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『神様を見送る日』  作者: SPACE
第一章 『クルナ・カシュン』

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名誉なこと

お読みいただき、ありがとうございます。

今回も、クルナの物語が続きます。

よろしくお願いいたします。

 帰ると、祖母が食卓で豆の筋を取っていた。


「おかえり。昔のままだったかい?」


「……うん」


 クルナは日記を背中に隠し、祖母の向かいに座った。


「おばあちゃん。御迎え子って、何?」


 祖母は手を止めた。


「どこで、その言葉を聞いたんだい?」


「……メルが、選ばれてたって」


 祖母はクルナを見た。それから、手元の豆を籠に戻した。


「そうだったね」


『知ってたんだ』


「神様に、この村をお守りいただくためにね。選ばれた子が、おそばへ行くんだよ」


「それって、死ぬってこと?」


 祖母はすぐには答えなかった。


「……そうだよ」


「メルは、嫌だったんだよ」


 膝の上で、拳を握った。


「怖いって。死にたくないって思ってたのに。それでも行かなきゃいけなかったの?」


「誰だって、怖いもんさ」


「そうじゃなくて」


 思ったより大きな声が出た。


「行かなくていいって、誰も言ってあげなかったの?」


「……言ってあげたくても、言えないことはあるんだよ」


「どうして?」


「御迎えの子が神様のおそばへ行くことで、この村は守られてきたんだ。畑で作物が育つのも、こうして毎日ご飯を食べられるのもね」


「メルが行かなかったら、食べられなくなるの?」


「私が生まれるより、ずっと前から続いてきたことだよ。勝手にやめて、何かあってからじゃ遅いんだ」


 クルナは膝の上の日記を抱き寄せた。


『メルには、何かあってもいいの?』


「……おばあちゃんも、行ったほうがいいって思ってた?」


 祖母は、取りかけの豆の筋を指に巻きつけたまま黙っていた。


「メルちゃんのお父さんも、お母さんも、つらかったはずだよ」


「メルもつらかったんだよ」


「分かっているよ」


「分かってない」


 椅子を引く音が、台所に響いた。


「クルナ」


 祖母が手を伸ばした。

 いつもなら、その手に背中を撫でてもらうと安心した。


 クルナは日記を抱えたまま、一歩下がった。


「……もういい」


 祖母の顔を見ずに、部屋へ戻った。


 扉を閉めてからも、しばらく取っ手を握っていた。

 台所から、祖母が豆を籠へ入れる音が聞こえた。


『メルも、こんな気持ちだったのかな』


 怖いと話しても、聞きたかった返事はもらえない。

 それでも誰かに聞いてほしくて、メルはこの部屋の窓まで来た。


 クルナは寝床に腰を下ろし、日記を開いた。


〈知らなくてもいいから、聞いてほしい。〉


『私なら、聞いてくれると思ったんだよね』


 文字がにじんだ。目を拭っても、同じ一行から先へ進めなかった。


「行かなくていいよ」


 誰にも聞こえないくらいの声で言った。


「そんなに怖いなら、行かなくていい……」


 あの日、言ってあげたかった。

 何も知らなくても、一緒に考えることくらいはできたはずだった。


 クルナは日記を閉じずに、そっと胸へ抱えた。


      *


 数か月が過ぎた。


 その日、食卓には家族のほかに、村長が座っていた。


「クルナ、こちらにおいで」


 父に呼ばれたが、クルナは台所の入り口で足を止めた。

 母は父の隣に座り、祖母は来客の前に茶を置いていた。


「お話があるんだ」


 村長が、空いている椅子を示した。


 クルナは座らなかった。


「……ここで聞きます」


「そうか」


 村長は私に告げた、


「御迎えの子に選ばれました」


 台所に、器の触れ合う小さな音がした。

 祖母が盆を食卓に置いた音だった。


『メルの、代わりに?』


「御迎えは、あなたが十七歳になる年です。それまでに、祈りや作法を学んでいただきます」


 クルナは父を見た。

 父は唇を結び、それから、うなずいた。


「村のための、大切なお役目だ」


 母の目には涙が浮かんでいた。


「お母さんたちも手伝うから。一つずつ覚えていけばいいのよ」


『覚えられるかなんて、心配してない』


 日記に書かれていた文字が浮かんだ。


 ――二人とも、わたしが死んでも悲しくないのかな。


「……断ることは、できるんですか」


 母が父を見た。

 代わりに答えたのは、村長だった。


「突然のことで、驚いたでしょう。御迎えまでは、まだ五年あります。ゆっくり心の準備を――」


「五年たったら、死ななきゃいけないんですよね」


「クルナ!!」

 父がクルナの名前を呼んだ。


「その言い方はやめなさい」


「だって、そうなんでしょう?」


 母は膝の上で両手を握り合わせていた。


「……断れるか、聞いてるんです」


 誰も答えなかった。


 クルナは祖母へ目を向けた。

 祖母は空になった盆を両手で持ち、黙って立っていた。


『メルも、こうやって聞いたのかな』


 あの日、日記に向かって口にした言葉を、今度は誰かに言ってほしかった。


『行かなくていいって、言ってよ』


 クルナは入り口に立ったまま、返事を待っていた。


 けれど、村長が話し始めたのは、御迎え子の務めについてだった。


 御迎え子は、二十年に一度、十二歳の子供の中から選ばれる。そして五年後、十七歳になると、神様のおそばへ行く。


 選ばれた子が、その日を迎える前に亡くなった場合は、同じ年の子供から代わりを選ぶのだという。


『メルの代わりが、私なんだ』


 クルナは説明を聞いていた。

 断れるのかという問いへの答えは、最後までなかった。


     *


 それから五年間、クルナは祈りの言葉や儀式の作法を教えられた。


 神様の前で恥ずかしくないように。

 村のみんなが、安心して暮らせるように。


 祈りは覚えた。作法も、間違えずにできるようになった。


 でも、死ぬのが怖くなくなる日は来なかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ご感想などいただけると、今後の執筆の励みになります。

次回もお付き合いいただけるとうれしいです。

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