27.明治の世
明治になった横浜は、とにかく変化が速かった。
去年まで着物だった日本人の女性が、今は洋服で通りを歩いていることも珍しくない。
仕立て屋にとって、それは仕事の変化に直結していた。
「いらっしゃいませ。
本日はどうされましたか?」
「おはよう、おヌイさん。
着物の上に羽織れる、何か洋風のものを作ってくれないかい?」
店に来たのは、ヌイと同じくらいの歳の日本人女性だった。
最近は特にこういう依頼が増えた。
はっきりとした形のイメージはなく、ただ“洋風の何かが欲しい”という要望だった。
(でも私、“漠然とした何か”を形にするの、意外と好きかもしれない)
「着物の上に羽織って、どちらかにお出かけですか?
それとも、普段着としてお使いになりますか?」
依頼主の生活を聞く。
どんな場所に着て行くのか。
一緒に行動する人はどんな人なのか。
「そうねぇ。この頃は外国の方ともお食事をする機会が増えてきたから、お相手が日本人でも外国人でも失礼にならない服が着たいと思ったのよ」
(和服でもなく洋服でもなく、どちらでも通じるもの……)
「わかりました。
では、採寸をさせてください」
◇
こうしてヌイが作り始めたのは、着物の基本構造を持ちながら、体のラインだけを洋服風に変えた一着だった。
布は薩摩の絹を使った。
和裁の針目で縫い上げながら、シルエットは洋服に近い。
本縫いをしていると、クレアが覗いて、頷いた。
「面白い服ね。“和洋折衷”と言うのかしら……?
こういう服は、あなたにしか仕立てられないのかもしれないわね。
和でも洋でもない。でも、どちらでもある。
――それがあなたの技術よ」
「クレアさん、ありがとうございます。
和と洋を繋ぎ合わせる――これが私のやりたかったことです」
◇
時の流れは本当に速かった。
明治二年、ハーバート洋裁店のおヌイさんが仕立てる“和洋折衷”の服は、横浜の居留地では名物になりつつあった。
今晩も針を動かしながら、夫婦水入らずの会話をしていた。
「ヌイさんの仕立て、本当に大人気ですね。
街中でヌイさんが仕立てた服を着ている人を見かけると、夫として鼻が高いです」
「着ていただいている方には、感謝しかありません」
「話は変わりますけど、この間、薩摩出身の新政府の方が横浜に転任してきたんです。
その方とお話しする機会がありましたので、ヌイさんのことを話したら、ぜひ一度会いたいと仰っていました。
もしかしたら、店に来るかもしれません」
「薩摩の出……ですか。
なんという方ですか?」
「五代友厚という方です」
「どんな方なのですか?」
「彼は、欧州留学の経験があるそうです。
つまり、世界を見てきた男です。
それに、薩英戦争の時は薩摩にいたそうですよ」
「そうですか……」
ヌイは仮縫いの作業に戻った。
でも胸の中で、少しだけ何かが動いた。
(薩摩の人間が、横浜に来た……。
お父つぁんの故郷を知っている人間が、この店に来るかもしれない)
◇
そして、一週間が経った頃、初めて見る男が店を訪れた。
「いらっしゃいませ」
一目見ただけで、この男が慶一郎の言っていた五代友厚だとわかった。
背が高く、凛々しい顔をした男だった。
でも、薩摩の人間特有の、何か重い底のある眼差しも持っていた。
(これが、蒸気の世界を見てきた目……)
「失礼いたす。
ここが“Satsuma”の絹で洋服を縫う店か?」
と言いながら入ってきた。
日本語だったが、“Satsuma”だけ英語の発音になっていた。
(欧州帰りの人間の話し方、なのかな?)
「はい。
主に薩摩の絹で、ドレスやスーツを仕立てております」
「ああ、すまん。
“薩摩”の発音はそんな感じだったな。
久しぶりに声に出したから、忘れてしまっていたぞ」
「五代友厚様でいらっしゃいますか?
夫が幕府で通詞をしておりまして、話は伺っておりました」
「ほう……、なんだか照れてしまうぞ」
「五代様は、欧州留学の経験があると伺っておりますが、海の向こうで“satsuma”という単語を使うことがあるのですか?」
「それなんだが、イギリスでは温州みかんのことを“satsuma”と呼んでおるのだ。
薩英戦争の時に、薩摩がイギリスに温州みかんを送ったのは知っとるか?」
「はい。それで“satsuma”の発音だったのですね」
「ああ、なんだか照れてしまうぞ。
早速だが、薩摩の絹を見せてもらってもいいか?」
「もちろんです。こちらになります」
絹を差し出すと、五代が手に取った。
触れ方が、この絹を知っている人間の触れ方だった。
「ほう……、質が良くなったな。
今の薩摩の絹は、戦争の前より確実に良くなっとる。
あの燃えた浜が、また蚕を育て始めたというわけだな。
そして、質を増して帰ってきた、と」
ヌイは黙って聞いた。
「あんた、薩摩にroots……、失礼、親や先祖が薩摩の出ではないか?
同じ故郷の人間の匂いくらいはわかる」
「その感覚、私もわかります。
私の父が薩摩の人間です。錦江湾の近くの出身だと」
「ほう……」
と五代が言って、少し目を細めた。
「錦江湾は、薩英戦争で一番、砲弾が落ちたあたりだ。
たが、今は復興しておる。安心せい」
五代がハンガーに掛かっているドレスを見た。
「ほう……、これがその“和洋折衷”か」
「仕上げ途中ではありますが」
「少し、触れてもいいか?」
「どうぞ」
五代が縫い目を確かめた。
袖の付け根を見た。
それから一歩下がって、全体の形を見た。
「ほう……、縫い目が和裁の者の縫い目だ。
でも、silhouetteは西洋の服なのか……。
あんた、名前は?」
「ヌイと申します。神代ヌイ」
「ヌイか、いい名前だな。
おそらく、縫い物の縫、といったところだろう」
「なぜ、それを?」
「当たりか?
ならば、親父さんが名付けてくれたんだろう。
薩摩の人間は、縫い合わせるのが得意だ。
燃えたところから立ち上がって、また繋ぐ。
あんたの親父さんも、そういう人間だったんだろう」
「お父つぁんも、私と同じ仕立て屋でした」
「ほう……、やっぱりか。
それに、“お父つぁん”って言葉の響きも、なんだか懐かしいぞ」
ヌイは何も言えなかった。
代わりに頭を下げた。深く。
「それじゃ、俺はこの辺で失礼する。
邪魔して悪かったな、お詫びに大阪の商人に名前を伝えておく。
神代ヌイという、腕のいい仕立て師が横浜にいる、と。
将来、仕事が来るかもしれないな」
「ありがとうございます。
でも今は、目の前の一着で精一杯です」
「ほう……、でもそれでいい。
目の前の仕事で精一杯の職人が、一番信頼できる。
錦江湾の近くで育った父を持つ娘が、横浜で洋服を縫っている。
なかなか面白い話だ」
五代は、大きく笑いながら店を出ていった。
ヌイはしばらく、薩摩の絹を見ていた。
(錦江湾が、蚕を育て始めている……。
お父つぁんの故郷が、また動いている。
焼けて、縫い合わされて、また絹を作っている)
その絹を、横浜で縫い続ける。
それで十分だ、と思えた。
ヌイは針を持ち直した。
目の前のドレスの、仕立ての続きをした。




