」
湿地帯で見られる光虫。たくさん漂ってるところは幻想的な光景らしい。でもあれ元はといえば亡霊なんだよね! 湿地帯と化した古戦場跡なんかで見られるらしいよ!
湿地……人工とはいえ川に近いのがいけないのか? せっかくの眺めなのに! つかどうせなら川面に出ればいいのに……さぞかしキレイでしょうよ。
「夜中に目が覚めるとか、睡眠が妨害されます……」
「ふむ、そうか。……もしや聞き取れるかもと思ったのだがな」
「せんぱい?」
「いや、悪かった。お前の魔力ならば或いはと。しかし考えてみれば、亡霊との相性は魔力とは余り関係がないのであったなぁ」
実験台にされた上にそもそも根拠がないとかーーー!
リーフェ先輩のくせに適当すぎ! いつもの生真面目さは!?
ぬぅぉおおおおおおおお!!
デシッ。
ぶつけどころのない感情を発散させるため、壁に頭をぶつけてみた。ケガするほどじゃなく。……額が痛い。漆喰っぽい壁はひんやりしてた。
「す、すまなかったな?」
「素敵なお部屋だって喜んでたのにオバケつきとか……っ」
「そう恨めしげな目で睨むな」
う~ら~め~し~や~!
じゃねーよ! 武闘大会も控えてるってのになにこの精神攻撃!
「わかったわかった。亡霊避けの香を調合してやろう」
「そんなもんがあるなら最初っから下さいよ!」
何ですか、旅で距離が縮まったからって、扱いがひどくないですか。
親しき仲にも礼儀ありですからね!?
「なんだか面白そうな話してるね、主」
「テレス……重い」
頭にあご乗せるのヤメテよね。くっ。す、すりすりしてくれても、ゆ、ゆるさないんだからねっ。頭のてっぺんじゃもふり感がうすいしっ。ぶつけた額なでてくれても……ぬ、ぬう……。
「亡霊って昨夜の? 避けなくてもいいじゃない、あのくらい」
「え……気づいてたの?」
一匹ヤマネコなテレスさんですが、ここでは同室です。夜出て行くこともなく。ベッド4台あるしね。わたしとメルトとレンハルトが1台、あと3つをテレス、アルト、テオドールが使ってる。アルトがさみしそうにしてたけど……ひとん家の客間でベッド動かすとかはさすがになぁ。
「うん」
「声かけてくれればいいのにー」
「ごめん、もしかして怖かった? どうしようって言いつつ、起きる気配もなかったから……、このまま無視して寝るつもりなんだって思ってさ」
そうか。こっちじゃ亡霊はホントに出るけど、よっぽどイキがよくない限り、何もできないんだもんな。イキがいいってのも死にたてならそうってわけじゃないし。
だからテレスも「金縛りで動けなくて困ってるかも」なんて発想をしない。この分だと大して怖いものとも思ってなさそうだな。
そもそも亡霊になる条件っていうのが、未練とか恨みとかっていうより、場所柄みたいなんだよね。死者の霊魂(あるんだって)を引き止める場所。でも同じ場所だからって延々と亡霊が生み出されるわけじゃなくて。
他にわかってるのは湿っぽいとこだとかね。戦場で多く見られるのも、大地が血で湿ってるからじゃないかとか怖い仮説が。
「無視……で済ませたいけど、目が覚めちゃうからなぁ」
「ん、そうか。なら、ボクが追っ払っといてあげる」
「うん、おねが――え?」
「あれぐらいなら追い払えるよ。主だってしたでしょ。でもただ追っ払うのはかわいそうかな。お茶が飲みたいって言ってたし。あとでお供えでもしとく」
さらりと言ってますが、テレスさん。あのひとの声聞こえるの?
あ、ほら。リーフェ先輩もびっくりしてる。
「茶が飲みたかったのか……酒ならば供えてみたことがあるのだが」
「あぁ、あの面構えだと、お酒にしたくなるよねえ」
つらがまえ!? あのうすぼんやりとした透明な人影から顔立ちまで!?
