35.旅ゆかば
街道をてくてく歩いてると、どうしても気になることがいくつか。
「そんなに気になるのか、主」
レンハルト、目ざとい。わたしがあらぬ方向を見上げていたのに気づいて話しかけてきた。
「ん。……まぁ、ついね」
街道の結界のほころび。たまにかと思ったら、けっこうあるんだよね。修復の仕事をこなして以来、小さなそれも感覚にひっかかるようになっちゃって。
今回の旅の最初の頃、ついつい立ち止まって直してたら、リーフェ先輩から待ったがかかった。先輩も気づいてはいたけど敢えて流してたみたいで。
確かにこれだけちょこちょこあるんじゃキリがないよねぇ。
「なんだかムズムズしちゃって」
「抱えてもいいか、主」
「え?」
「足下が疎かになっている」
「あ……ごめ」
「いや。主は魔術師だからな」
んでもただのチートなんだけどなー。うまく制御できてないだけで。
魔術師の感覚って厄介なもの、なのかと思ったら、リーフェ先輩は平気そうじゃないですか。このもじょもじょをシャットアウトするコツがあるのかなって尋ねてみたら、何のことはない、フツーそこまで気にならないもんなんだって。
対処法はズバリ「慣れろ」とのこと。
「……オネガイシマス」
うう。相変わらず情けなくて抵抗あるんだけど仕方ない。抱っこされます。
レンハルトが過保護を発揮してるのも訳あって、一度ハデにすっころんだんだよね、もやもやしながら散漫に歩いてて。どうも自覚してる以上に気をとられてるっぽく。
まぁ、いいよね。わたしひとりくらい、獣族のレンハルトにとってはネコでも抱えてるようなもんだろうしね。
と、わたしがレンハルトに抱えられたら、ネコさんな獣族チャナのメルトくんも一緒に抱えられたがった。レンハルトは何の躊躇もなく「いいぞ」と頷いて持ち上げていた。
ネコの一匹やニ匹、レンハルトにとっては大したものじゃないのだね。
旅の始め、メルトはやけに興奮していた。単純にたのしみなのかなって思ってたけど、それだけじゃなかったみたい。
みんなでお出掛けはうれしい。でも、どこかへ連れてかれるのは不安。
奴隷商人からわたしに買い取られるまでの間のつらい旅がメルトの記憶の底には眠っている。それが浮上しかけてきてるのだろう。
まさかそんな刺激になるとは思わなかった。お留守番させた方がよかったのか。(その場合もちろん他のひとも留守番だけど……)
でもなぁ。わたしの不在のあとのあの泣きっぷりを考えると、どのみち不安定になるならせめてわたしが近くにいた方がいいのかなって。そばに居ればこうして甘えたな真似もさせてあげられるし。
幸いレンハルトはまとめて受け止めてくれるだけの腕力がある。
あとたぶんその度量もある気がする。
さて。
街道を歩いてるから、というより、旅路だから気になるってことが他にもあって。
どう切り出したものか迷った挙句、どう言っても同じかと思ってぶっちゃけることにした。
「リーフェ先輩、今からちょっと寄り道してもいいですか?」
「寄り道……?」
こんなところで一体どこに?とリーフェ先輩が訝しげにするのも無理はない。町から町への移動途中の原っぱだ。街道を外れて少し歩けば林もあるが、民家の類はまだどこにも見当たらない。
むしろ周囲に民家がないのがポイントなのだ。
「ええ。なるべくパパッと済ませますんで」
「一体何を――あ、あぁ、そうか……、好きにしろ」
追及しかけて慌ててやめるリーフェ先輩。あ、スミマセン、そっちではないです。自然に呼ばれたわけでは。てか今まで催したときはそう言ってたじゃないですか。
「じゃあ、遠慮なく。獣僕さんたちをお風呂に入れたいと思います」
「は?」
「町じゃお風呂には入れないでしょう? 水浴びさせてくれるとこもありましたけど、そろそろお湯につかってすっきりしたいんじゃないかと……」
「きさ、貴様は、風呂になど……!」
ぎゃは。やっぱ正統派魔術師のリーフェ先輩には刺激が強かったかなー。獣僕をお風呂に入れるなんて贅沢させてるとか。
ちらっとリーフェ先輩の獣僕3人衆を見れば、互いに目線をくみかわして苦笑してる。先輩の反応もやむなしと受け入れてる感じ……にしては? うぅん、まぁそれはいいや。
「……貴様に道理など説くだけ無駄だったな。人前であからさまにせぬ程度の知恵はついたようであるし……」
ぶちくさ言ってるが、要するにオッケーってことですよね!
