34.はなむけができないわけ
さあ、今度こそほんとに参ります! 王都へ!
出発の日、まだ明けやらぬ早朝に冒険者ギルドに集合。なんか来いって言われたんだ、カザムさんに。
いやあ、あれからほんっとお世話になったよ。出来ればなりたくなかったけど。悪いひとじゃないんだけど。むしろいいひとだとは思うんだけど。
ん。そういうひと他にも知ってるなぁ。
リーフェ先輩!
ぶっふふふ……冒険者ギルドの三大ツンデレ!
(あとのひとりが誰かは知らんです)
「――ぁれ? おはようございます、リーフェ先輩! お早いですね。これからお仕事ですかー?」
噂をすればなんとやら。受付ホールに黒髪ロンゲのクールビューティことリーフェルト先輩がいた。獣僕さんたち3人も一緒だ。フリィくんに、ラウさん、カイトさん。
獣僕3人に囲まれ、佇むリーフェ先輩という画はなにやら様になっていて、一瞬ファンタジー映画のワンシーンでも観てるような気分におちいった。はなはだ今さらながらに。
先輩って顔だけじゃなくスタイルもいいんだよなー。背高いしなー。
ん、スタイル? あ、いつものずるっとした魔導師的ローブ姿じゃない。長いあんよや引き締まった腰つきがわかるパンツスタイル。旅装だ。前にバヌキアの街に行ったときと同じ格好。
っと、あれ? 旅装って?
「カザムから聞いておらんのか」
「……あー。もしかしてリーフェ先輩も?」
「招待されたのでな。行かねばならん」
ご招待とな! リーフェ先輩お坊ちゃん説はこらもう確定ですな!
「ご一緒していただけるってことですか!?(やったラッキー! 頼もしい道連れ!)」
「王都でのお前たちの宿の手配に苦慮していると聞いた。即位式ともなればさもあらん」
「あ、そっか。混んでそうですよねー。お祭ですもんねぇ」
「うむ。そこでな。ディラルスに頼まれたのだ。王都での寝床を何とかしてくれないかと」
「ははあ(ディルスさんって誰?)」
「獣僕ともども、私の叔父の家に泊まることになっておるから、そのつもりでな」
「えっ――そんな!」
反射的に声をあげてしまった。不服か、と先輩に睨まれて慌てる。
「いえいえ、そういうんじゃっ……あの、お土産っ! よそ様のお宅にお邪魔するのに手土産もないとかまずくないですか。わたし知らなくて何も用意が」
「ああ……、構わぬ。叔父はそういった細かいことに気の回る人物ではない」
「そ、そうなんですか?」
「お前たちがいることに気を向けるかどうかも怪しいな」
「へっ?」
「叔父上が王都に住んでおられるのは、王城付きの研究所に勤めておるからなのだが……、仕事に打ち込む余り些か視野が狭くなっているようでなぁ。日常事を瑣末として殆ど目を向けぬのだ」
リーフェ先輩にしては生ぬるい口ぶり。なるほど、研究ひとすじの変わり者さんですか。細かいことを気にしないでいただけるのは助かりますが。
「どうしても気になるというなら、手土産は道中にでも見繕えばよかろう」
「そうですね。そうします」
しかしほんとうにこの人数でおしかけて大丈夫なんだろうか? おじ様ご本人は気になさらないにしても、ご家族はどうなんだろう? 盆正月に訪れてくる親戚のもてなしで苦労するのはたいてい奥さんだ。
「先輩、おじ様の奥様が好きそうなものなんてご存知じゃないですよね?」
「叔父は独り身だ」
「あ、そうですか。そしたら普段のおうちは静かでしょうね。子連れなんかでお邪魔して大丈夫かなぁ」
なるべく静かにさせるにしても子どもだからなぁ。だいたい他人がいると、どうしても家のなかがわさわさするよね。研究者っておうちでも何やかや勉強してるもんじゃないのかな?
