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婚約破棄を告げた王太子は、泣きそうな顔で私に微笑んだ  作者: なごやかたろう


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第一話 私の婚約者は、世界で一番優しい人

 春の陽射しが、王立学園の中庭を柔らかく照らしていた。

 花壇には色とりどりの花が咲き、風が吹くたびに淡い花びらが舞っている。

 そんな穏やかな昼下がり。


「エレノア」


 背後から聞き慣れた声がした。

 振り返る。

 そこに立っていたのは、金色の髪を風になびかせた青年だった。


「レオン」


 思わず笑みがこぼれる。

 レオンハルト・アストリア。

 アストリア王国の王太子。

 そして――私の婚約者。


「またここにいたのか」

「ええ。少し風に当たりたくて」

「探したぞ」

「私を?」

「他に誰がいる?」


 そう言って、レオンは笑った。

 王太子として人前に立つときの彼は、誰もが憧れるほど凛々しい。

 けれど、私と二人きりになると昔から変わらない。

 少しだけ意地悪で。

 それでいて、とても優しい。


「今日は午後の授業が終わったら、生徒会の仕事があるのでは?」

「ある」

「では、どうしてここへ?」

「エレノアを迎えに来た」

「……私を?」

「ああ」


 レオンは当然のように答えた。


「今日の放課後は時間が取れそうだから、一緒に帰ろうと思ってな」

「それだけですか?」

「それだけとは?」

「わざわざ王太子殿下が、侯爵令嬢を迎えに来るなんて」


 少しからかうように言うと、レオンは眉を寄せた。


「エレノア」

「はい」

「俺が君に会いに来るのに、理由が必要なのか?」

「……ありませんね」

「だろう?」


 そう言って笑う。

 私はそんな彼を見て、また笑ってしまった。

 こういうところが好きなのだ。

 身分も立場も関係なく、私を一人の人間として見てくれるところが。


「それに」


 レオンが少しだけ声を落とした。


「もうすぐ卒業だからな」

「……そうですね」


 私は花壇へ視線を戻した。

 私たちは王立学園の最終学年。

 長かった学園生活も、あと少しで終わる。

 卒業すれば、私たちを待っているのは結婚だ。

 婚約したのは、まだ私たちが幼かった頃。

 もちろん、最初から恋をしていたわけではない。

 けれど、気がつけば隣にいるのが当たり前になっていた。

 一緒に遊び。

 一緒に学び。

 時には喧嘩をして。

 それでも、いつの間にか仲直りをしていた。

 そしていつしか、私は彼を心から愛するようになった。

 レオンも同じ気持ちだと、私は知っている。


「エレノア」

「はい?」

「卒業したら、王都を少し離れてみないか?」

「旅行ですか?」

「ああ。二人で」

「王太子殿下が、そんなに長く王都を離れて大丈夫なのですか?」

「父上に頼んでみる」

「陛下がお許しになるでしょうか」

「たぶん無理だな」

「まあ」


 思わず笑ってしまう。

 レオンも笑った。


「だが、一日くらいなら許してくれるだろう」

「一日だけですか?」

「それ以上は、俺が王太子であることを忘れそうだからな」

「ふふっ」

「何がおかしい?」

「レオンがそんなことを言うなんて」

「俺だって普通の男なんだぞ」


 そう言って、レオンは少し照れたように顔を背けた。

 その横顔を眺めながら、私は胸が温かくなるのを感じた。

 きっと、これからもこうなのだ。

 卒業して。

 結婚して。

 夫婦になって。

 いつか子供が生まれて。

 年を重ねても、こうして隣にいる。

 そんな未来を、私は疑っていなかった。


「エレノア」

「はい?」

「結婚したら、俺のことを今まで通りレオンと呼んでくれ」

「今まで通りですか?」

「ああ」

「では、レオンも私をエレノアと呼んでくださいね」

「もちろんだ」


 レオンが笑う。

 その笑顔を見つめながら、私は思った。

 私はきっと、世界で一番幸せな婚約者だ。

 王太子レオンハルト・アストリア。

 誰もが憧れる、この国の次代の王。

 そんな人が、私のことを見つけると嬉しそうに笑ってくれる。

 そして私も、彼が大好きだった。


「そうだ」


 レオンが何かを思い出したように言った。


「卒業パーティーのことだが」

「はい」

「俺が迎えに行く」

「……本当ですか?」

「ああ。誰にも譲るつもりはない」


 少しだけ得意げな顔。

 私は思わず笑った。


「では、楽しみにしています」

「ああ。俺も楽しみにしている」


 レオンが差し出した手に、私はそっと自分の手を重ねた。

 暖かい。

 この手を、これからもずっと握っていられる。

 そう思っていた。

 この時の私はまだ知らなかった。

 この数週間後。

 私たちの未来を、大きく変える一人の女性が王都へ現れることを。

 そして――。

 私の大切な婚約者が、私に冷たい言葉を投げるようになることを。

 それでも。

 その瞳だけは、いつも泣きそうなほど悲しそうだったことを。

 私は、まだ何も知らなかった。

最後まで、毎日2話投稿です。

よろしくお願いいたします。

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