「あ、ついでにお三方も洗っていいですか?」
「何と?」
「フリィくんとラウさんとカイトくんも丸洗いしていいですか?」
「な――」
「趣味なんですよね、獣僕を洗って磨くのが!」
「何だと……?」
疑念に満ちた目で見られたので、最近知った情報に基いた言い訳を試みる。
「ほら、たまにいるでしょ? 見映えのいい獣僕さんを着飾って連れ歩くのが趣味のひと。わたしはピカピカに洗ってフッカフカにしとくのが趣味なんです」
「ふかふか……? あぁ、よく抱えられておるからか?」
リーフェ先輩は下世話方面に受け取らない。以前の忠告も要するに「そういう誤解をする者もいる」という話で。わたしたちの仲を勘ぐることはしない。それは同じ魔術師として失礼である、とか考えてるんじゃないか。たぶんね。真面目なひとだから。
「しかし風呂だと? 盥も無いのにこんな所でどうするつもりだ。穴でも掘るのか」
ふっふっふっ。それについては策があるのです。
街道から見えるとこでお風呂も何なので、少し離れたところにある林に移動。わたしはレンハルトに、リーフェ先輩は黒オオカミなラウさんに運ばれてた。先輩は不満げだが、時間が惜しいので。あ、メルトはアルトが肩車してました。
ほんで木立ちのなか。お風呂を作ります。
結界の応用。ぶふふっ。応用、とかかっこつけて言うと笑える。たんに結界を風呂桶に見立てただけです。電撃の魔法とかを閉じ込められるんなら、水及びお湯の魔法だってできるはずだよなーってヒラメイちゃったのよね! んで実際やってみたらできちゃった♪
「何と……」
あ、リーフェ先輩、呆れ果ててる。
そりゃそーよねー。草地に透明な風呂桶出現。湯気もくもく。アホな光景だわ。
ジト目で睨めつけられる。うっは。先輩ったら、ただでさえ目つき鋭いんだから、そんな睨んじゃいや~ん。(と口に出す度胸はないです)
「貴様は……もう少し有意義な使い途を考えつかんのか? こんな児戯のような真似をよくも……」
呆れを通り越して嘆かれた。
す、すみません。使い方はこれで十分有意義だと思っていますが、児戯のようってのは言い得て妙だと思います。たしかに子どものお遊びみたいですよね。端から見たらガッカリなのは否定しません。
自分の価値観ばっかり主張しといて、他のひとの価値観は全否定ってのもおとなげありませんしね。はて、折り合いは、この場合どうつけたらよいのかな?
「まあ、その。わたしの頭ではこうなるのがオチなので。今後もご指導ご鞭たつのほどをお願いしたく」
「指導……私がお前をか?」
「はい?」
「こんな馬鹿げた真似が出来る魔力の持ち主に何を指導しろというのだ」
……まずい。
すっかり気を抜いてた――チートのこと。バレないようにしなきゃって思ってたのに。
考えてみればリーフェ先輩は地道に真面目に魔術一筋でがんばってきたひとだ。一番バレたらいけない相手だったんじゃないか。
「えぇと……」
「くだらん使い方をするなと言ったところで聞く耳持たぬであろうに」
「そんなことは……(あるようなないような?)」
リーフェ先輩は深い溜め息を吐いた。それで気を取り直したらしく、びしっと背筋を伸ばして指差した。透明な結界風呂を。
「湯が冷めるぞ」
ご尤もです。
結局リーフェ先輩って理性のおひとだなぁ。(感心)
しかしこのままではいけません。お湯はゆらゆらと揺らぐと言ってもですね。あけすけに言ってスケスケです。
そこで使うのが入浴剤! こっちにもあるんだよねぇ。自然素材のみなので残り湯をこの場に捨てても問題なし。桃色なのがアレですが、ヨコシマなキモチはないから大丈夫!
結界風呂を用意したところで、近くの草地に敷いたマントに腰をおろしました。立ちっぱなしも何だし、座った方がまだしもわたしの姿が視界に入りにくいかなって。
この場を離れるか、後ろ向いてるか、出来ればいいんだけどねー。これ維持するの、近くでわたしが見てないとダメなんだよね。ぼうっと眺める程度で大丈夫なんだけど。
なので、こう、焦点あわせないカンジで。目線は下げ気味で。
その隙にマントなどで隠しつつパパッと出入りしていただければ。ええ。濡れた衣服は後で魔法で乾かしますし。湯船に入っちゃえば濁り湯ですし。
……なんて言っても、これが男女逆だったら、ナシだよねー。
こういうのもサベツですかね? 獣族さんたちはまた毛皮もちだから、あんまり裸でも気にならないみたいだとはいえ。
ん、まぁ…………立場的に嫌でも言えなかったり? お風呂に入ってキレイにってのも押しつけかもしれないよね?
あー! ややこしー!
