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30.メニューをどうぞ。



思うところあってリーフェ先輩をお茶にさそった。もちろん二人っきりでだ。


やってきました表通りのオサレかふぇ。うっはっは。


エセ(ってわけじゃないがw)中世ヨーロッパ風のレンガと漆喰の壁の町並みを眺めながら、石畳の通りに並んだテーブルセットでお茶しちゃうとか憧れてました!


てっきりダークブラウンの家具に赤とか緑とかをポイントカラーにした落ち着いたデザインの内装かと思ったら違った。茶色と白とベージュを基調にしたナチュラル系カフェの雰囲気。


中世ヨーロッパ風異世界イェイ!っていうのと、カフェでほっこり☆っていうの両方が味わえます。一挙両得ですな。


こっちで定番のお茶は「濃縮番茶」って感じのお味。ほんのり甘みがあってミルク入れたくなる。美味しい。

んでも、コーヒーが飲みたいなー、って思っちゃう。カフェオレがいいな。コーヒーとキンキンに冷えたビールが飲めないのは残念だ。



「お茶ふたつとパンケーキひとつお願いします」



席に着いて店員さんに注文してから、しばらくは近況報告まじえた世間話。


ここんとこ冒険者ギルドで顔をあわせることがなかった。わたしはちょいちょい出向いてたけど、先輩の方は他の仕事が忙しかったらしい。


前回会ったのは……もう10日くらい前になるか。結界修復の仕事から戻った翌日。先輩のお家に留守中のお礼を言いにうかがった時以来だ。もちろんお土産もって。


先輩、あのときはほんっとーにお世話になりました! まじで毎日みんなの様子見にきてくれて大感謝。おしえてもらった携帯(遠話器)買いました。次回からはあれで通信できます。いや次なんてないない。でも一応。


リーフェ先輩へのお土産は果実酒と乾菓子とやけに美味しかった川魚の干物。


川魚は庶民の台所向けなふつーな食品だけど、泊まったお宿の自家製干物の味付けがすっごくよくってねぇ。かすかなスパイシーさが絶妙。お酒のおつまみになるかなーって思ってさ。頼み込んだら売っていただけた。


海の魚はここらだとよその街からのお取り寄せになる。中世風のわりに流通関係は思ったより安定してるよね。魔法あるからな。お土産の干物も魔法の保存袋に入れて持って帰ってきたし。


ご近所さん用のお土産は乾菓子にした。自宅用には干し果物とナッツも買ってしまった。よく考えたら街の市場で買えたよ! お土産ってつい余計なものまで買ってしまうよね。



「んむ。んむんむんむ……」



運ばれてきたパンケーキをさっそくいただく。おお。キツネ色に焼きあがった生地はふっくらしっとり。かすかにチーズのようなコクのある後味。フレッシュで奥深い味のフルーツソースがいいアクセント。……びっくりするほど美味いなこれ!



「先輩、これめちゃくちゃ美味しいです。どうぞ、ひとくちどうぞ」



パンケーキのお皿を差し出す。黒髪ロングのクールビューティーことリーフェ先輩は眉間に皺を刻みながらもパンケーキを食べてくれた。よし。あらかじめひとくち大に切ってから差し出したのが功を奏したか。



「……それで、折り入って尋きたい事とは何だ。まさかパンケーキの美味い店が知りたかった訳ではあるまい」



うん、まさかだった。パンケーキの美味しいとこがいいですね、なんてどうでもいい提案したら、ならばあそこだってぐいぐい連れてかれるとは。もの知りっぽい先輩とはいえ、まさかおいしいパンケーキ屋情報まで把握されてるとは思わんかったです。ありがとうございます。



