↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『神様を見送る日』  作者: SPACE
プロローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/6

『神様を見送る日』

異世界へ旅立つ人がいる。 その人を見送る神がいる。

これは、召喚する側から見る物語です。

『神様を見送る日』


序章


「おめでとうございます。あなたは選ばれました」


 白い部屋だった。

 窓はない。扉もない。

 中央に机が一つ。その向こうに、白い服を着た、白髪交じりの中年の男が座っていた。


 男は机の上に広げた紙と、目の前に立つ青年の顔を交互に見た。


「ヤマダ・タロウさん。お間違いありませんね」


「はい……」


「結構。では、あなたにはこれから、元いた世界とは別の、剣と魔法の世界へ行っていただきます」


「え――」


 太郎が口を開きかけたが、男はよどみなく続けた。


「心配はいりません。向こうの言語は読み書きも含めて扱えるようになりますし、身体についても、現地で生活するうえで不自由がないよう調整します。それから、特別な力を一つ――」


 そこで言葉が止まった。


 男は紙を見つめたまま、口を閉じていた。


「……一つ?」


 太郎が促すと、男は深く息を吐き、天井を仰いだ 。


「ああ。もういいか」


 机にあった紙を裏返す。


「すみません。今の話、なしで」


「なし?」


「私が行きます」


 ···白い部屋に、短い沈黙が落ちた。


「どこへですか」


「剣と魔法の世界へ」


「あなたが?」


「はい」


 男は机の向こうから歩み出た。

 一歩進むと、白い衣の裾がほどけた。

 ほどけた布は床に落ちず、色を変え、厚手の上着へと織り直されていく。裸足だった足が、革の靴に覆われた。


 男は片足を持ち上げ、足首をゆっくり回した。


「……歩きにくいですね、これ」


「何をしているんですか」


「支度です。向こうでは石を踏むと痛いそうなので」


 男は靴の先で、白い床を軽くたたいた。


「行き先は決めていたんです。ただ、なかなか決心がつかなくて」


 太郎は一歩近づいた。男が顔を上げるより先に、問いかけた。


「待ってください。そもそも、あなたは何者なんですか? ここはどこなんですか?」


「神です」


 男は自分の胸を指した。


「まあ、正確には、異なる世界から人を呼び寄せて、別の世界へ送り出す役職です。ここは、そのための場所。あなたのいた世界にも、これから行く世界にも属していません」


 太郎は部屋を見回した。

 白い壁に視線を巡らせ、再び男を見た。


「その神が、なぜ自分で行くんですか」


「飽きたので」


「……飽きた」


「ええ。人を選んで、事情を説明して、力を渡して、見送る。ずっとそれです」


 男は太郎の後ろへ視線を向けた。

 何もなかったはずの壁に、扉が現れていた。

 古びた木の扉だった。下の隙間から、白い部屋にはなかった暖かな光が漏れている。


「向こうに、パン屋があるんです」

 男が言った。


「市場の通りに小さな窯があって。前に送った人が、よくそこで買っていました」


「見えるんですか」


「必要があれば。でも、匂いも味も分かりません。その人は、焼きたてを食べるたびに同じことを言うんです。うまい、って」


 男は扉を見つめたまま、少し笑った。


「一度くらい、自分で確かめたいでしょう」


 革靴が床を鳴らした。

 男は扉の前まで歩き、取っ手へ手を伸ばした。


「今度は私が主人公をやります」


「俺はどうなるんですか」


 男の手が止まった。


「ああ。それなんですが」


 男は机の向こうへ戻り、自分が座っていた椅子を引いた。


「後任をお願いしたいんです」


 そう言って、空いた座面を手で示した。

 太郎は机を挟んだ向かい側に立ったまま、男を見た。


「引き受けるとは言っていません」


 男は差し出していた手を引っ込めた。


「……そうですね。順番が逆でした」


 椅子を机の下へ戻し、太郎に向き直る。


「まず、仕事内容を説明します。それを聞いてから、引き受けるか決めてください」

「断ったら?」

「別の人を探します。あなたも、当初の予定どおり異世界へお送りします」


 太郎は椅子から男へと目を戻した。

「それなら、どうぞ」

     *


 男が机に手をかざすと、薄い帳面が現れた。

 表紙を開く。

 最初の頁に人の名前が浮かび、その下を、小さな文字が次々と埋めていった。


「候補者の記録です。どこで暮らして、何をしてきたか。送り先を決める前に、必ず読んでください」


「本人に聞けばいいのでは」


「聞くことも必要です。ただ、自分のことを全部話してくれるとは限りません」


 男は帳面を太郎のほうへ向け、頁の端に触れた。

 文字が消え、今度は地図が現れた。


「送り先はこちらで確認できます。それから、送り方は大きく二つ。転生と転移です」


「違いは?」


「転生は、その世界の命として生まれ直すこと。転移は、今の身体のまま世界を移ることです」


「どちらにするかも、俺が?」


「ええ。慣れれば、記録を読むだけで判断できます。判断に迷うようなら、本人に聞いても構いません」


 太郎は振り返り、背後の扉を見た。


「最初、俺にはどちらを?」


「転生です。説明が済んだら、あの扉から出てもらう予定でした」


「あなたも、そこから?」


「ええ」


 男が頁をめくると、地図の代わりに、いくつもの項目が並んだ。


「渡せる力は、世界と本人によって違います。細かな手順は、この帳面で確認できます。慣れるまでは、一つずつ確かめてください」


「あなたと同じように、人を呼んで、送り出す」


「ええ」


「その後は?」


「見届けることはできます」


「助けることは」


 男の指が、頁の上で止まった。


「一人につき、三回までなら」


「三回……」


「何ができるかは、この帳面で確認してください。使うかどうかも、いつ使うかも、あなたが決めることです」


 太郎は、開かれた帳面に視線を落としていた。

 男は続きを待った。

 扉の下から差し込む光が、太郎の足元まで細く伸びていた。

 やがて太郎が口を開いた。


「最初の人を呼ぶところまで、ここにいてください」


「それは、引き受けるということで?」


「……はい。ただ、最初の一人は一緒にお願いします」


「……分かりました」


 男は机の脇へ退いた。

 太郎は机を回り込み、椅子を引いて腰を下ろした。

 帳面を自分のほうへ向け直す。

 開いた頁から文字が消えた。

 白紙に戻ったその上に、新しい名前が浮かび上がった。


―― クルナ・カシュン ――

お読みいただき、ありがとうございます。


次回から、最初に召喚される人物の物語が始まります。 どんな人生を歩んできた人が、太郎いや、神の前に立つのか。引き続きお付き合いいただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。