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婚約破棄を告げた王太子は、泣きそうな顔で私に微笑んだ  作者: なごやかたろう


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7/20

第七話 婚約者の知らない時間

 卒業まで、あと三週間。

 王立学園は、少しずつ卒業の日へ向けた空気に変わっていた。

 廊下には卒業パーティーの案内が掲示され、生徒たちは卒業後の進路や将来について語り合っている。

 私も、本来なら友人たちとそんな話をしていたはずだった。

 けれど――。

 私の頭の中にあるのは、いつも一つ。

 レオンのことだった。


     ◇


「エレオノーラ様」


 昼休み。

 友人が私の隣に腰を下ろした。


「卒業パーティーのドレス、もう決めました?」

「まだよ」

「まあ。早く決めたほうがいいですよ」

「そうね」


 私は曖昧に笑った。

 卒業パーティー。

 少し前までは、楽しみで仕方がなかった。

 レオンが私をエスコートしてくれる。

 その姿を想像するだけで、胸が温かくなった。

 けれど今は。

 本当に来てくれるのかさえ分からない。


「王太子殿下がエレオノーラ様をエスコートされるのでしょう?」

「……その予定だったわ」

「予定だった?」

「まだ、何も聞いていないの」


 友人が不思議そうな顔をする。


「でも、お二人は婚約者でしょう?」

「そうね」


 私はそれ以上答えられなかった。


     ◇


 放課後。

 私は図書室へ向かった。

 少しでもレオンのことを考えない時間が欲しかった。

 けれど。

 静かな図書室に入った瞬間、机の上に見覚えのあるものが置かれているのに気づいた。

 一枚の紙。

 そこには王家の紋章が押されている。


「……?」


 私は近づいた。

 けれど、それを読む前に司書が慌ててやってきた。


「エレオノーラ様、それは――」

「これは?」

「申し訳ありません。まだ公開されていない書類です」


 司書は慌てて紙を回収した。


「王宮から届いたものなのですが、学園には関係のないものですので」

「そうですか」


 私は頷いた。

 けれど。

 その紙に書かれていた一文だけが、目に残っていた。

『王家の血を継ぐ者のみが――』

 その先は見えなかった。


「……王家の血?」


 私が呟くと、司書は一瞬だけ固まった。


「いえ。何でもありません」


 明らかに様子がおかしい。

 けれど、問い詰めることはできなかった。

 王家の秘密に関わることなら、なおさらだ。


     ◇


 その夜。

 私は父に尋ねた。


「お父様。王家には、王族にしか扱えない特殊な術があるのでしょうか?」


 父は本を閉じた。


「どうしてそんなことを聞く?」

「今日、学園で少し気になるものを見たのです」

「……そうか」


 父はしばらく考えた。


「王家には、代々受け継がれている秘術がいくつかある」

「秘術……」

「ああ」

「どんなものなのですか?」

「それは私にも詳しくは分からない」


 父はそれ以上話さなかった。


「ただ、エレオノーラ」

「はい」

「王家の秘術については、決して他人に尋ねないほうがいい」

「……分かりました」


 私は頷いた。

 けれど。

 余計に気になってしまった。


     ◇


 数日後。

 私は王宮からの帰りと思われる馬車を、学園の窓から見つめていた。

 あの女性が乗っている。

 最近では、彼女が王宮にいることも珍しくなくなった。

 そして、その女性の姿を見るたびに、私は思ってしまう。

 レオンは今、何をしているのだろう。

 何を教わっているのだろう。

 どうして私には何も話してくれないのだろう。

 そんな疑問が積み重なっていく。


     ◇


 その頃。

 王宮の地下深く。

 人の気配がほとんどない、古い石造りの部屋。

 レオンは一人、巨大な魔法陣の前に立っていた。


「……もう一度」


 向かいに立つ女性が告げる。


「集中してください」

「ああ」


 レオンが手を掲げる。

 魔力が流れる。

 魔法陣が淡く輝く。

 しかし――。

 次の瞬間。

 魔法陣の一部が崩れた。


「っ……!」


 レオンが膝をつく。


「殿下!」

「大丈夫だ」


 女性が駆け寄る。


「まだ、身体が術式に馴染んでいません」

「分かっている」


 レオンは息を整えた。


「もう一度やる」

「今日はここまでにしてください」

「駄目だ」


 レオンは立ち上がる。


「時間がない」


 女性は黙った。


「殿下……」

「俺には、時間がないんだ」


 レオンは魔法陣を見つめた。

 その目には、決意が宿っていた。


「だから、間に合わせる」


     ◇


 その日の夜。

 私は机の前に座り、卒業パーティーの案内状を眺めていた。

 あと三週間。

 レオンは言った。

『卒業パーティーの日まで、俺を待っていてくれ』

 だから待つ。

 今は、それしかできない。


 私は引き出しから、一枚の紙を取り出した。

 そこには、レオンへの手紙を書きかけていた。

『レオンへ』

 そこから先が書けない。

 私はペンを置いた。


「……ちゃんと話をしたい」


 ただ、それだけだった。

 責めたいわけではない。

 疑いたいわけでもない。

 ただ。

 もう一度、昔のように笑って話したい。

 それだけ。

 私は手紙を大切にしまった。

 そして、窓の外を見る。

 王宮の明かりは、今夜も消えない。

 その中でレオンが何をしているのか。

 私には分からない。

 けれど。

 その知らない時間が、少しずつ私たちの距離を広げていることだけは、はっきりと感じていた。

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