「あまり気にしなくてよい。それに祭の間は通いの者たちも休みをとるのでな、人手が増えて困ることはあるまい。それどころか、……」
先輩は溜め息を吐いて遠い目をした。
ま、まぁいっか。気にしないでおこう。
リーフェ先輩が悪し様に言わないところをみると、別段わるいひとじゃないんだろう。うん。……なんか「悪いひとじゃない」ってひとばかり増えていくような。
「あ、おはようございまーす」
「おう……」
悪いひとじゃないカザムさんが仏頂面でやってきた。これまでの訓練中もさることながらの渋い顔。この期に及んで何を怒ってらっしゃるので? あれでも手を抜いてたわけじゃないのはご理解いただけたと思うのですが?
「はぁああああぁぁ……」
これみよがしな溜め息とかやめてください。おとなげない。
「こんなのを武闘大会に送り出すなんて世も末だ」
「同感ですね!」
初めて気があいましたねぇ。にこにこと愛想好く頷いてあげたのに頬っぺたつままれました。ひゃんで。いひゃい。いひゃいでゅふ。
見兼ねたレンハルトが払いのけてくれようとする前にさっと手を引っ込めている。カザムさんって隙がないよねぇ。うちの戦闘狂も興味津々って眼で見てたことあるし。戦闘訓練の指導中とかさ。
いっそけしかけてやろうかと思ったことなんてありませんとも全然ちっとも。ええ。
「やあやあやあ、おはよう諸君。いい朝だねえ、ホント!」
ギルマスさんまでやってきた。ふーん。意外。お見送りにきてくれるとは思わなかった。てっきり朝は弱いんだとばっかり。朝のうちは姿を見せないし、しょっちゅう二日酔いになってる話を受付の女性から聞いてたし。眠たそうな目つきの印象も強いしねぇ。
……ん、あ! さっき先輩が言ってたディラス?さんとやらはギルマスさんのことかも。
「なにがいい朝や」
「なんだ、カザム。出立の朝はさわやかに見送ろうぜ!」
「……お前、もう破れかぶれやろ?」
「なんでわかる」
「口調とノリがおかしいわぃ」
「そりゃないでしょう。嫌がるニンゲンにこんな役押しつけといて」
「嫌がってるからやろうが」
「嫌がってるからなんだよ!」
異口同音(ほぼ)に言い返されました。あう。
まぁいい。
必要経費とは別に、道中に食べろとオヤツもくれたしね。やっほい。
これ表通りの人気店のやつだー。いつも若いおねーちゃんとかでにぎわってるお店の。ほろほろっとした口どけのクッキー。おいしいんだよなー。
手頃なお値段なんだけど、獣僕連れて入るのは憚られるし、かといって外で待っててもらって自分だけ入ってくってのはレンハルトたちに悪い気がしてガマンしてたんだよね! なのになんで味を知ってるかって言えばご近所さんにおすそわけしていただいたからなんだけど……。
滅多に買えないお菓子をもらえたので、カザムさんがやいのやいの言ってるのもありがたいお経のように穏やかなキモチで聞くことができた。和みすぎてちょっと眠たくなったというのはナイショだ。
アスノイスの街から王都ラヴァニールまでは片道10日。テレスを引き取ったバヌキアの街までが5日だったから、その倍の道のりってことだね。
と言っても、なんだか距離感ピンとこないよねー。元の世界でも長距離徒歩旅行なんてしたことなかったし。
日本での生活圏で考えた場合、わたしの足だと約2キロ30分弱ってとこだった。ほぼ平坦な慣れた道で。早くはないね。そのペースで、えぇと、1時間4キロで……1日8時間歩いたとして……約32キロ。
同じペースを1日中維持できるとは思えないから、もっと落ちると見て約25~28キロくらい?