「主、大丈夫か?」
ん? なに、レンさん?
「いや……、疲れてないか?」
あ、お湯ぬるくなっちゃったかな。屋外だし、気を散らしすぎると状態維持できないんだよね。
なむなむと気合いを入れ直す。
ドヤ?と見上げると、レンハルトはビミョーな顔をした。うむ。以前にくらべたらこのオオカミヘッドの表情もわかるようになったよね。
そう考えると「読めない」ときって「読ませない」ようにしてるってこと? たんに顔に出てないだけ?
「湯の加減を頼みたかったわけじゃないんだが……」
「んん。だいじょぶ、だいじょぶ。疲れてないよ」
「そうか?」
「集中力がねー」
それが疲れてるってことだろう、ってツッコミたい顔ですね!
レンさん目力あるから、そうじっと見つめられると頭ぐいぐい押されてる気分だよ。少しゆるめなされ。それと、いつ見ても綺麗ですね、金色おめめ。ちょっとこわいくらいに。
「大丈夫だってば。それよりも、さっきから水しぶきが飛んでくるのって……」
「ああ、メルトがはしゃいでるんだ」
泳いでんのかな? 家のお風呂よりずっと大きいからなあ。ここからだと端っこしか見えないんだよね。そのために(見ないために)座ってんだけどさ。様子は気になる。
あっ、いやっ。イケメン獣人さんたちのステキな入浴シーンが気になるって意味では。ない。決して。うん。
だってほら、べつにイマサラだし。お風呂あがりのパンツ一丁とか見慣れすぎちゃって、たまにうっかり彼らの前で着替えそうになったりするよ。そーいや、和兄にも怒られたっけなー。
ぴょこん、と結界風呂の縁からメルトが顔をのぞかせた。自分の名まえが出たからだろう。呼んだ?ってやってきた。コバルトブルーの瞳をキラキラさせて楽しそう。移動中メルトは肩車とか抱っことかされてることが多いから、元気があり余ってるんだろうな。
「キレイにしてね、メルト」
メルトは大きく目を見開いて、なんか言いたそうにわたしを見て首を傾げる。ん?何かな? わたしも首を傾げると、縁につかまって頭を差し出してこようとする。すかさずレンハルトが首根っこを捕まえてくれたので危なげはないが。
「主に洗ってほしいようだな」
「ああー……」
「今日はオレがやろう」
そう言ってレンハルトがじゃぶじゃぶと湯をかけて洗ってくれるのに、メルトはなんだかふくれっ面……は獣族はしないので。アレだ、ネコさんの妙に迫力ある半眼。もどき。さすがにメルトがしても迫力はない。
「その不満顔はどうかと思うよ、メルト」
わたしが笑うと、メルトはぎゅっと目をつむって、にぎゃあと鳴きあげるように口を開けた。実際に声はしないが、聞こえた気がする。やけっぱちな鳴き声が。ははは。
「わかった、わかった。次は洗ってあげるから。あのね、メルト。今日は急いでるの。お外だからね」
メルトは鼻面にしわよせて何度も鳴くような仕草をして不満そう。でもガマンすることにしてくれたらしい。その代わり結界風呂の縁をガジガジかじってる。
こらこら。結界なんてかじるんじゃありません。ん。かじれるんだ、結界なのに。厚みあるんだなぁ。いやそうじゃなく。これは結界だからいいけど、本物の風呂桶をかじられた日にはキズをつけてしまう。あとで言い聞かせるべきか。
なんて考えてる間にもレンハルトはテキパキとメルトを洗い上げてた。手際いいですなあ。
「んー……、ボクも主に洗われたいなー」
「話をややこしくすんな!!」
テレスはどーしてこう余計なことを! せっかく落ち着きかけたメルトがお仲間あらわるで意気を取り戻しかけてるではないですか!
「主、冷たいぃー」
「冷たくないでしょ! 適温でしょ!」
獣族さん好みの温めのお湯ですよ!
「主が一緒じゃないと……」
「なっ……! アサヒナ、貴様まさか共に風呂になど……!」
「今まで一度たりとも入ったことないっしょーが!!」
無責任なこと言ってぇえええ! リーフェ先輩が誤解しかけてるでしょおおお!
あははー、とテレスは心のこもらないまさに無責任な笑い声をあげて湯船から立ち上がった。
――って! 立つな!! 立つ前に言え!!!
ぎゃああああああああああ!
わたしの動揺を反映し、魔力がはじけた。ああ。完全に制御を失う前に引きとめたけど。お湯が盛大に噴き上がった。
ぶあっしゃあ!!!とクジラの潮吹きみたいな勢いで。
みんなを巻き込んで。
うわあ……。
――メルトは!?
