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婚約破棄を告げた王太子は、泣きそうな顔で私に微笑んだ  作者: なごやかたろう


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第十八話 帰る場所

 白い光が、封印の間を覆い尽くした。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 ただ、凄まじい魔力の奔流だけが、レオンの身体を駆け抜けていく。


「――っ!」


 レオンは短剣を握りしめた。

 魔法陣はまだ消えていない。

 邪龍を包み込む光が、激しく揺らいでいる。


「殿下!」


 魔女の声が響く。


「術式を維持してください!」

「分かっている!」


 レオンは必死に魔力を送り込む。

 だが。

 苦しい。

 訓練とは、まるで違う。

 邪龍から放たれる力が、封印術式そのものを押し返している。


「くっ……!」


 足元の魔法陣が大きく揺らぐ。


「邪龍の抵抗が強すぎます!」


 魔女が叫ぶ。


「このままでは術式が崩れます!」

「なら――!」


 レオンは魔力をさらに注ぎ込んだ。


「俺が押さえる!」

「殿下!」


 レオンの身体を、凄まじい衝撃が襲う。

 それでも足を踏ん張る。

 魔法陣から伸びた光が、邪龍の身体を縛り上げていく。

 だが。

 邪龍が翼を広げた。


「――ッ!」


 次の瞬間。

 巨大な魔力の奔流が、レオンへ向かって押し寄せた。


「殿下、下がって!」

「駄目だ!」


 レオンは叫んだ。


「ここで離れたら、封印が崩れる!」


 身体が軋む。

 腕が震える。

 足が床から浮きそうになる。

 それでも。

 レオンは魔法陣の中心から離れなかった。


「俺が……!」


 邪龍の抵抗を真正面から受け止める。


「ここで……押さえる!」


 魔力を解放する。

 王家の血を受け継ぐ者だけが扱える封印術。

 そのすべてを。

 残された力のすべてを。

 レオンは魔法陣へ叩き込んだ。


「――封じろ!」


 光が一気に膨れ上がった。

 邪龍が咆哮する。

 凄まじい衝撃波が封印の間を駆け抜けた。


「殿下!」


 魔女が手を伸ばす。

 だが。

 間に合わない。


「ぐっ……!」


 レオンの身体が、吹き飛ばされた。

 床を何度も転がり、壁へ叩きつけられる。


「――レオンハルト殿下!」


 魔女が駆け寄る。

 その間にも、封印の光は消えていない。

 むしろ。

 邪龍の身体を、さらに強く包み込んでいく。


「まだ……だ」


 レオンが、かすかに声を出した。


「術式……を……」

「もう十分です!」

「駄目だ……」


 レオンは立ち上がろうとする。

 しかし。

 身体に力が入らない。


「まだ、最後まで……」


 魔女はレオンの右腕を取った。


「殿下!」

「俺を……戻してくれ……」

「できません!」

「封印が……」

「もう始まっています!」


 魔女が叫ぶ。


「殿下が最後に込めた魔力で、術式は完成へ向かっています!」


 レオンは目を見開いた。


「……本当に?」

「はい!」


 その言葉と同時に。

 邪龍の咆哮が途切れた。

 巨大な身体を覆っていた光が、ゆっくりと収束していく。

 翼が。

 尾が。

 そして巨大な魔力の核が。

 光の中へ沈んでいく。


「……封印が」


 魔女が息を呑む。


「完成します」


 最後の光が弾けた。

 轟音が響く。

 そして。

 静寂。

 あれほど荒れ狂っていた魔力が、嘘のように消えていた。


「……終わった」


 魔女が呟く。


「邪龍は……再び封印されました」


 レオンは目を閉じた。


「……そうか」


 その声には、安堵が滲んでいた。

 だが。

 次の瞬間。

 レオンの身体がぐらりと傾く。


「殿下!」


 魔女が支える。


「もう……動けない」

「無理をしすぎです」

「……エレノアに」


 レオンが呟く。


「帰るって……言ったんだ」

「はい」

「だから……帰らないと」


 魔女はレオンを見つめる。

 そして。


「帰りましょう」


 レオンの身体を支える。

 しかし、レオンにはもう自力で歩く力が残っていなかった。


「殿下、失礼します」


 魔女はレオンの身体を引きずるようにして、封印の間の出口へ向かった。

 レオンの剣が床を擦る。

 カラン、カラン、と乾いた音が響く。

 その音を聞きながら。

 レオンは薄れゆく意識の中で、ただ一人の名前を思い浮かべていた。


「……エレノア」


 返事はない。

 それでも。


「……ただいまって……言わないとな……」


 そう呟いて。

 レオンは意識を失った。


     ◇


 封印の間の外。

 待機していた騎士たちは、突然開いた扉を見て駆け寄った。


「殿下!」

「魔女様!」


 そこにいたのは。

 傷つき、力なく横たわるレオンを引きずってきた魔女だった。


「殿下は!?」

「気を失っています」

「封印は?」


 魔女は静かに頷いた。


「成功しました」


 騎士たちの間に、安堵の息が漏れる。


「邪龍は?」

「完全に封じられました」


 魔女はそう答えた。


「王太子殿下が、最後まで術式を維持されたからです」


 騎士たちは、横たわるレオンを見る。

 そして。

 一人が静かに頭を下げた。


「……ありがとうございます、殿下」


 その声に。

 次々と騎士たちが頭を下げていく。

 誰もが知っていた。

 この人が。

 自分たちの国を守ったのだと。


     ◇


 数週間後。

 王都に、一報が届いた。

 ――邪龍の再封印、成功。

 王都中が歓喜に包まれた。

 私はその知らせを聞いた瞬間。


「……よかった」


 胸を撫で下ろした。

 涙が頬を伝う。


「本当に……よかった」


 けれど。

 続いて告げられた言葉に、私は息を呑んだ。


「王太子殿下は、封印の際に大きな負傷をされたとのことです」

「……大きな負傷?」

「はい。現在、北方の砦で治療を受けておられるそうです」


 私は立ち上がった。


「命に別状は?」

「現在のところ、ないとのことです」

「……そう」


 胸を押さえる。

 よかった。

 本当によかった。

 でも。

 私は窓の外を見る。

 北の空。


「早く帰ってきてくださいね、レオン」


 婚約がなくなったとしても。

 私が待つ理由は、なくならない。


「私は、あなたに『おかえりなさい』って言いたいんですから」


 北の山脈の向こう。

 今も眠っているであろうレオンに届くように。

 私は静かに呟いた。

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