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36.リードはしっかり持ちましょう



そういえば、とテオドールのご機嫌な様子に思い出す。


以前ギルドで依頼を選んでたとき。たまにはテオドールの意見も聞くべきかと、どれがいいと思うって尋ねたら。


……彼が選んだのは一番厄介そうな大型魔物の討伐依頼だった……。


ゲームじゃないんでヤメテクダサイ。しかもそれ倒しに行くの、数日間の遠出が必要じゃないですか。家は空けたくないって言ってるのに。


いくら真っ黒なつぶらなオメメをキラキラさせて見つめられても、うんとは言えませんでした。キラキラじゃなくてギラギラしてたし、ってのは記憶の片隅に押し込んで見なかったことにしたんですが。


今日もまた、それだけ度アップで見たら可愛いかもしんないテオドールさんの真っ黒おめめが、期待に満ちてキラキラと輝いております。


嗚呼、なんという。神様の悪戯ですか。


たまたま一夜のお宿をお借りした農村の近くで大型魔物がうろついているなんて。






ギルドで用意してくれた「獣僕も泊めてくれるお宿リスト」に載ってる農村の村長さんのお宅を出て、翌朝さっそく向かいましたともさ。ご近所の大型魔物退治。一宿一飯の恩もあるし、ギルド員として武闘大会に向かってますって公言してる以上、スルーできないもんね。


あぁ、べつに自慢したわけじゃなく。旅の理由も話さずに個人宅に泊めてもらうわけにもいかないでしょ。びっくりされたけどね。にぎやかしのための参加なんですーとか何とか言っといたよ。


で、こういう成り行きになってみると、つくづく思う。情けはひとのためならず。日頃の心がけのよさは自らをたすくってわけだ。


普段から獣僕連れの魔術師を泊めてあげてるからこそ、このタイミングでわたしたちが宿を借りにきた。でなきゃ立ち寄りもせずに通りすぎてたかもだ。


倒すまでねばるってことはできません、とは前置きしたけどね。この旅の目的を考えるとさすがに。すでにギルドに依頼は出してるって話だったし。


しかし結局その魔物が見つからんかった場合、先を急ぐから適当に流したと疑われても困るなーと思ったので、地元の方の案内を頼んでみたりした。すると、農夫さんたちの中でもコワモテそうな、猟師もやってるっていうオッチャンが名乗り出てくれました。


オッチャンと言っても、たぶん年齢そう変わらないんじゃないかな? 30才くらい? ヒゲ面(こっちのひとには多い)で貫禄あるけど、「父ちゃんがんばってー」ってまとわりついてたお子さんはまだ小さかったし。


その案内役ダルオーリトさんの先導で近くの森に到着!


街道沿いの農村近くだってのに、随分と鬱蒼としていた。人里近いんだし、もうちょっと伐採とかされててもよさそうなものなのにな。


と思うのは元日本人の感性?


魔術師の感性は「うわー、こりゃないわー」と震えていた。むしろこの森の近くによく農地なんか作ったものだと。キモチ悪い波動? 気配? なんかそんなもので満ち満ちていた。うわあ……。



「大丈夫か、主」



たぶんものすごい不機嫌面をしてたと思う。レンハルトが三角お耳をかすかにへたらせてうかがってきた。ううう。笑顔を返したいけど、できん。むかむかする。



「なんかいる」


「そのようだな」


「俺が行ってこよう、主。暫く待っていてくれ」



へっ?


予想外の提案にびっくりして声の主を、テオドールを見る暇もなく、黒い大きな影が森の奥に突進していった。


えっ、ちょ、待てオイ! おいぃいいぃいいい!



「レ――レンハルト!」


「承知」



ひゅっと、今度は白い影が後を追う。黒に、白って、画になりすぎなんですけどキミら。


じゃなくて!


ちょっとぉおおお! いくらわたしがいやそうだからって、ひとりで倒しに行くとかどうなのよ! 獣僕ひとりに魔物退治おしつけたってどんなあくどい主なのよ! ありえないでしょーーーーー!!



「……ラウ」


「わかった」



リーフェ先輩の低い声にうなずいて、黒オオカミなラウさんも駆け出していく。うおう。すみませんすみません。よそさまにまで無茶につきあわせてすみません!!



