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『神様を見送る日』  作者: SPACE
第一章 『クルナ・カシュン』

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平和な1日

今回から、最初の一人、クルナ・カシュンの物語が始まります。

本を読むのが好きで、人の輪に入るのが苦手な少女。 まずは、彼女が暮らしていた村での一日から。

クルナはいつも一人だった。


 迫害を受けていたわけでも、同世代の子供が周りにいなかったわけでもない。

 村の人々は会えば声をかけてくれたし、幼なじみもいた。しかし、彼女は自分から誰かの輪に入ろうとはしなかった。


 その日も、クルナは窓辺で本を読んでいた。

どうも、祖母の代から代々受け継がれている本で

何度も開いたせいで、頁の端は丸く擦り切れている。


猫に変身する力を持った魔法使いの女の子が、悪い魔女と戦う物語。どこで何が起こるかも、最後にどうなるかも、もう知っていた。それでも読み始めると、好きな場面まで、あと少しだけと読み進めてしまう。


「クルナ、川に行こうよ」


 聞き慣れた声だった。クルナは顔を上げず、次の頁に指をかけた。


「ねえ、クルナってば」


 返事をするまで帰らないつもりらしい。


「……何?」


 顔を上げると、緑の髪をしたエルフの少女が、窓枠に両肘をついていた。髪の間から長い耳がのぞいている。外の日差しが眩しくて、クルナは目を細めた。


「川。一緒に行かない?」


 彼女は幼なじみのメルいつもこうして話しかけてくる。本を読んでいようと、お構いなしだ。

 『なんで私が、あんたなんかと行かなきゃいけないの。』

 そう思ったクルナは一度、本に目を戻した。あと数行で、好きな場面が始まるところだった。けれど、窓の向こうの少女は返事を待っている。

 読みかけの頁に指を挟み、本を閉じた。


「……行かない」


「なんで?」


「見て分からない?私、本を読んでるの。」


「ふーん。でも、それ、いつものやつじゃん。それよりさ!さっき川で、大きい魚を見つけたの。こっちじゃ、あんまり見かけないやつ!」


「だから?」


「一緒に捕まえに行こうよ」


『そんな誘い行くわけない....』

クルナがそう思うのも当然だ、クルナが外に出るのは、週に一度、母親と川へ水を汲みに行くときくらいだった。小柄な身体で、水の入った桶を家まで運ぶ。それだけでも、帰り着く頃には腕が痛くなるのだ。