あ、レンハルトありがとう! ちゃんと確保してくれてた。おとなの皆も「うわあっ!」とか思わず叫ぶくらいの水勢だったから、小さな子なんて溺れちゃうかもって。
ひやっとしたよ。うう……。
ほかのみんなも無事っぽい。なんか大笑いしてる。
……よかった。
自分のせいで、魔法の制御ができなかったせいで誰かケガでもさせたらと思ったら、血の気がさがった。もう。テレスのばか。いや、あの程度で動揺しちゃうわたしがダメなんだけどもっ。
チー力持っている以上、それは絶対の線。
わたしが魔力の調整をしくじったら、ひとも殺し兼ねないんだもの。
おおげさかもしんないけど、実際メルトは溺れてたかもしれないよね。
うううぅ……ぞわぞわするわー。
鬼教官カザムさんの戦闘訓練のおかげで身に染みました……。それもこれも見た目ゴロツキなギルド員さんたちのご協力のたまもの。野太い肉声の悲鳴を散々聞けば、そりゃあもうね。いやっていうほどね。
「テレス、ふざけ過ぎだ」
「……ごめん」
年長者らしくテオドールが注意して場を治めてました。ラウさんたち、リーフェ先輩の獣僕さんたちも笑ってくれてるとはいえ、ちゃんと謝らないといけないよね。そうだよね。
寡黙なテオドールが率先して叱ってくれたのは、どうも強く言えないわたしの代わりをしてくれたっぽい。ごめん。ありがとう。お世話かけます。
あ、着衣ごとお湯も滴るいい男になってしまったリーフェ先輩には、わたくしめがヘコヘコ謝り倒しました。
「すみません、先輩! すみません!」
「だから貴様は甘過ぎると言うのだ。獣僕にからかわれているようでは一人前の魔術師とは言えぬであろう」
へい……ご尤もです。
結界風呂を維持しつつ乾燥って真逆なカンジのことはムリなので、後でまとめて乾かすんでいいですか?って先輩に聞いたら、そのくらい自分で出来ると、さっさと乾かしておられました。ごもっともサマ……!
とか何とかひと騒ぎだったのに。
その後の風呂上りにもテレスさんたらやらかしてくださいました。
半裸のまま寄ってきて「塗ってよ、主ぃ(アマツの油を)」とかおねだりしてきて普段の生活を暴露――いやいやいや普段はそんなネコ撫で声なんて出さないくせにっ! もっと事務的でしょ!?
テレスさんのいけず! なんなの!?
って、ねえ?
リーフェ先輩によれば「牽制にしても下策」らしく。
え、そういうことなの?
てか先輩ちょっとひっかかってたよね?(まさか一緒にお風呂入ってとか何とか)
……うーん。
よその男性である先輩と親しそうなんで警戒してるってこと? テレスさん? それって恋こご――ないな。うん、ない。テレスはちがう。
独占欲はあっても、恋愛感情じゃないよなぁ。
ド直球だもの。
テレスが本気でわたしをどうこうしようと思ったら、もっと上手にオトしにかかってくると思うんだよねー。
本人、意識的にか、無意識なのか、わからないけど。リーフェ先輩みたいな「魔術師の男性」に割り込んでこられるのは嫌だってことなんだろう。たぶん……そうなったら今までみたいにべたべた接したりできなくなるから、かな?
テレスはじゃれつくの好きだしね。他のひとにはしないけど。当然。うちは男性ばっかだし、ご近所の女性陣にしちゃアカンし。しない分、できない分、わたしに向けて発散してる気が。
それがどういう感情ゆえなのかはよくわからない。
本人もわかってんだかどうだか。
でもとにかくベタつきたい。
自分がそういう気分のときだけ。(このヤマネコたんめ!)
よその魔術師の男性っていうのはそれを阻害するかもしれない存在なわけだ。テレスにとって。
それでこんな態度に出ちゃうってことは、やっぱ本人もあんまよくわかってなさそうだなぁ。わかってたらやらないよね。かえって照れちゃいそう。何となく気が立っちゃって落ち着かなくてつい……とかじゃないかな?
しかし、それでからかいに走るって、テレスも意外と若いよねー。
旅って色々と思わぬ刺激になるもんだなぁ。
ちなみに、お風呂あがりの乾燥のまほーは、リーフェ先輩もしてあげてました。ご自分のとこの獣僕さんに。普段からかな。手慣れた風に見えるのは先輩が魔術上手だからって説もあるしなぁ。
アマツの油を塗るのは、あちらは各自でしてました。
丁寧にやってる場合でもないんで、手足とかざっと塗る程度だったからってのもあるかな。そこで「塗ってぇ」なんて言ってくるんだから、テレスさんってばもう……。
うざいんですけど。
うざかわいいんですけど。
……もう。