街道利用だから悪路ではないにしろ、日本のアスファルト道ほどの歩きやすさはないよねぇ。さらに平地ばかりではないことを考えると、約20~24キロくらいかなぁ。
でもこれはわたしの徒歩速度と体力を鑑みての話で。こっちの旅慣れた人なら倍くらい歩けたりして。1日40キロとか。うーん。わたしが40キロも歩いたら次の日寝込みそうだ。
そう、今回の旅も徒歩です。
これはべつに経費節減ってだけじゃなくて。こっちには馬に相当する騎乗向きの動物がいないんだよね。小柄な牛みたいなのは居て、街道の物品流通に利用されたりしてるけど。
魔力を動力源とした乗り物(魔導機関とでも言うべきか?)もあるにはある。まだ一般化されてない。なんでもエネルギー効率が悪くて魔力に余裕のある魔術師くらいしか使えないんだって。
それの元になった技術だか魔法だかを利用したもので、重い荷物を載せても軽々と引ける魔法の台車ってのもある。台車ってもクルマは付いてないんだとか。なんだそりゃ。(魔法ですね、わかります)
街から街へと手紙を届ける郵便屋さんはそれを改造したスケボーみたいなもんを使って街道を飛ばしてくらしい。なんかたのしそう。まだ見たことないんだよねー。今回どっかで見かけないかなぁ。
ん。というか、それそのままバイクみたいな座れる荷台つけて、後ろに風でも噴射するようにすれば乗り物完成だよね? あぁでも魔力は必須か……。とかいうことが試行錯誤されてんのね、きっと。
てか、いっそのこと、その改造スケボーで旅行すればいいのに。って、そうはなってないとこをみるとたぶん高価なんだろう。
それにそんなラクチンな旅行をするのはキケンだよなー。
「太りそう……」
主に体重的な面で。ただでさえ行く先々のおいしいものを味わって旅太りしそうなのに。これ以上怠惰になってはいけない。ウォーキング重要。
「また気にしてるの?」
わたしのぼやきを聞きつけたアルトが顔を覗き込んできた。
えー。以前ですね、わたしの分のごはんは量を控え目にしてほしいと頼んだことがありまして。毎日アルトのごはんが美味しすぎて肥えちゃってねぇ。いやまじでやばかった。
そしたら、もとから少なすぎると思ってたくらいなのに、って残念がられまして。あ、いや、わたしが小食だってことではなく。主なら一番たくさん食べてもいいはずなのにって。
なにその群感覚。狩ったエモノの内臓はリーダーから食べる!みたいなやつ?
獣族のアルトにはわたしの実に女性らしいダイエット心は理解し難いようです。
「う……。実際たべすぎなんだよぅ(でもおいしそうなんだもん!)」
「旅の間くらい気にしなくても」
「うー(どうせ食べちゃってるしね……ああでも気になるっ)」
「なに? ヒナさんお腹の調子でも悪いの?」
どしたのーと寄ってきたフリィくん。リーフェ先輩のヤマネコ獣僕さん。相変わらずフレンドリーないいコだ。
同じヤマネコでもテレスとは全然フンイキちがうよね。これで実はフリィくんの方が年上っていうのがね。2コ上って聞いた時はびっくりした。テレスがわたしの3つ下だと知った時もかるく衝撃を受けたが。
わたしは……こっち来て2回は誕生日過ぎたと思うんだよねー。27才ですか。もしかしたら、もう28才かも。結婚どうすんだってリーフェ先輩に突っ込まれるのもむべなるかな。(まぁリーフェ先輩はわたしの年なんてよく知らないだろうけど)
「お腹の調子は絶好調です」
「だよねー。おいしそうに食べてたもんねー」
そうなのだよ、フリィくん。この焼きものはおいしいのだよ。この世界の街角での食べ歩きはなぜこうもアタリ率が高いのかなー。こまっちゃうなー。フリィくんもひとくち食べる? たぶんお魚となにかお芋を混ぜて焼いたもので甘辛なタレがなかなかの……。
「主、宿が決まったぞ」
街角グルメに舌鼓をうっているとレンハルトが戻ってきた。リーフェ先輩、黒オオカミなラウさんと一緒にお宿決めに行ってくれてたのだ。もう日が傾いてきてるし、今日のところはこの町で宿泊。
獣僕さんOKなお宿はギルドから情報もらってます。凄いよ、さすが冒険者ギルド。メモには小さな村でのアテまで書いてあった。
とはいえ、たまたま満室ってことはあり得るので、みんなでぞろぞろ動くこともあるまいと物慣れたリーフェ先輩たちが手配に向かってくれたのです。ありがたやー。
その隙に買い食いしてたわたし。てへ。
だってさー。門から入ってすぐの広場で待ってたらさー。出店が並んでていい匂いが充満! ガマンならんかったです、スミマセン。
こういうお店は言うなればスーパーのお惣菜コーナーみたいなもんで、仕事帰りっぽい地元のひとたちもそぞろ歩いている。おかげでわたしら見られる見られる。獣僕連れ魔術師ってこの町にもいるだろうにね。
まぁ、キモチはわからないでもないよ。わたしだって、いくら普段ご近所のわんこさんたちを見慣れてても、よそのわんこさんが歩いてたらまた見てしまうもんねぇ。
しかもうちの獣僕さんたち、かわいいからね!(かっこいいと言うべき?)