「アサヒナ……」


「すみませんすみませんすみません!」


「情けない。それでも貴様、独り立ちの魔術師か」


「ご、ごめんなさい……」


「獣僕どもを甘やかし過ぎるから、このような事態になるのだぞ」



返す言葉もございません。


わたしが甘いから、彼らもわたしを甘やかして、こんな無茶な真似をしでかす。そういうことですよね。


案内役のダルオーリトさんは「え?え?ええ?」って困惑しきり。猟師さんだけあって狼狽してないのは有難い。うちの獣僕さんが暴走してすみません。



「此奴の獣僕が先走りおった。今から後を追う、が……」


「追いつけますかね。森のなかとは思えない速さだった。話には聞いてましたが、獣族の駿足は凄まじいもんですな」



ダルオーリトさんは首をふりふり、枝葉をかきわけながら歩き出した。先に行った3人を追って。もちろん既に影も形も見えませんので、おおよその方角を目指すしかなく。



「うちの村には先代のあとを継いだばかりの魔術師ひとりしかいなくて……」



魔術師なら誰でも全員獣僕を従えてるってわけじゃないんだよね。獣族の数も減ってる。従えるにはそれなりの魔力量も腕前も必要。そもそも魔術師自体、なるのに「魔力を扱える」っていう才能が要る上に、さらに要件が重なるわけで。



「まだ十四だと」


「お会いになられましたか」


「昨晩、少し」



あまり無い機会だからと、泊めてくれた村長さんが夕食の席にわざわざ彼女を招いていた。あの娘がこれからこの村の結界を護っていくんだよねぇ。先代っていうこの村の魔術師さんは少し前に天寿をまっとうされたらしい。


農地を開拓して村をつくる際には必ず領主さん派遣の魔術師が出向いて結界を張る。それを維持できればいいわけだから、その土地に住む魔術師がいなくても何とかなる。


でも、街道の結界ほどヤワじゃないにしても、村だの町だの全体を包む結界なんてもんは、やっぱりそれほどの強度じゃないんだよね。そんなデカさでガッチガチの結界なんて張れるわけないので。


そんなんでも一時しのぎにはなる。捕食者である魔物も「めんどくさい」って思うんだろう。ニンゲン相手だと捕食するつもりが返り討ちにあったりもするし。だからわざわざ人里までくることはそうは無い。


たまにはある。なんだか大量発生した魔物に村や町が襲撃されたって記録もあるようなんだけども……。ううう。こわすぎ。


なんてことを考えてゾワゾワっとしたところを狙いすましたかのように大地を震わせるような咆哮が轟いた。


――ギャッ!


びっくりしてホントにその場で飛び跳ねてしまった。



「な、な、な……」


「遭遇したようだな」



リーフェ先輩は素早く反応して身構えている。決してわたしのように飛び上がったりせず。うう。同じ魔術師なのにこの差は。天と地の差ですねハイ。まったくもってお恥かしい。



「走れるか?」



魔物討伐なので、メルトはもちろん、アルトやテレスも村で留守番。無いとは思うが万が一を考えて、ヤマネコなフリィくんとワンコなカイトさんも居残り組に。(緊急連絡用の魔道具は皆に持たせてるので、その時は引き返すつもりで)


ついてきてくれてたテオドール、レンハルトがいない今、わたし自身の足で現場に向かうしかない。



「がんばります!」


「よし」



木々が鬱蒼としてる分、日光の届かない下草部分は控え目だけども、そういうじめっとした場所に適応した植物はわささっと生えている。藪もある。ギルドで依頼の仕事をしてるうちに慣れたとはいえ、こんなところを自力で走るのはほとんど初めてだ。転ばないよう、足下に神経を集中して走る。


この森に満ちる気配が不快で、さっきから気が立ってる。おかげで枝やらが顔にあたってもイラッとするだけでへこたれずに済んでいる。攻撃的な気分も役に立つものだ。


先頭は猟師でもあるダルオーリトさん。この森は、やはり魔物が多いんで、滅多に踏み込まないそうだが。


リーフェ先輩が彼に簡易的な防護の魔法をかけた。これだけすんごい咆哮が響きわたっているのだ、逃走中のほかの魔物や獣に出食わすかもしれない。恐慌状態のそれらに出会い頭に襲われる危険性もあったから。



「そろそろ近い。気をつけてください」



うん……。なんかスゲー声してるし、暴れまくってる振動がすごい。お腹に響く。魔物がやられてんだよね、これ。3人は大丈夫なんだよね。


ああ、しかもキモチ悪いくらいの波動の原因、この魔物っぽい……。


なんなの。どういう魔物なの。


あああ……対峙したくねーなーぁあああ……。



「ダルオーリト殿。申し訳ないが、疾くこの場を離れて頂きたい」



リーフェ先輩の要請に、案内役のダルオーリトさん、一瞬かたまってた。逃げろってことだもんな。腕に覚えのありそうなひとっぽいし、侮辱されたと思ってもしょうがない。


しかしそこは心得てる人だからこその判断で、すぐに黙って一礼し、踵を返した。


残ったわたしたちは逃げるわけにはいかないのよねー。



「アサヒナ、行くぞ」


「はい!」



と、わたしたちが行く前に、向こうから姿を現してくれやがりました。


――ジュ○シック○ーク!!


