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婚約破棄を告げた王太子は、泣きそうな顔で私に微笑んだ  作者: なごやかたろう


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第十九話 王太子の帰還

 邪龍の再封印から、三か月が過ぎた。

 王都には、少しずつ日常が戻り始めていた。

 北方から流れ込んでいた魔物の数も減少している。

 各地から届く報告も、日に日に明るいものへ変わっていた。

 王国は救われた。

 誰もがそう思い始めていた。

 けれど。

 私は、まだ安心できずにいた。

 レオンが帰ってきていないから。


「エレノア様」


 侍女が窓辺にいる私へ声をかける。


「本日の王宮からの報告が届いております」

「……レオンのこと?」

「はい」


 私はすぐに振り返った。


「何と?」

「北方の砦を出発されたそうです」

「……!」


 胸が大きく跳ねた。


「帰ってくるの?」

「はい。王都へ向かっているとのことです」

「いつ頃?」

「早ければ、一週間後には到着されるかと」

「一週間……」


 私は思わず胸元を押さえた。

 ようやく。

 本当に、帰ってくる。


「エレノア」


 後ろから兄の声がした。


「お兄様」

「聞いたか?」

「はい」

「なら、一週間後には王都へ迎えに行くことになるだろう」

「……迎えに」


 その言葉を聞いただけで、胸がいっぱいになった。

 でも。

 同時に、ひとつ気になることがあった。


「お兄様」

「何だ?」

「レオンは……大きな怪我をしたと聞きました」

「ああ」

「どんな怪我なのか、詳しくは?」

「王宮からは、詳しいことは知らされていない」


 私は俯いた。

 邪龍を封印した。

 その代償が小さくなかったことだけは分かっている。


「……会えば分かりますよね」

「ああ」


 兄が優しく笑った。


「本人から聞けばいい」

「そうですね」


 私は頷いた。

 そして。

 その日を待った。


     ◇


 一週間後の昼過ぎ。

 王都の大通りには、多くの人々が集まっていた。

 王太子の帰還。

 邪龍を再封印した英雄の帰還。

 誰もがその姿を一目見ようとしている。

 私も兄とともに、王宮へ続く道の脇に立っていた。


「……来た」


 遠くから、騎士たちの姿が見える。

 歓声が上がる。


「王太子殿下だ!」

「殿下、お帰りなさい!」


 騎士たちが進んでくる。

 その中央に。

 レオンがいた。


「……レオン」


 思わず名前が漏れる。

 少し痩せたように見えた。

 顔にも疲労が残っている。

 それでも。

 確かに、レオンだった。

 私は一歩前へ出ようとした。


 けれど。

 レオンの姿を見て、足が止まる。

 彼は。

 左腕を失っていた。

 服の左袖は、肩のところからなくなっている。

 その事実を理解するまで、少し時間がかかった。


「……そんな」


 声が震える。

 レオンがこちらを見た。

 目が合う。

 一瞬。

 彼の瞳が大きく見開かれた。

 そして。

 あの日と同じ。

 泣きそうな顔で。

 レオンは私に微笑んだ。

 胸が締めつけられる。

 涙が溢れそうになる。

 けれど。

 私は泣かなかった。


 今は。

 彼が帰ってきたことを喜びたかった。

 レオンが馬から降りる。

 王宮へ向かうはずだった。

 けれど。

 私の前を通り過ぎることができず、足を止めた。


「……エレノア」

「おかえりなさい」


 私は微笑んだ。

 ずっと言いたかった言葉。


「……ただいま」


 レオンも微笑む。

 けれど、その笑顔は少し苦しそうだった。


「怪我……」


 私が左肩を見る。


「これか?」

「……はい」

「邪龍の抵抗を抑え込んだ時に、吹き飛ばされた」

「……」

「左腕を失った」


 淡々と話す。

 まるで自分のことではないように。


「でも」


 レオンは私を見る。


「封印は成功した」

「はい」

「北方の人々も、王国も守れた」

「……はい」

「だから、後悔はしていない」


 私は唇を噛んだ。


「私も……」


 言葉が詰まる。

 泣きたくなる。

 でも。

 レオンは生きて帰ってきた。

 それだけで十分だった。


「私も、後悔していません」

「……エレノア?」

「あなたを待っていたこと」


 私はレオンの目を見る。


「少しも後悔していません」


 レオンの瞳が揺れた。


     ◇


 その日の夜。

 王宮では、帰還したレオンを迎えるための祝宴が開かれた。

 けれど。

 レオンはほとんど食事に手をつけなかった。

 疲れているのだろう。

 それでも。

 エレオノーラが隣に座っていることだけは、何度も確認していた。


「エレノア」

「はい?」

「……聞きたいことがある」

「何でしょう?」

「どうして婚約破棄の権利を行使しなかった?」


 エレオノーラは少し驚いた。


「まだ、それを気にしていたのですか?」

「ああ」


 レオンは苦笑する。


「俺は、君を自由にするつもりだった」

「分かっています」

「生きて帰れる保証がなかった」

「はい」

「だから――」


 レオンは一度言葉を止めた。


「だから、君にはもっと別の未来を選んでほしかった」


 エレオノーラは静かに首を振る。


「レオン」

「……何だ?」

「あなたは、また私の気持ちを勝手に決めるのですか?」

「……」

「私はあなたが好きです」


 レオンの目が見開かれる。


「昔からずっと」

「エレノア……」

「あなたが王太子だからではありません」


 エレオノーラは微笑んだ。


「あなたがレオンだからです」


 しばらく。

 二人の間に沈黙が落ちた。

 やがてレオンが。

 泣きそうな顔で笑った。


「……参ったな」

「何がです?」

「今度こそ、君に何も言い返せない」

「なら、覚えておいてください」

「何を?」

「私の気持ちは、私が決めます」


 レオンは小さく笑った。


「分かった」


 そして。


「もう二度と、勝手に決めない」


 そう約束した。

 婚約破棄から始まった二人のすれ違いは。

 ようやく。

 終わりへ向かい始めていた。

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