「……うまそうだな、主」
こういうとき、まじめな顔して言ってくるから、レンハルトがどう思ってんだか読めないんだよねー。ねぇ、おこってる?って思うのは罪悪感の投影って気がするし。
「はい、どーぞ」
ここは彼にも食べさせてうやむやにするのが一番だな!
レンハルトは「ん」と口をあける。はいはい。あーん。するとメルトも真似して口をあける。あーん。ってキミたちヒナ鳥かっ。
最後のひとくちを食べさせてあげると、メルトはうれしそうにごしごしと頭を押しつけてきた。お耳とお耳の間の頭頂部を。わたしの腰に。ぐふ。強い、強いよメルたん。そんな脇からえぐり上げるようにされたら、お腹が踊って「うぷ」ってなるよ。うぷぷ。
しかもお口ぱんぱんなのにそんなことしてたら。あ、ほら。こぼれた。あーあ。あわててつまみあげようとして失敗。服になすりつけてるみたいになってるし。あらら。
まぁでも自分でなんとかしようとしたのはえらいねぇ。お耳をへにょらせてこちらを見上げるメルトの服のポッケからハンカチを取り出す。おててについた食べ物をとってあげてから、ふきふきふき。
どうせまた汚すんだけどね!
「さぁて、今夜のお宿はどんなとこかなー? たのしみだねー。ねーっ、メルトー」
話題を変えて気分を変える。メルトは小さなお耳をぴこぴこさせた。
この日のお宿はざっくり山小屋風。(ふつーの平地の町ですが)
宿主さんもごっついヒゲ面の山男風だった。奥さんも山岳部にいても納得ってカンジの元気な女性。家族経営らしくお部屋への案内はお嬢さんがしてくれた。小学校低学年くらいかな。慣れた様子でテキパキ案内してくれるのが可愛かった。
晩ごはんも山小屋風。じゃないな。山小屋のごはんって言ったら、カレーライスとかキノコ汁とおにぎりとか、そんなイメージだもんな。ええと、盛り付けとか具材の切り方とかがざっくりした家庭料理でした。
夕方のつまみ食いのあとで、さすがに食べきれる気がしなかったから、一人前をメルトと半分コ。最近のメルトはよく食べる。おとなの半分量をぺろりだった。
お部屋は2人部屋を2室。片方にエキストラベッドを入れてもらった。リーフェ先輩のとこも2人部屋を2つとってた。このお宿、2人部屋しかないんだって。
女のわたしが男性陣と同室なのはあれだけど、気にする素振りはなかった。獣僕は飽くまで獣僕だし。おチビのメルトもいるしなぁ。
というかね。旅行中にこうやって人数分のベッドを確保できるのはいい方で、ほとんどはぎゅうぎゅう詰めだ。
獣僕OKってハードル高いんだよね。いや、低いのか。あ、間口が広いのか。それでも気にしなーい、ってお客さん向けだから、ざっくりなお宿が多いのです。場合によっちゃ雑魚寝上等みたいな。ヘタすると逢引宿とか。
一匹オオカミならぬ一匹ヤマネコなテレスなんかは「ボクはいいや」と一言残して寝る段になったらどっか行っちゃったり。えええーっ。たぶんそこらの屋根とか樹の上で寝るんだろうって、えっ、なにそれワイルド。さすがワイルドキャット。
でもなぁ。リーフェ先輩のおじ様のおうちでは慎んでもらわないといけないよねぇ。
王都って首都でしょ。大都会でしょ。キケンやゆーわくがいっぱいだと思うんだよね。ふらふら出歩いててヘンなひとにからまれたり、樹の上で寝てたら捕まったりするかも。
主としてみんなの身の安全は確保しないとね!
……って、まぁ、わたしも初めて行くおのぼりさんで都会の勝手なんかわかんないんだけども。