「ええ、そうなんですけど。あ、その前にひとつだけ。先輩、このソースの香りづけって何だと思いますか? 何かスパイスが入ってると思うんだけどなぁ……」


「パタラ。何にでもよく入ってるだろう。知らんのか」


「知らんかったです」


「茶にも入れるだろう」


「えっ、ほんと?」


「こんな嘘など吐く理由があるか」


「からかうつもりで嘘おしえるとか」


「そう思うならはじめから尋くな!」


「あ、そうそう」



聞くと言えば。ごくり。お茶で口をすっきりさせてからおもむろに。



「先輩、結婚についてどうお考えですか」



先輩の仏頂面がさらに酷くなった。難しい顔を通り越して不快そうな顔をして、背をそらし、腕を組む。



「随分と搦め手から来たものだな……。誰の差し金だ?」


「え?」


「む?」


「からめ手って何の話ですか」


「……見合いを持ち込んできたのではないのか?」


「いやー。ないっすねー。あっ、でも女性の好みをおしえてくだされば捜してきますよ? 下町っ娘でもいいですかねー?」



10代後半から20歳くらいの適齢期のかわいこちゃんから捜してきますよ。


ええ、わたしはこちらに来た時点で既に嫁き遅れです(落涙)


やっぱり神様とやらはユルサナイ絶対にだ(血涙)



「要らん」


「つめたっ。そういう言い方ないんじゃないですか。先方に失礼です」


「どの先方にだ」


「んんー……反射的にぶったぎるほどお見合いの話きてるんですか?」


「降るほどな」


「へー。先輩イケメンですもんねー」



魔術師なら食いっぱぐれなさげだし。立派なお家で暮らしてるし。獣僕いるからお手伝いにも困らないし。性格に多少難アリでも悪くない物件だよねぇ。底意地悪いってわけじゃないし。


たしかリーフェ先輩って32才だっけ。わたしより6つ上。いくら男性は晩婚も大目に見てもらえるっても、さすがにそろそろどうにかまとめてしまえと周りがうるさいお年頃ってわけか。


婚約者さんには逃げられちゃったしね……。



「顔なんぞ関係あるまい。お前だとで求婚くらいはされておろう」


「いえ、全然」


「え」


「そういった話は一切舞い込んでおりません」



きっぱり言って、パンケーキもぐもぐ、お茶ぐびぐび。


リーフェ先輩は切れ長の眼を大きく見ひらいてた。


そんなロコツに驚くなよ、このお坊ちゃまめ。結婚相手として求められて当然って前提なわけ? そうされないニンゲンがいるなんて想像もつかないっておっしゃる?


どうせ誰にもプロポーズされたこともしたこともありませんよぉおおおぉ!!


一度ポシャったとはいえ先輩は結婚直前までいったことがあるんだもんな。そりゃ余裕だろうさ。その上ガンガン見合い話がきてる。ようございましたね。けっ。



「そうか。お前は世話をする親族がいないのであったな」


「ですです」


「故郷についての手掛かりは。未だに思い出さんのか」


「ですです」



記憶がなくてー、という嘘設定は絶賛活用してます。他に説明のしようがないもんね。異世界から来ましてー、なんて突飛な説明よりずっと穏便だ。


魔法のある世界だから、言葉を尽くして説明すれば納得してもらえるかもしれないけど、それで得られる利点って何だろう、っていう。


異世界人として有名になることでツテがひろがって帰る方法が見つかるかもしれない。情報が集まるかもしれない。上手くいけば。本当にそんな方法があれば。


もし無ければ無駄に注目を浴びるだけで終わる。わたしが世にも珍しい異世界人だと知れ渡った上で。帰れずにこの世界に居残りつづける。


……奴隷にされないとも限らないよね。獣族みたいに。


珍しい種族として狙われる暮らしは御免です。



そう考えると堂々と本名を名乗ってんのってヤバいのかなー?って思ったりも。でもどうせアッサフィーナ……。珍名奇名の類と思われてるだけみたいだし、そこまで心配しなくてもいいよね?


