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婚約破棄を告げた王太子は、泣きそうな顔で私に微笑んだ  作者: なごやかたろう


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2/20

第二話 突然変わった婚約者

 レオンと卒業パーティーの約束をしてから、三週間ほどが過ぎた。

 春の終わりを告げる風が、王都を穏やかに吹き抜けている。

 王立学園では卒業試験の話題が増え、私たち最終学年の生徒たちは、残り少ない学園生活を惜しみながら日々を過ごしていた。

 私は今日も、いつものように授業を終えた。

 教室を出ようとした、その時だった。


「エレノア」


 聞き慣れた声に振り返る。


「レオン」


 そこには、王太子レオンハルト・アストリアが立っていた。

 私は自然と笑顔になる。

 いつものように、レオンが私を迎えに来てくれた。

 そう思った。

 けれど――。


「……少し、話がある」


 レオンは笑っていなかった。


「どうしたのですか?」

「王宮から、急な命を受けた」

「王宮から?」

「ああ」


 レオンは周囲を確認するように廊下を見渡した。


「ここでは話せない」


 いつものレオンとは違う。

 私は胸騒ぎを覚えた。


「何か、大変なことがあったのですか?」

「……そういうわけではない」


 ほんの一瞬。

 レオンの瞳が揺れた。


「ただ、しばらく王宮でやらなければならないことがある」

「どれくらいですか?」

「分からない」

「では、明日は?」

「それも……分からない」


 私は黙り込んだ。

 昨日までなら、こんなことはなかった。

 明日の予定を聞けば、レオンはいつも笑って答えてくれた。

 けれど今日は違う。


「レオン」

「なんだ?」

「私に話せないことなのですか?」

「ああ」


 即答だった。

 その言葉が、胸に刺さる。


「……婚約者の私にも?」


 レオンは答えなかった。

 しばらく沈黙したあと、低い声で言った。


「エレノア」

「はい」

「しばらく、俺に会いに来ないでくれ」

「……え?」


 思わず聞き返した。


「どうしてですか?」

「今は、俺自身にも余裕がない」

「それなら、私は邪魔をしないようにします。少し顔を見るだけでも――」

「駄目だ」


 強い声だった。

 私は言葉を失った。

 レオンが、こんな声を出すのを聞いたことがない。


「……分かりました」


 ようやく、それだけを口にした。


「お仕事、頑張ってください」

「ああ」


 レオンは短く答える。

 そして私の横を通り過ぎていった。

 私は、その背中を見つめた。

 いつもなら。

 別れ際には必ず振り返ってくれる。

 けれど今日は、振り返らなかった。


「……レオン」


 小さく呼んだ。

 届いたかどうかは分からない。

 そのまま彼の姿は廊下の向こうへ消えていった。


     ◇


 それから数日。

 レオンは学園に来なくなった。

 王太子なのだから、学園を休むこと自体は珍しくない。

 けれど、これまではどれほど忙しくても、短い時間を見つけて私に会いに来てくれた。

 それが、なくなった。

 手紙も来ない。

 使いの者からの伝言もない。

 私は何度も王宮へ手紙を書こうとした。

 けれど、書き始めるたびに筆が止まった。

 何を書けばいいのだろう。

 なぜ会えないのか。

 何があったのか。

 聞きたいことはたくさんある。

 けれど、レオンが話せないと言ったことを無理に聞くのもためらわれた。


「エレノア様」


 昼休み。

 友人が心配そうに声をかけてきた。


「最近、王太子殿下と何かあったのですか?」

「……どうして?」

「だって、以前は毎日のようにご一緒だったでしょう?」

「そうね」


 私は笑おうとした。


「少し、お忙しいだけよ」

「そうですか?」

「ええ」


 嘘だった。

 でも、自分でも何が起きているのか分からないのだ。

 答えようがなかった。

 その日の放課後。

 私は一人で学園の中庭にいた。

 以前、レオンと二人でよく話をした場所。

 花壇の前にあるベンチに腰を下ろす。

 風に揺れる花を眺めながら、私は小さく息を吐いた。


「……どうして?」


 何度考えても分からない。

 私が何かしたのだろうか。

 気づかないうちに、レオンを傷つけてしまったのだろうか。

 けれど。

 最後に見たレオンの顔が、頭から離れない。

 あんなに冷たい言葉を口にしたのに。

 あの時の瞳は――。

 とても悲しそうだった。

 まるで、私よりもレオン自身のほうが泣きそうな顔をしていた。


「……レオン」


 私は胸元で両手を握った。

 その時だった。


「エレノア様、ご存じですか?」


 友人が駆け寄ってきた。


「何を?」

「王宮に、最近見慣れない女性が出入りしているそうです」

「女性?」

「ええ。かなり身分の高い方なのではないかって」

「どうして?」

「それが、王宮の騎士たちがその女性を特別扱いしているらしいんです」


 私は黙った。


「どんな方なの?」

「そこまでは分からないそうです」


 友人は首を傾げた。


「ただ、王太子殿下の周囲で見かけることが増えたとか」

「……そう」


 胸の奥が、またざわついた。

 けれど私は、それ以上尋ねなかった。

 まだ何も分からない。

 ただ一つ分かっているのは――。

 レオンの身に、私には知らされていない何かが起きているということだけ。


     ◇


 その夜。

 私は自室の窓辺に立ち、王宮を眺めていた。

 遠くに見える王宮には、いくつもの明かりが灯っている。

 あの中に、レオンがいる。

 けれど今の私には、その姿を見ることすらできない。

 ほんの少し前まで。

 卒業パーティーでは私を迎えに来ると約束してくれた。

 卒業したら二人で旅行をしようと話してくれた。

 結婚した後の未来まで、笑いながら語っていた。

 それなのに。

 どうして突然、こんなにも遠くなってしまったのだろう。

 私は窓に手を添えた。


「……レオン」


 返事はない。

 当然だ。

 ここに彼はいない。

 それでも私は、王宮の明かりを見つめ続けた。

 いつかきっと、理由を教えてくれる。

 そう信じるしかなかった。


 けれど――。

 この時の私はまだ知らなかった。

 レオンが私から距離を取るその理由を。

 私が知ることになる真実を。

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