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婚約破棄を告げた王太子は、泣きそうな顔で私に微笑んだ  作者: なごやかたろう


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6/20

第六話 すれ違う二人

 卒業まで、残り一か月。

 学園では卒業試験や卒業パーティーの準備が始まり、最終学年の生徒たちは慌ただしい日々を送っていた。

 けれど、私にとっては少しも浮き立つ時期ではなかった。

 レオンとは、ほとんど話をしていない。

 廊下ですれ違っても、挨拶だけ。

 以前のように二人で過ごす時間は、もうない。

 それでも私は、レオンを嫌いにはなれなかった。

 むしろ。

 会えない時間が増えるほど、彼のことばかり考えてしまう。


「エレノア」


 昼休み。

 友人が心配そうに私を見つめていた。


「最近、少し痩せたんじゃない?」

「そうかしら」

「ちゃんと食べてる?」

「ええ。大丈夫よ」


 笑ってみせる。


「それならいいけど……」


 友人はまだ心配そうだった。


「王太子殿下のこと?」

「……」


 私は答えなかった。

 それだけで、友人には十分だったらしい。


「殿下と何かあったの?」

「私にも分からないの」

「分からない?」

「ええ」


 私は小さく息を吐いた。


「何度聞いても、何も教えてくれないの」

「でも、殿下はエレノア様を嫌っているようには見えないわ」

「どうして?」

「だって……」


 友人は少し考えてから言った。


「殿下がエレノア様を見る時の顔が、そんな感じじゃないもの」

「……私も、そう思う」


 そう。

 だからこそ分からない。

 冷たい言葉を向けられる。

 避けられる。

 なのに、その瞳だけはいつも悲しそうだった。

 まるで――。

 私を遠ざけることを、レオン自身が苦しんでいるように。


     ◇


 その日の放課後。

 私は一人で教室に残っていた。

 机の上には、卒業パーティーの案内状。

 王太子であるレオンハルト殿下が、私をエスコートする。

 それが例年通りなら当然のことだった。

 婚約者なのだから。

 けれど。

 今の私には、その約束が本当に守られるのかさえ分からない。

 案内状を閉じようとした、その時だった。


「エレオノーラ嬢」


 声がした。

 顔を上げる。

 教室の入口に、レオンが立っていた。


「……殿下」


 久しぶりに、二人きりで顔を合わせた。

 胸が高鳴る。


「少し時間をもらえるか」

「はい」


 レオンが教室に入ってくる。

 けれど、以前のように私の隣には座らない。

 少し離れた場所で立ち止まった。


「卒業パーティーのことだ」

「……はい」


 嫌な予感がした。


「俺は――」


 レオンが言葉を止める。


「殿下?」

「……いや」


 彼は一度目を閉じた。


「まだ、言えない」

「何をですか?」

「今は聞かないでくれ」


 私は唇を噛んだ。


「また、それですか」

「……すまない」

「殿下は、ずっとそればかりです」


 自分でも驚くほど、声が震えた。


「何も教えてくれない」

「……」

「会うことも許してくれない」

「……」

「それなのに、私を見れば悲しそうな顔をする」


 レオンの表情が揺れた。


「私はどうすればいいのですか?」

「エレオノーラ……」

「私が何かしたのなら、教えてください」

「違う」

「では、どうして?」


 レオンは答えなかった。

 私はとうとう、ずっと胸の奥に溜めていた言葉を口にした。


「私のことが、嫌いになったのですか?」

「違う!」


 初めて。

 レオンが強い声を出した。

 私は驚いて顔を上げる。

 レオンも、自分の声に驚いたようだった。


「……違う」


 今度は静かな声。


「君が悪いわけじゃない」

「なら……」

「それ以上は聞かないでくれ」

「どうしてですか?」

「……」


 レオンは苦しそうに目を伏せた。


「今の俺には、言えない」


 まただ。

 また、何も教えてくれない。


「……分かりました」


 私は笑った。

 うまく笑えているかは分からない。


「もう、聞きません」

「エレノア……」

「卒業パーティーのことも、分かりました」

「違う。そういう意味では――」

「失礼いたします、殿下」


 私は頭を下げた。

 そして、レオンの横を通り過ぎた。

 教室を出る。

 扉を閉める直前。

 背後から、小さな声が聞こえた。


「……愛している」


 私は振り返った。

 けれど。

 扉はすでに閉まっていた。


「……え?」


 聞き間違いだったのだろうか。

 私はしばらく、その扉を見つめていた。


     ◇


 教室に残されたレオンは、机に手をついた。


「……言ってしまった」


 誰もいないと思っていた。

 だが。


「殿下」


 入口に、あの女性が立っていた。


「……聞いていたのか」

「はい」

「そうか」


 レオンは苦笑した。


「なら、なおさら誰にも言わないでくれ」

「もちろんです」


 女性は静かに頷いた。


「ですが、殿下」

「なんだ?」

「本当に、あの方を遠ざけるおつもりですか?」


 レオンは答えなかった。

 しばらくして、窓の外を見る。

 そこには、先ほど教室を出ていったエレノアの姿があった。

 彼女は俯いたまま、一人で廊下を歩いている。


「……俺が帰れなかった時のためだ」

「それでも?」

「ああ」


 レオンは目を閉じた。


「俺が戻れば、全部話す」

「戻れたなら、ですね」

「……ああ」


 その言葉だけが、重く残った。


     ◇


 私は自分の部屋に戻ってからも、あの声が頭から離れなかった。


『愛している』


 本当に、レオンはそう言ったのだろうか。

 もしそうなら。

 なぜ私を遠ざけるの?

 なぜ何も教えてくれないの?

 なぜ、あの女性がずっとあなたの側にいるの?

 分からない。

 分からないことばかりだった。

 けれど、私は一つだけ決めた。

 レオンが何かを隠しているのなら。

 その理由を、いつか必ず知りたい。

 そして――。

 卒業パーティーの日。

 レオンが「必ず伝える」と言った、その言葉を信じよう。

 私はそう自分に言い聞かせた。

 けれど。

 卒業パーティーまで、残された時間はもう一か月もなかった。

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