名まえ聞いただけで「あ!」って思うのなんて同じ世界のひとだけだろう。……んー。それともこの世界のどこかでは異世界研究がすごく進んでて、それっぽい名まえだってだけでバレるってのもあり得るのかなぁ?


なんにせよ、イマサラですが。


とっさに本名ふせようとか思いつかないよねー。


大体、自分から名乗っただけで相手が「名持ち」になるとかそんなキテレツなことが起こるなんて誰が思うかっての。うん。名まえでいろいろ起こることはありそうだね。うん。イマサラだけどね。



「お前こそさっさと結婚すべきではないか。ひとの世話などしてる場合か」


「出会いがないんですよねー」


「ギルドには独身者も多いようだが」


「んんー……」



曖昧に返事をしたら、先輩のただでさえ鋭い眼つきがさらに鋭さを増す。けっこう迫力あって怖いのに、なんだか映画でも観てるような気分になってしまう。美形は得なのか損なのか。


内心で「ほほう」とか感心してるのが知れたら先輩すんごい怒りそうw


そっからデレさすまでタイヘンだろうなぁ。日参平謝りしかないかな。先輩相手に毛づくろいさせろくださいとか言ったらタイヘンなヘンタイだってドン引き必至だしな。


人族にんげんめんどくさい。髪の毛いじったらさらに怒られそうだ。男性にとって頭皮はデリケートゾーンだしね。剥き出しの。


でも先輩の髪の毛は揺るぎなくつやつやさらさらで、わたしの髪より状態がよさそうだ。いいなぁ。三つ編みとか、編み込みとか、まとめ髪とかしてみたい。


などとアホなことを考えているとは露とも知らないリーフェ先輩はしかつめらしい顔と声で釘をさしてくる。ぶすっと。



「――ケモノと連れ添うことなど許されんぞ」


「手は出してませーん」


「貴様はまず慎みを知れ」



苦い顔されたが、さっきと違って顎のこわばりは解けている。


お見合い話、そんなに嫌なのかなぁ?

フラレちゃった幼馴染みの婚約者さんにまだ未練があるとか?


何にせよもったいない。

イケメン遺伝子を後世に残すためにも、とっとと結婚すればいいのに。



「先輩はもう結婚したくないんですか?」


「そういう訳ではない」


「それはよかった。わたしは出来ればもうちょっと知識を蓄えてからにしたいんですよね」


「お前の愚かさ加減は一朝一夕でどうにかなるものではなかろう」


「まぁ、そうなんですが……。主として責任がありますし」


ポットからお茶をつぐ。ティーコージーは包み込み型。そのまま注げて便利。


「わたしがどなたかと結婚するとしてですよ。そのひとがうちのひ――獣僕たちにどういう態度をとるか、不安じゃないですか。そりゃまぁ結婚後でころりと態度を変えるひとは男女とも多いですし、事前に見極めるなんて不可能かもしれませんけどね」