森の木々をなぎ倒して巨大な頭が突っ込んできた。頭っていうか、顎が。本能的に危機感を抱かせるキザキザの牙がずらりと並んだ顎がカパッと。


正体は何だかわからんが、とにかく攻撃したくなる。


魔術発動。健康そうなピンク色の口のなか目掛けて大量の氷の塊をぶち込んだ。なるべくギザギザのやつ。つららの塊みたいなやつを。


結界で動きを封じたいとこ。でも全体が見えないと。みんながどこにいるかもわからないし、一緒に閉じ込めちゃったら目もあてられない。


氷塊はヤツの口のなかを傷つけはしたものの、すぐに噛み砕かれてしまった。おお。やっぱり恐竜っぽい。ティラノサウルスっぽい。やばいやばいやばいやばいやばい。


隣でリーフェ先輩が呪文を唱えた。


すると、巨大魔物の口のまわりに、焦げつくような魔力の帯が出現。黒い鎖のようなそれがヤツの顎をギチッと締め上げた。


なるほど! これならもう咬めない。


でも嫌そうにブンブンと頭を振り回す、その動きだけでも十二分に危なくて。わたしたちが慌てて移動しようとするところへ影ふたつ。横抱きにかっさらってくれました。ひとまず安全な距離まで。



「怪我はないか、主」



レンさん、ありがとーーー! てかキミこそケガは!?


もうひとつの影はラウさんで、リーフェ先輩と互いの無事を確認してた。あとは……と視線をめぐらせれば、巨大魔物と、それにとっついた黒い人影。


テオドール!! ちょっと!! なにやってんだ!!!


恐竜っぽい頭をもった巨大な魔物の鼻先から頭のてっぺんまでトゲトゲがずらり。そのうちの一本につかまってへし折ってやがる……ちょおおおおお!!


案の定、魔物が頭ブンまわして、ふっとばさ――ああ、先に自分から跳んだのか。近くの梢に退避して、そっからまた跳ぶ。今度は魔物の背中へ。


昆虫っぽい外殻に覆われた巨体。つるりとして足場悪そうなんだけど。とか思ってたら、テオドール、着地するとき思いっきり足をめり込ませてた。ぶしゃっと噴き出す黄土色体液。うげぇ……。


オイ。グロいじゃないか。やめたまえ。うえっぷ……。


どうしてあの御仁はああいう、へし折るとか、ぶちやぶるとか、ひっぺがすとか、そういう戦い方が好きなんですか。そもそも肉弾戦する相手じゃないでしょ、あんな小山みたいなの。


わたしら魔術師が着いたんだから、さっさと場を譲ってですね、ってオイ! 足で壊した外殻に手をつっこんで開け――いやぁあああああ! どうしてあのひとあんなに嬉々として素手で解体しようとするんですよ! 生きたまま敵をバラバラにしようとすんな!


ラトアナさん! どうしてあんなにアレなの! 教えてくださいぃぃいい……!


うううっ……ぅん?


上品なおばあちゃまが「てへ」って感じに笑って片目をつむって見せる姿が浮かんだ気がするんですけど、これって何の天啓……?



「このままやらせておくのか?」


「止めても構わないが。別段、根にもつ男ではないしな」



リーフェ先輩の問いかけに、レンハルトが答えている。


そう、テオドールは止められても気にしない。目の前の戦いに夢中になるだけ。拘泥はない。勝負の邪魔をされても、邪魔とも思わないみたいなんだよね。淡々としてる。執着が無い。


淡々と、でもたのしそーに、解体してくのだ……。



「まさかあんなのまでやっつけちゃうなんて」



どうしよう。テオドールったら、大暴れする魔物の背中で、時々べしべしくる尻尾攻撃をひょいひょいと軽々しく避けながら、外殻をひっぺがし続けてるよ。魔物の黄土色の体液まみれで。


止めるったって……どうやって?


レンさんまで黄土色のどろどろまみれになったら、わたし気絶するかも。や、しないか。しないけど。どろどろまみれにはなってほしくないなぁ……。洗えば落ちるって言ってもさあ。ううぅ。



「触りたくないぃぃぃ……」


「何を腑抜けたことを」



リーフェ先輩が呆れておられます。わたしは役に立たないと見たのか、さっさと魔術を展開。んん? 何の魔法かな?



