第十話 卒業パーティーの朝
卒業パーティー当日の朝。
窓から差し込む陽射しが、部屋の床を明るく照らしていた。
今日で、私たちは王立学園を卒業する。
長かった学園生活も、今日で終わり。
そして――。
レオンとの約束の日でもある。
私は鏡の前で、何度も身支度を確認していた。
選んだドレスは、淡い青を基調としたもの。
髪を整え、胸元に小さな宝石の飾りをつける。
「……少し、緊張するわね」
鏡の中の自分に向かって呟く。
卒業することよりも。
今日、レオンと話すことのほうが、ずっと気になっていた。
何を話そう。
まずは謝ろうか。
それとも、理由を聞こうか。
あの女性のことも、聞いていいのだろうか。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
けれど。
最後には、ちゃんと話せる。
そう信じていた。
◇
「エレオノーラ」
部屋の扉が開き、兄が顔を出した。
「準備はできたか?」
「ええ」
兄は私を見ると、一瞬だけ目を丸くした。
「綺麗だな」
「ありがとうございます」
「今日くらいは、素直に褒めておこう」
「いつも素直ではないのですか?」
「妹が綺麗になっていくと、兄としては複雑なんだよ」
兄が苦笑する。
私は思わず笑った。
「行きましょうか」
「ああ」
兄が腕を差し出す。
私はその腕に手を添えた。
「そういえば」
馬車へ向かう途中、兄が言った。
「王太子殿下から、もう一度連絡があった」
「レオンから?」
「ああ」
胸が高鳴る。
「何と?」
「今日、お前のエスコートを頼む、と改めて言われた」
「……そう」
私は小さく笑った。
少なくとも。
レオンは私のことを忘れてはいない。
それだけで、少しだけ心が軽くなった。
◇
王立学園に到着すると、すでに大勢の生徒が集まっていた。
卒業式を終えた後、そのまま卒業パーティーが開かれる。
華やかな衣装に身を包んだ生徒たちが、笑顔で言葉を交わしている。
「エレオノーラ様!」
友人が駆け寄ってきた。
「とても素敵です!」
「ありがとう」
「王太子殿下は?」
「……まだいらしていないわ」
「そうですか」
友人は少し不安そうな顔をした。
「でも、きっといらっしゃいますよ」
「ええ」
私は頷いた。
そう。
レオンは来る。
約束したのだから。
◇
卒業式が始まった。
学園長の祝辞。
卒業証書の授与。
そして、最後に王太子レオンハルトからの祝辞――。
そのはずだった。
けれど。
「王太子殿下は、王族としての急務により本日の式典を欠席されます」
その言葉が告げられた瞬間。
会場がざわめいた。
「急務?」
「殿下が卒業式を欠席?」
「一体何があったんだ?」
私も驚いていた。
けれど。
胸の奥では、どこか冷静な自分もいた。
レオンは手紙で言っていた。
今日、来る。
それは卒業式ではなく、卒業パーティーのことなのだろう。
私はそう自分に言い聞かせた。
◇
夕方。
卒業パーティーが始まった。
大広間には華やかな音楽が流れ、料理が並べられている。
貴族の子息や令嬢たちが、思い思いに談笑していた。
私は兄とともに会場へ入った。
「エレオノーラ様、こちらへ」
友人たちに声をかけられる。
「ありがとう」
私は笑顔で答えた。
けれど。
何度も入口へ視線を向けてしまう。
まだ来ない。
立食が始まっても。
来ない。
音楽が変わり、ダンスの時間になっても。
来ない。
「エレノア」
兄が心配そうに声をかける。
「大丈夫か?」
「ええ」
私は笑った。
「大丈夫です」
けれど、心の中では何度も同じ言葉を繰り返していた。
――レオンは来る。
約束した。
必ず来る、と。
◇
時間だけが過ぎていく。
窓の外は、いつの間にか暗くなっていた。
卒業パーティーも、そろそろ終わりに近づいている。
それでも。
レオンは現れない。
胸の奥に、不安が広がっていく。
「……どうして」
小さく呟いた。
その時だった。
大広間の扉が、大きな音を立てて開いた。
会場にいた全員が、一斉に振り返る。
「――!」
そこに立っていたのは。
王太子レオンハルト・アストリア。
そして、その隣には――。
あの女性がいた。
けれど。
いつものレオンではない。
王太子としての礼装ではなく、身に纏っているのは鎧。
腰には剣。
肩には、旅装用のマント。
まるで――。
今から戦場へ向かう者の姿だった。
「殿下……?」
誰かが呟いた。
会場がざわめく。
レオンは何も言わない。
ただ真っ直ぐに、私を見ていた。
その瞳を見た瞬間。
胸が締めつけられた。
悲しい。
どうしてそんな目をしているの?
レオンはゆっくりと会場の中央へ歩いてきた。
そして、全員を見渡す。
「皆」
静かな声が響いた。
「卒業、おめでとう」
ざわめきが止まる。
レオンは一度だけ目を閉じた。
そして。
「私は今日、ここに二つのことを伝えに来た」
その言葉に、会場中が息を呑んだ。
レオンの視線が、私へ向く。
「一つ目は――」
胸が大きく鳴った。
「侯爵令嬢、あなたにだ」
私は立ち上がった。
「……はい」
レオンは私を見つめる。
その瞳は。
泣きそうなほど、悲しみに満ちていた。
「侯爵令嬢、あなたとの婚約について――」
レオンが、ゆっくりと言葉を続ける。
「婚約破棄する――」
その瞬間。
会場が、凍りついた。