「貴様同様、甘く接すべきというなら、そんな男はまず見つからんぞ」


「ですよねぇ」


「程良きところで手を打つのだな。もう26才ではなかったか?」


「年の話はやめてください。それを言うなら先輩だってもう32才でしょ」


「男と女では話が違う」


「山ほどお見合い持ち込まれる程度には同じ話なんじゃないですか」


「む……」


「ていうか、わたしが聞きたかったのはそんなことじゃないんです」


「そんなこととは何だ、そんなこととは」


「先輩、獣僕の結婚についてどうお考えですか。一般的な話でも構いません。お嫁さんをさがしてあげたりするもんですかね?」



リーフェ先輩はわずかばかり顎をあげた。ひとをじっと凝視してから、ふんと鼻を鳴らすみたいに吐息した。尊大。似合う。このイケメンめ。



「それが本来聞きたかった事であるなら、先ほどの問いは随分と言葉足らずであったようだが。よもや私をからかう腹づもりだったのではあるまいな」


「いいえ。単に言葉がすっぽぬけただけですよ」



あやしむように睨めつけられた。

ほんとほんと。からかってない、からかってない。



「まぁ、よかろう。……獣僕の結婚か」


「させないと人口維持できませんよね。女性の方が高いのは、その、下世話な嗜好もあるでしょうが、なにより確実に子どもを得られるからではないかと思ったんですが」


「その通りだ。しかし結婚させることはないな。番わせるだけで」



つが……繁殖かいなー。おー。刺激のつよい話だなちくしょー。



「ええと。それってつまり、こいつとこいつの子ども欲しいね、じゃあ暫く一緒に暮らさせてみましょう、みたいな話ですか?」


「……取り繕った言い方をすればな」



うえーい。これで事実を取り繕ってるってどんだけー。なんですか、実際はあれですか、もっと直截に「やらせよう」なわけですか。こわいですね。下手したら女性側は合意なしであれですよね。


……ああ。


避けられないとはいえ、この世界の女性獣僕さんの立場についてはあまり深く考えたくなかったりするんだよ。もうすでにいっぱい考えたし。夜、寝つく前とかさ。しんしんと考え込んじゃったりするよね。



「獣僕に甘くするなというのはな。そのせいもあるのだ。むかしの魔術師は獣僕を己ひとりで囲い込んで彼らの生涯を終わらせることが多かった。獣族とて二親そろわなければ子は生まれてこない」



それで反省して番わせましょうってなったわけか。両親そろうったってほんの一時だけじゃないか。番で子育てしない生き物も多いけどさ。獣族はニンゲンだぞ。


ほんとにこの獣僕制度ってなあ。大昔よりはマシって程度にしか発展してないんだなあ。


ぶっちゃけ、獣僕の労働力がなければこの社会が立ち行かない、ってわけじゃないからか?


魔術師個人で考えても、獣僕がいてもいなくてもやっていける。戦闘に自信がなければギルドの仕事なんてしなければいいんだし。街中で働いてればいいだけのことだ。


個別に見たら、わたしみたいに彼らに頼りっきりで冒険者ギルド仕事をしてる魔術師とか、力自慢の獣族を雇う(給料は主の魔術師へ)ことで経費削減してる会社とか、獣族頼みな部分はあるかも知れない。


でも社会全体の下支えって感じではない。


例えば、一軒家サイズの魔物だって人族の冒険者ギルドのひとたちだけで倒せる。魔術師いなくても。チートじゃなくても。獣族の手を借りるまでもない。


身体能力って言われて真っ先に浮かぶ戦闘でそうなら、ほかの生活面のことだってそうだろう。農業とか漁業とか狩猟とか、体力腕力なきゃつらそうな分野でも、技術や道具でいくらでも補えちゃうだろうし。


魔法だってある。自由自在に魔力をいじれるのは魔術師に限られるにしても、魔力を含んだもの(魔法石とか薬草とか)を利用すれば一般人にだって魔法な道具がつかえる。


力持ちな獣族がいてくれたら助かる。けど、いなくても何とかなる。


そんなものなのだ。


そりゃ人口管理も杜撰になるわな……。


だから適当に粗雑に扱われて。その結果の人口減。いまや殆どの獣族が魔術師の奴隷。そう多いわけでもない魔術師に従えられてる人数程度しか残ってないってことだ。


これから先、獣族はどんどん貴重な存在になっていくのかもしれない。


少数民族の悲劇ってやつ。


しかしそうはいっても、獣族の子づくりが家畜の繁殖並みに計画立てて行われてたら、それはそれでキツイ。獣僕には定期的に性交渉させましょうな社会も嫌すぎる。


……いや、今の話からすると、一部はすでにそういう状態なのか。


獣僕の結婚とか家庭とかナニソレって適当にされてる方がまだマシなのかもな。



「今となっては主を持たぬ獣族は滅多に見つからん。野に生きる獣族は最早おらんのかも知れぬな。それゆえ奴隷として売り買いされている者を買うしかないのが実情だ」


「そうですか……」


「血筋のよい獣族の子を欲しがる魔術師は多い。金にもなれば、交渉事の手札にもなる。しかるべき場へ連れ出せば、お前の獣僕たちの子種が欲しいと話を持ち掛けてくる者もいるだろう。皆なかなかの男前だ」



