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婚約破棄を告げた王太子は、泣きそうな顔で私に微笑んだ  作者: なごやかたろう


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第十一話 婚約破棄を告げた王太子

「婚約破棄する――」


 レオンの言葉が、大広間に響いた。

 一瞬。

 誰も声を発しなかった。

 音楽も止まっている。

 ざわめきさえ消えた会場で、私だけがレオンを見つめていた。


「……婚約、破棄……?」


 ようやく誰かが呟いた。

 その言葉をきっかけに、会場中が一気に騒がしくなる。


「どういうことだ?」

「突然すぎるぞ!」

「エレオノーラ嬢が何をしたというんだ?」

「いや、そもそも殿下と侯爵令嬢は――」


 聞きたくない。

 そんな声を遮るように、私はレオンを見つめた。


「レオン……」


 久しぶりに、その名を呼んだ。

 レオンの眉がわずかに動く。

 けれど、彼は私から目を逸らさなかった。

 その瞳が。

 あまりにも悲しそうだった。


「私の……何がいけなかったのですか?」


 声が震える。

 涙が頬を伝った。


「私は、殿下に何か悪いことをしましたか?」

「違う」


 レオンは即座に答えた。


「君は何も悪くない」

「では、どうして……」


 レオンは答えなかった。

 ただ、苦しそうに唇を噛んだ。

 そして。


「エレオノーラ・バレンティン侯爵令嬢」


 正式な呼び方。

 その声が、ひどく遠く感じられた。


「私はあなたに――」


 一度、言葉を止める。

 そして、はっきりと告げた。


「婚約破棄する権利を与える。これは王命である」


 会場が再び騒然となった。


「王命……?」

「婚約破棄する権利を与える?」

「どういう意味だ?」


 私は呆然とレオンを見つめていた。

 婚約を破棄する。

 それは分かる。

 けれど。

 今の言葉は、私が婚約を破棄されるという意味ではない。

 私に――。

 婚約を破棄する権利を与える。

 そう言った。


「……私が?」


 レオンは頷いた。


「そうだ」

「私が、殿下との婚約を……?」

「ああ」


 涙が止まらなかった。


「なぜ……」


 レオンは答えなかった。

 代わりに、隣にいた女性が一歩前へ出る。

 会場中の視線が彼女に集まった。

 彼女は静かに頭を下げた。


「皆様には、まだお話しできないことがあります」


 その声には、どこか重みがあった。


「ですが、殿下がこれから向かわれる場所は、王国の存亡に関わる場所です」

「……!」


 会場が静まり返る。

 レオンが女性を見る。

 そして、私を見る。


「そして、もう一つ」


 その声に、ざわめきが止まる。


 レオンが言った。


「私はこれから――北の山脈へ向かう」


 北の山脈。

 その言葉に、私は息を呑んだ。

 レオンは腰の剣に手を添えた。


「そこに復活した邪龍を、再び封じるために」

「邪龍……?」


 誰かの声が漏れる。

 会場が騒然とする。

 邪龍。

 それは誰もが知っている。

 遥か昔、王国を滅亡寸前まで追い込んだ存在。

 そして――。

 王家に伝わる古い伝承の中でのみ語られる、災厄。


「復活した、だと……?」

「まさか……」

「北の山脈で何が起きているんだ?」


 レオンは騒めきを静かに受け止めていた。


「詳しいことは、今ここで話すことはできない」


 そして、再び私を見る。


「ただ一つだけ」


 レオンが歩き出した。

 私のところへ。

 会場中が息を呑む。

 レオンは私のすぐ前まで来ると、他の者には聞こえないほど小さな声で言った。


「……エレノア」

「……っ」


 久しぶりに聞く、その呼び方。

 胸が張り裂けそうになる。


「今まで、すまなかった」

「どうして……」

「君に嫌われるようなことをした」


 レオンは悲しそうに笑った。


「本当に、すまない」

「レオン……」

「俺が帰ってこられるか、分からない」


 その言葉に、息が止まる。


「だから――」


 レオンは一度だけ目を伏せた。


「生きて帰れるか分からない人間と思い出を作っても、返って辛いと思った」

「……」

「君の心を聞かなかった」


 声が震えている。


「君がどれほど辛い思いをしていたのかも、ちゃんと考えなかった」


 レオンが私を見る。


「侯爵令嬢」


 もう一度、あえて正式な呼び方をする。


「辛い思いをさせて済まなかった」


 私は涙を拭った。

 何を言えばいいのか分からない。

 ただ。

 この人が私を嫌っていたわけではないことだけは、ようやく分かった。


「……どうして」

「……」

「どうして、一人で決めたのですか?」


 レオンは答えなかった。


「私は、あなたの婚約者だったのでしょう?」

「ああ」

「なら、私にも話してほしかった」

「……そうだな」

「怖かったんです」


 涙がまた溢れる。


「ずっと、嫌われたのだと思っていました」

「……すまない」

「私のことなんて、もう必要ないのだと思っていました」

「違う」


 レオンは静かに首を振った。


「それだけは、違う」


 その言葉に、私は顔を上げた。

 レオンは泣きそうな顔で、私に微笑んだ。


「君は、俺にとってずっと大切な人だ」

「……レオン」


 もっと話したい。

 もっと聞きたい。

 けれど。

 レオンはもう、私から離れようとしていた。


「それでは、皆」


 レオンが会場全体へ向き直る。


「邪龍の封印が成った暁には、また会おう」


 マントを翻す。

 その背中を、私はただ見つめていた。

 隣にいた女性も、レオンの後を追う。

 そして少数精鋭の騎士たちが続いていく。


「待って……」


 私は思わず一歩踏み出した。

 けれど。

 レオンは振り返らなかった。

 大広間の扉が閉じる。

 その音が、やけに大きく響いた。


「……レオン」


 私はその場に立ち尽くした。

 婚約は終わった。

 けれど。

 私はまだ、彼を愛している。

 そして。

 レオンもまた、私を愛している。

 なのに。

 私たちは今、別々の道を歩き始めていた。

タイトル回収。

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