 そのうえ、川で魚を追い回すなんて。


「捕まえてどうするの」


「食べる!」


「興味ないし、もう行って」


 クルナは本を開き直した。


「……分かったよ」


 メルは唇を尖らせ、窓枠から手を離した。


「みんな、行こ」


 その声に、木の陰から数人の子供たちが顔を出した。


「クルナは?」


「来ないって」


 メルは短く答えると、子供たちと川のほうへ駆けていった。遠ざかる足音に、魚がどうとか、網がどうとかいう声が混じっていた。


「はぁ……」

 クルナは開いた本を机に置き、天井を見上げた。


 『メルは、なんでいつも私に話しかけてくるんだろう。』


 ずっと疑問だった。何度断っても、次の日にはまた窓の外にいる。今日だって、ほかに遊ぶ相手はいた。それなら最初から、その子たちだけと行けばいいのに。


 外から、メルの笑い声がかすかに聞こえた。


 少なくとも、クルナには、断られてまで誰かを誘いに行く気持ちは分からなかった。


 そんなことを考えているうちに、あくびが漏れた。  机の上の本に目を戻したが、同じ行を二度読んでも、内容が頭に入ってこない。


 窓から入る風が、頬を撫でた。クルナは椅子の背にもたれ、少しだけ目を閉じた。


    *


何時間経っただろうか、さっきまで明るかった外はもう暗い、母親の甲高い声が遠くから呼びかけているのが聞こえる


「クルナ、ご飯できてるわよー! 早く起きなさーい!」


 母親の声はよく通る。寝ていても、家のどこにいても、お構いなしに耳へ届く。


「……起きてる」


 返事はかすれて、自分にしか聞こえなかった。


 クルナは目をこすり、身体を起こした。首の後ろが痛い。横を向いて眠っていたらしく、伸ばそうとすると、ますます痛んだ。


「クルナー?」


「今行く!」


 返事をし直ぐに台所へ向かった。


 食卓には父と祖母が座っていた。母は鍋からスープをよそいながら、入ってきたクルナを見た。


「また本を読んだまま寝てたの?」


「……うん」


「首、痛くなるわよ」


「もう痛い」


 父が小さく笑った。クルナは首の後ろをさすりながら、空いている椅子に座った。目の前に置かれた器から、温かな湯気が上がっていた。


「そういえば、今日メルちゃんたち、来てただろ?」


 そう切り出したのは父だった。村で畑を耕している父の手は、洗っても爪の間に土が残っている。その手でパンをちぎりながら、クルナの返事を待っていた。


「来たけど」


「川に行かなかったのか?」


「うん。本、読んでたから」


「そっか。畑の横を通っていったから、お前も一緒かと思ったんだけどな」


 父はちぎったパンを口に運んだ。


「そんなわけないでしょ! 私は行かないって、いつも言ってるじゃん」


 父の手が、パンを持ったまま止まった。


「そう怒るなよ。聞いただけだろ」


「別に怒ってない」


 クルナはスープをすくった。口に入れるにはまだ熱く、匙を器に戻す。


「メルちゃんも、一緒に遊びたかったんでしょう」


 母が言った。


「私は本を読んでたかったの」


「それは分かるけど、言い方ってものがあるでしょう」


「……お母さん、見てたの?」


「いいえ。今のお父さんへの言い方を聞いてるの」


「まあまあ、いいんだよ、シルカ」


 父が間に入った。


「クルナ、お母さんはお前を心配してるだけなんだ」


「分かってる……」


 クルナはスープに息を吹きかけた。これ以上、何か言えば、また言い方を注意される。


「それで、今日は何を読んでいたんだい?」


 それまで黙って食べていた祖母が尋ねた。


「……猫になる魔法使いの本」


「ああ、あれかい」


 祖母はパンを置き、目を細めた。


「どこまで読んだ?」


「もう何回も、最後まで読んでるよ」


「そうじゃなくて、今日の話さ」


「……魔女のお城に忍び込むところ。猫になって、台所の窓から入るの」


「ああ。クルナは、そこが好きだったね」


「うん。誰にも気づかれないで、料理をつまみ食いするところ」


「そうかい」


 祖母が笑うと、クルナの口元も少し緩んだ。


「だって、魔女のご飯だよ。変なものが入ってるかもしれないのに、食べちゃうんだもん」


「猫になっても、食いしん坊は変わらないんだねえ」


「違うよ。朝から何も食べてなかったんだよ。お城に着くまで、ずっと森を歩いてたから」


「それじゃあね、我慢できないね」


「でもね、食べてる途中で料理番が戻ってくるの」


 クルナは匙を置いた。


「逃げればいいのに、お魚をくわえようとするんだよ。それが重くて、お皿ごと落としちゃうの」


「おやおや」


「それで、料理番に追いかけられるんだけど――」


 そこまで話して、クルナは祖母の顔を見た。


「……おばあちゃんも、知ってるでしょ」


「知ってるよ。でも、 クルナが覚えてるところと、私が覚えてるところは違うからね」


 クルナは少し考えてから、食卓のパンを一つ取った。


「じゃあ、廊下に逃げたところからね」


 パンをちぎっては話し、祖母が相づちを打つ間にスープを飲んだ。ときどき話す順番を間違えて、「あ、その前にね」と戻るたび、祖母は「うんうん」と耳を傾けた。


 気づけば器は空になっていたが、クルナの話はまだ続いていた。


こうして夜は深くなっていく

お読みいただき、ありがとうございます。

メルにはそっけないクルナですが、好きな本の話になると、なかなか止まらないようです。 家族との食卓で、彼女の違う一面が伝わっていたらうれしいです。

次回も、クルナの物語にお付き合いください。

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