えぐい、と思ったのが顔に出たらしく、リーフェ先輩が辟易する。



「そのような顔をするな。話し難い」


「すんません」


「貴様の謝罪には実が無いな」


「……すみません。あっと、ええ、……まあ」


「しかし其も意味はあるのであろう。緊張をほぐすといったような」



リーフェ先輩にしてはめずらしくふわふわしたことを。話が重苦しくなったから他でフォローしてくれてんのかねぇ。



「潤滑剤がわりに謝るってのも安い話だってのはわかってるんですけど。口ぐせみたいなもので、つい。で、あのぅ……、つまりはそういうのが『獣僕のお見合い』ってことですか?」



どこぞ魔術師の目にふれるだろう場所へ連れ出して、当人たちの意思とは関係ないところで交渉する、というのが。


ん。むかしのお見合いもそんなもんだったかなぁ。結婚が家同士の問題だった頃は。今だってある程度そういうのはあるよね。家格だとか言ってさ。


そう考えるなら、残る問題は家族として暮らす期間がないってことか。ただ子ども作るだけでおしまいってひどい。もし互いの気があったら、引き離されたあとがまたつらいよね。



「短期間のお見合いだけしかないってことですか」


「互いの獣僕を交換しあったという話は時折り耳にする」


「こうかん?」


「見合いの相手を引き取ってつがいとして手許に置くのだ。その代わりに他の獣僕を差し出す必要はある」


「……ああ……」


「最近聞いたのは獣族タノのつがいだ。女の獣僕の主が譲ったそうな。いずれ一人目の子を引き渡す約束で。男の獣僕の主は王城勤めのため、獣族タノを手放すわけにもいかなかったとか。代わりに獣族ロウの黒毛の男を引き渡したそうだ」



黒毛かあ。先輩んとこのラウさんも黒オオカミさんだよね。ちょっと珍しい毛色だ。うちの赤ヤマネコなテレスさんみたく。


レンハルトの毛並みもややめずらしい。灰色オオカミ通り越して銀灰色オオカミだもんね。獣族ロウは毛が銀色まじりになるもんなんだけど、レンハルトは際立ってキラキラしい。あと瞳の色もかんぜんに金色だ。普通はもうちょっと緑がかっている。


獣族タノ、というのはトラさん。あの手の見栄えのいい獣族さんはおエラいさんウケがいいので、王城勤めの魔術師さんならさもありなん。


しかし、交換、かぁ。


それが妥当なのかな? うーん……。そんな身を切られるようなことしなくちゃいけないなんてハードル高いな……。


アルトの一件でわかっちゃったんだよね。主従の契約を切るなんて、あんなことしたら心臓つぶれる。ムリ。あの守銭奴はなぜか平気みたいだったけども。


きっと魔力での絆が薄かったんだろうな。普通はそういう可能性も考えて獣僕との絆は控え目にしてるのかも。


……あれもこれも破格なことを仕出かしてると余地がなくなるなぁ。


あるべき形式には意味があったりするんだよなー。もー。



そういえばリーフェ先輩はどうなんだろ?


