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婚約破棄を告げた王太子は、泣きそうな顔で私に微笑んだ  作者: なごやかたろう


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第十七話 封印の始まり

 封印の間を、白い光が満たしていく。

 床に描かれた魔法陣が幾重にも重なり、邪龍の巨大な身体を取り囲んでいた。

 レオンは魔法陣の中心に立ち、両手を前へ伸ばしている。

 王宮で何度も繰り返した術式。

 何度も練習した魔力操作。

 頭の中では、すべての手順が明確になっていた。

 ――第一術式、展開。

 ――第二術式、接続。

 ――第三術式、固定。

 一つずつ。

 慎重に。


「そのままです、殿下」


 魔女の声が響く。


「焦らないでください」

「分かっている」


 レオンは歯を食いしばった。

 邪龍が身じろぎする。

 巨大な翼が動くたび、凄まじい風圧が巻き起こる。

 それでも、魔法陣は崩れない。


「……いける」


 レオンの胸に、わずかな自信が生まれた。

 訓練通りだ。

 これなら――。

 その瞬間。

 邪龍の瞳が開いた。


「――!」


 赤い瞳が、まっすぐレオンを捉える。

 次の瞬間。

 凄まじい魔力が放たれた。


「殿下!」


 魔法陣が大きく揺らぐ。

 レオンの身体もよろめいた。


「くっ……!」


 足を踏ん張る。


「術式を維持してください!」

「ああ!」


 魔力を注ぎ込む。

 しかし。

 想定していた以上の抵抗だった。

 邪龍から放たれる力が、封印術式を押し返している。


「こんなに……強いのか」

「まだ本来の力ではありません!」


 魔女が叫ぶ。


「完全に目覚めれば、今の何倍にもなります!」

「なら――」


 レオンは魔力をさらに増やす。


「今ここで、封じる!」


     ◇


 王都。

 その日の昼。

 王宮から緊急の報告が届いた。

 北方で大規模な魔力反応が確認されたという。


「……始まった」


 私は手紙を握りしめた。

 レオン。

 今、邪龍と向き合っている。

 直接見ることはできない。

 何が起きているのかも分からない。

 それでも。

 なぜか分かった。


「どうか……」


 窓辺で祈る。


「無事でいて」


     ◇


 封印の間。

 レオンの額から汗が流れ落ちる。

 魔力を注ぎ続けている。

 腕が重い。

 呼吸も苦しい。

 それでも、術式を止めるわけにはいかない。


「殿下!」


 魔女の声。


「第三層を固定してください!」

「分かった!」


 レオンは意識を集中させる。

 魔法陣の一部が輝きを増す。

 邪龍の身体を拘束する光の鎖が、一本ずつ増えていく。

 だが。

 邪龍が翼を広げた。

 巨大な風圧。


「――っ!」


 レオンの身体が吹き飛ばされそうになる。


「踏ん張ってください!」

「分かっている!」


 剣を地面に突き立てる。

 身体を支える。

 魔力を維持する。


「こんなところで……!」


 レオンの脳裏に、エレオノーラの姿が浮かぶ。

 涙を流していた。

 それでも。


『私は婚約破棄の権利を行使しません』


 あの言葉。


「……帰るんだ」


 レオンは呟いた。


「エレノアのところへ」


 魔力をさらに注ぐ。

 光が強くなる。


     ◇


 邪龍が咆哮した。

 その声は、山全体を震わせた。


「――グオオオオオオッ!」


 封印の間の壁が震える。

 天井から小さな石が落ちてくる。

 魔女が叫ぶ。


「殿下!」

「まだだ!」


 レオンは術式を維持する。


「まだ終わっていない!」


 魔法陣の中心。

 レオンの足元に、王家の紋章が浮かび上がる。

 王家の血を受けた封印術が、次の段階へ移行する。


「ここからが本番です!」

「……分かった」


 レオンは息を整える。

 そして。

 王家に伝わる古い言葉を口にした。

 魔法陣が、さらに大きく輝く。

 邪龍の身体を包む光が強くなっていく。

 しかし。

 邪龍もまた、最後の抵抗を始めた。

 巨大な魔力が、封印術式へと叩きつけられる。


「ぐっ……!」


 レオンの膝が、わずかに沈んだ。


「殿下!」

「大丈夫だ……!」


 苦しい。

 想像以上だ。

 訓練とはまるで違う。

 術式を維持するだけで、身体中の魔力が削られていく。

 それでも。

 レオンは立ち続けた。


「俺は……」


 震える手を、必死に前へ伸ばす。


「帰るんだ……!」


 光が、さらに強くなる。

 その時。

 邪龍の咆哮が止まった。

 静寂。

 ほんの一瞬。

 その静寂の中で。

 レオンは見た。

 邪龍の胸元。

 そこにある、巨大な魔力の核。


「殿下!」


 魔女が叫ぶ。


「今です!」


 レオンは頷いた。

 ここが最後の段階。

 この一撃で、封印を完成させる。

 王家の短剣を抜く。

 手が震えている。

 それでも。


「エレノア……」


 レオンは小さく呟いた。


「待っていてくれ」


 短剣を魔法陣へ突き立てる。


「俺は――」


 白い光が、封印の間を覆い尽くした。


「必ず帰る!」


 轟音とともに。

 封印の光が、邪龍を包み込んだ。

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