『テオドール、一旦退け。其奴がこちらに気を向けぬよう、囮になれ』



お。遠隔通話の魔法か。


巨大魔物の背でべきべきやってたテオドールがすっと周囲に視線をめぐらせる。そのほんの数瞬で、けっこう揺れまくってる上だってのに、ちゃんとこちらの位置を把握したようだ。


魔物の背中にドスンと最後の一撃を食らわせて飛び降りた。


こっちから攻撃しやすいようにだろう、ほぼ直角の方向へ。彼を追えば、魔物はこちらに横っ腹を見せることになる。


そこそこ知恵のある魔物だけど、さすがに生きながらに解体されかかった相手だ、反射的に追尾せずにはいられなかったようで。


無防備とも言える脇腹めがけて、わたしとリーフェ先輩、二人がかりの特大砲の連撃。


硬そうな外殻を破るため、わたしが衝撃波を叩き込み。その直後にリーフェ先輩がおっきな熱の塊を。じゅわあぁあああって溶けました。半分くらいまで。


口を封じられてた魔物は咆哮することもできず。

ただひたすら暴れて、のたうちまわって死んでいった。


……うん、まあ。たとえニンゲンを食べちゃう魔物でも、無残な死に際は見てたのしいもんじゃないね。






巨大魔物が完全に息絶えた頃。テオドールがのっそりとやってきて。



「テオドール!! ばか!!」



思わず怒鳴りつけたよ。けど、おバカの戦闘狂(テオドール)はお耳をぴこぴこっとさせるくらいで、怒られる意味もわかってない風情。



「こ、こ、この……」



テレスを嗜めるくらい、しっかり者のくせに。何でなのよ。



「死んじゃったらどうすんだよこのばかああああああ!!」



あんまりな成り行き(巨大魔物と戦闘)と有り様(黄土色どろどろまみれ)に、ギリギリまで張りつめてた神経が、一応の無事を見てプッツリ切れてしまった。


もう、ばかみたいに、子どもみたいにわんわん泣き出してしまいました。


うぇええんじゃねーんだよ、わたし。ばかばかばか。こんなときに。ビシッと叱りつけて二度とさせないようにしなきゃいけないのに。


主だろ!


このアホたれ戦闘狂の命の手綱を握ってるのがわたしなのに。



――でも泣きたいぃぃぃいいい!



どうしようもなく。泣ける。自分の情けなさっぷりも含めて。



「テオドール」


「……何だ」



レンハルトがテオドールになんか言ってる。待って。わたしが注意しなきゃ。



「二度と主を泣かせるな。もしまたこのようなことがあれば……」



待て。


待てまてまてまて、レンさん待って!



むぎょ。



もがもがもが。



ええ、お察しの通り。もふもふに阻まれました。レンハルトのふっかふかの胸元に押し込まれまして。もふもふキモチイイ……怒りも悲しみも吹き飛びそうです。いささか不謹慎すぎやしませんか。


ヤメテよねレンさん。シリアスな場面なのに。ってわたしの頭が下世話なんですねスミマセン。だって癒し効果がありすぎて。すでに涙は止まりましたよ。ひっく。



「すまんな、ある――」


「触るな」



いやそれどうなのよレンさん!


あ、汚れてるからか。黄土色どろどろまみれのテオドールに触られるのは確かに御免だ。



「む……」



己の格好を見下ろして、さしものテオドールも反省したのか、困ったように唸っていた。なので、ひとまず洗ってあげることに。


3メートルくらい、十分に離れてもらってから、魔法でお湯をぶっかけました。


それが獣族のテオドールがよたつくほどの勢いだったのは、どろどろを落とすためですよ。他意はないのだ。うん。腹いせなんかではない。


だってほんとにあれ落ちないよ……。


魔物の体液なんて物騒なもの付けたまんま村まで戻るわけにはいかないじゃない。こんなとこでアホみたいだけど結界風呂の出番です。そこらへんの葉っぱとか木の枝とかもぎってきて、ごしごし擦り洗い。ああ、しんど。


あの巨大な死骸も燃さないといけないのに何やってだか……。


だからいつも汚すなって言ってるのに!って怒ったら、テオドールは肩を竦めて小さくなっていた。もっとなれ。反省しろ。ばかばかおばか。


この戦闘狂め!



「……巨大魔物(カラボラス)を倒して怒られることなんてあるんだな」



黒オオカミなラウさんがいたく感慨深げに呟いていた。


リーフェ先輩は無言。


一生懸命、巨大魔物の死骸を燃してくれてました。す、すみません。




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