うわぁあ……。すごいなテレスさん。
「きっとアルトが淹れてあげたら満足するでしょ。上手だし、気もちがこもってるし」
「そうか。よかったな、アサヒナ」
ええ、まあ。今夜は起こされずに済みそうです。
でも「よかったな」ってリーフェ先輩に言われるのはなんか違う気が。わたしが言うセリフじゃないですかね。長年気にしてきたんですよね? その亡霊さんのこと。
わたしはどうも「何だったんだ……」という気分ですよ。
心霊現象スピード解決。
幽霊とか妖怪とか退治しちゃうような伝奇もの?なんかもけっこう好きだったので、なんだか肩透かしを食らった気分。もっと盛り上がれ!は不謹慎にしても……。
まぁ、リアルだとこんなもん、ってこと?
それにしても地味じゃないかな。食堂での立ち話で終わるなんて。
朝食後。わたしは同席できなかったんだけど。
テレスから話を聞いたアルトがお茶セット一式もってお部屋に行って。テーブルセットの一席に亡霊さんが座ってると見立ててお茶を淹れてあげて。そうしたら、その席がふんわりと白く光って。
山賊みたいなオッサンが満足そうにお茶をすすって消えてったそうな。
何者だったんだろうね?
テレスの話によれば、亡霊は自分が亡霊なのもわかってなくて、記憶も中途半端で思考力も弱くて、生前の身の上話を聞きだせるような状態じゃないらしい。とくに死んだ時のことをおぼえてる亡霊にはあまり会ったことないって。(てかそんなに大勢オバケに会ったことあるの?)
たしかにわたしが読んだ本にも、魂そのものが残ってると考えるのは無理があるって書いてあったっけ。何らかの要件により記憶の一部が残ってるだけじゃないかって。
こっちの世界のオバケはそういうものなんだろう。
だとしても悪寒は感じるし、うすら怖い。
もう二度と会いたくないなぁ。
そんで、ええと、わたしがそれに立ち会えなかったわけですが。
怖かったから獣僕さん任せにしたってじゃなくてね?
さっそく王都観光にお出掛けに!
なんてのんきにしてられたらよかったんですけどねー。まーそれこそありえないですよねー。アルトたちを連れてかないわけないですしねー。
そこまでノーテンキになれる状況ではなかったのですよ!
3日後には武闘大会です。そのあと舞踏会もあります。
恐ろしいことにあれだけしごかれたダンスのカンが鈍りまくっててお話にならない体たらく……!
チー力よ! うなれ! なぜぴくりとも反応しないのだ!? ダンスシューズを履けばいいのか? ドレスを着ればいいのか? ああそうだドレスとヒール(こっちにもある)を身につけて踊れないと意味ないんだった……!
と、とにかく。
ここでも猛練習するしかありませんでした。
ダンスは叔父サマ宅の居間を借りて。
戦闘訓練は裏手のお庭を借りて。
……レンさんと戦闘狂は教官としてけっこう厳しかった。
手を抜けばケガをするのは主だ、とか言ってさー。その通りっすねー。
みっちりしごかれてぜーはー地面につっぷしてるとこに何故かラザレイム叔父サマがふらふらとやってきて。わたしに挨拶していった。何で今なんですか。脳が働きません。
「どうも……」ってぶっきらぼうになっちゃったよ!
とはいえ、叔父サマ、手を差し出してくれまして。
てっきり引っ張りあげてくれるのかと思ったら、それ握手でした。何でだよ!
硬くはないけど荒れた手をしておられました。何でだろう?
自分からきちんと挨拶をする、っていうわたしの野望はあえなく散ったのです。何でもなにもなく。
……もういいや。
とりあえず客として認識されたようだしな。ははは。
などとぬるく考えてたら、この後一向に叔父サマの姿を目にすることなく王都滞在期間は過ぎ去り、次にお会いするのは帰る日だったという。お世話になりますの挨拶用に持ってきた手土産は渡せたものの、それ最終日にって。
あの時もうちょっとお喋りしておくべきだったと後悔することになるのでした。
まぁ、それも小さなこと。
この王都の滞在中、いったい何度、どれだけ後悔する破目になったことかと思えば……。
……あ、鬱フラグじゃないからねっ!
チートにはフラグがつきものだから。せっせと折らないとね。ぺきぺきと。




