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フリーダム・フロント 〜追放された裏方ビルダー、天才少女の機体を完成させて環境を破壊する〜  作者: ボナンザ・ソバイユ
最悪のバディ

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9/24

第九話 19時26分 小田急線にて



 時刻は午後7時26分。

 都心から郊外へと向かう下り電車。帰宅ラッシュの熱気がまだ残る車内で、なぎは車両の隅の座席に収まり、手元のタブレット端末を無表情に見つめていた。

 現実世界における彼の名は、遠野とおの なぎ

 都内の大手通信インフラ企業で、若くして次世代ネットワークの根幹設計を任されている技術者だ。無駄を嫌い、常に最適解を求めるその姿勢は上層部からの評価は高いが、同時に「優秀すぎて他人に歩み寄ろうとしない」と周囲から浮いた存在でもあった。

 だが、今の凪にとって現実の評価などどうでもよかった。

 彼の脳内を占めているのは、たった一つの『未完成な数式』だけだ。

(……あの最適化は、偶然じゃない)

 タブレットの画面には、仮想空間フリーダム・フロントの戦闘ログが羅列されている。

 絶対王者・迅ソニックとの戦いで、《クリサリス》が見せた最後の数秒間。

 限界を突破した機体負荷。パイロットの異常な入力速度。

 それらが衝突した時、通常の安全装置リミッターなら機体を強制停止させる。だが、あの時のクリサリスは停止する直前――ごく一瞬だけ、パイロットの闘争心に“適応”し、フレームの出力を最適化しようと試みていた。

(モンスター型のみに許された隠しシステム、《深化》。……テンプレの深化は、ただステータスを一定値上昇させるだけの“固定強化”だ。だが、僕が組んだフレームの『余白』と、あの異常な才能が噛み合った結果――)

 凪の指が、画面をスワイプする。

(あれはシステムによる固定バフじゃない。機体そのものがプレイヤーに合わせて変態する――“臨界適応”とでも呼ぶべき現象だ)

 ――その時だった。

 ふと、隣に座る人物のスマートフォンの画面が、凪の視界の端を掠めた。

 ダボッとしたオーバーサイズのパーカーに、ワイヤレスイヤホンをつけた、高校生くらいの少女。

 気怠げな外見とは裏腹に、彼女の視線は手元の画面に、獲物を狙う肉食獣のように鋭く張り付いていた。

(……?)

 凪の視線が、無意識に少女のスマホへと向かう。

 そこには、見覚えのあるゲームの戦闘動画が再生されていた。

 白い機体。そして、異形のモンスター。間違いない。『迅・ソニック』と『しろっぷ』の戦闘ログだ。

(……この試合の動画を見ているプレイヤーは珍しくないが)

 凪は一瞬だけそう思い、視線を戻そうとした。

 しかし。

 少女は無言のまま、険しい瞳で動画のシークバーを親指で弾いた。

 激突の瞬間のコマ。そこで動画をピタリと止めると、彼女は画面の端――クリサリスの『右の副腕』の付け根あたりを、苛立たしげにトントンと指先で叩いた。

 ――ピタッ。

 凪の指が、タブレットの上で硬直した。

(嘘、だろ)

 声など出ていない。だが、彼女の指先の動きが、何に注目しているかを雄弁に物語っていた。

 あの高速戦闘の、自壊寸前の乱戦の中で生じた「右の副腕のコンマ〇五秒の遅れ」。

 そんなもの、ログをフレーム単位で解析した凪にしか分からないはずの極小のノイズだ。それを、この少女はただの動画視聴で、しかも“感覚”だけで見抜いているというのか。

(ただの観戦者じゃない。……ランカークラスのプレイヤーか?)

 凪は、少女の横顔を静かに観察した。

 だが、少女は隣の視線など全く気にする様子もなく、ただひたすらに自分の敗北の瞬間を再生し続けている。

 ガタン、ゴトン、と。

 一定の電車の揺れの中。

 決して交わるはずのない二人の思考が、不思議なほど完璧な符合を見せ始めた。

(……あー、イライラする)

 少女の細い指先が、画面の中の不器用な異形をなぞる。

(体が重い。頭のスピードに、全然ついてこない)

 隣の凪が、タブレットの数値を見つめながら内心で応える。

(……原因は明白だ。僕の引いた安全マージンが、彼女の反応速度を殺している)

 少女が、苛立たしげに画面をタップする。

(邪魔。このストッパーみたいなの、いらない。全部外してよ)

 凪の脳内で、新しいフレームの青写真が猛烈な勢いで組み上がっていく。

(だが、リミッターを完全に外せば、異常な負荷に耐えきれずフレームは自壊する。必要なのは単なる解除じゃない――負荷の『許容』だ)

 少女の瞳の奥に、身の毛がよだつほど純粋な闘争心が宿る。

(壊れたっていい。あいつに届くなら)

 凪の指が、タブレット上で狂ったような速度でコードを弾き出す。

(――いや。壊すわけにはいかない。指先一つ壊させない。その代わり、異常な負荷を自壊ではなく『深化』のトリガーに書き換える)

(私が思った通りに。一ミリの遅れもなく、この形が動いてくれるなら)

(極限の入力にのみ反応し、機体そのものを変態させる『臨界適応』。それを、この未完成の数式に落とし込む)

(そうすれば)

(そうすれば――)

(次は絶対に、あの鳥ヤロウをスクラップにしてやる)

(誰も見たことのない、真のバケモノが完成する)

 プシュー、と。

 駅に到着し、電車のドアが開く音がした。

 少女はふあ、と小さく欠伸をして耳のイヤホンを外すと、スマホと一緒にパーカーのポケットへ突っ込んだ。そして、ひどく眠そうに目を擦りながら、だるそうに立ち上がって電車を降りていった。

 残された凪は、閉まっていくドアの向こうに消えた少女の後ろ姿を、しばらく見つめていた。

(……奇妙な感覚だな)

 なぜだか分からないが、ほんの一瞬、あの見知らぬ少女と“対話”をしていたような強烈な錯覚を覚えた。

 まるで、今まさに自分が設計しようとしている「制御不能なバケモノ」の具現化を見たような――。

「……気のせいか」

 凪は小さく首を振り、再びタブレットの画面へと視線を落とした。

 今は、現実の他人に構っている暇はない。口元には、エリート技術者らしからぬ、狂気めいた静かな笑みが浮かんでいた。

 あの純粋で、凶悪で、無邪気な才能バケモノのための、最高の器を創り上げなければならないのだから。

 帰宅客で賑わう電車の中で、世界をひっくり返すための最悪の設計図が、今まさに産声を上げようとしていた。



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