普段着のローブはずるずるした長袖で肌の露出は殆どない。ゆったりした袖口からのぞく手首には幅広のごついブレスレットをはめてるし。旅装もきっちりした長袖だった。


んー……あ! 最初にギルドんとこで小競り合いになったとき、けっこう怒ってたっけ。あの感じだと薄くはなさそうだな。


あっ、それにこのひと、獣族の怪我を優先したせいで婚約者にフラレたんだった。そうだったそうだった。考えるまでもなかったなー。


絆が薄かろうが濃かろうが、思い入れは強いはずだ。


ただ……リーフェ先輩はこの世界の魔術師らしい魔術師として生きているひとだ。それが最良と判断すれば、へたな情に流されることなく、獣僕さんたちの交換もするんじゃないかな。



「先輩んとこのお三方には、お見合い話あったんですか?」


「ああ。ラウにはふたり子がいる」



マジで!? まさに今さっき思い浮かべた黒オオカミのラウさんに!?



「あ、会わせてあげて、ます……?」


「無論だ。交渉相手を選ぶ際には、それも考慮したぞ。あまり遠方では面会に都合が悪いからな。……以前バヌキアを訪れた際も」


「はい」


「同族の女の獣僕であれば、我が獣僕と番となるに相応しい者もおるやも知れぬと思っておったのだ。あの様な体たらくではあったが」



あー……アカンお客と似てたばっかりに怖がられちゃったもんねぇ、先輩。


それにそうか。そういう相手として選んだっていうなら、先輩の世間体的にもまずくないのか。ご親戚一同にも顔向けできるね。だから堂々と引き取りに行ったのかぁ。



「同族を捜すのもけっこう大変そうですよね」



今じゃ珍しい獣族トマのテオドールなんてお相手見つけられるんかなぁ?



「うむ。だからこそ稀少種の主は魔術師協会にまめに顔を出すべきなのだがな。それをせぬのなら、せめて何らかの競技大会に出るなど顔を売るべきであろう」



うわー。競技大会って。チートで荒らしなフラグにしか思えないっす。



「貴様に其れほどの魔力があるというのは実に宝の持ち腐れだな」



嫌そうにしかしないわたしを見て、リーフェ先輩は深々と溜め息を吐いた。


い、一応、魔術師協会さんの方は、いずれ何とかするつもりです。いずれにつもりじゃ何ともならんだろうって突っ込まれそうだから黙っておきますが。


――本日はしょーもない後輩にいろいろ教えてくださってありがとうございました!


当然ながらカフェのお茶代はわたしが持ちました。






さてさて。


先輩のおかげで聞きたいことは聞けました。


えーっと……考えをまとめよう。


つがい――結婚した者同士が一緒に暮らせるよう、他の誰かをよそに出すっていうのは、わたしには無理。いまの契約を切るのは絶対イヤだから。そこは譲れない。


ってことは、奴隷として売られてる女性の獣族さんを買って、あらたにわたしの獣僕さんになってもらわなきゃいけない。


きびしい。


高級外車を買うようなもんだ。


しかも事前に相性があうかどうか試せるわけもないから、本人たちに選んでもらって、彼らの直感を信じて選ぶしかないわけで……。


どうしても合わなかったらそれまでだ。



……っていうか、さ。



そもそも、わたし、誰を結婚させたいんだろう?


なんで結婚?



――そりゃ幸せな人生には幸せな家庭ってイメージがあるからだ。



……でも。


でもなぁ。


でも、さあ……。



レンハルトに結婚したいって言われたらヤダなあ!


もうすっごくいやだなあ!



ううううう……はっきり言って絶対いやだ!



彼が同族の女性といちゃいちゃしてるとこなんて見たら泣いちゃうと思う。



じゃあ、彼は抜きにして、他のひとを?


でも……そばで結婚してお嫁さんと暮らしてるとこを見せつけられたらさ。


レンハルトだって結婚したいって思うんじゃない?



じゃあ、そう思わせないためにも、みんな結婚させない?


他のひとたちは犠牲にして。


トクベツなひとが惑わないように。



……くるってる。



ああ。わたし心を決めなくちゃいけないよね。


主として生きるのか、女として生きるのか。


その決断は主であるわたしにゆだねられているんだから。




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