仲間大会
日本大会が、終わって。
数日が、過ぎた。
世界大会まで――あと、三か月。
その、猶予の中で。凪は、自室で、コンソールに向かっていた。
画面には、無数の、設計データ。だが、その手は、止まっていた。
(……迅さんの、速度に。届く機体)
あの決勝から、ずっと、考えている。
どんな機体を、作れば、あの最速を、超えられるのか。
速度で勝負しても、勝てない。ならば、別の何かで。だが、その「何か」が、見つからない。
凪は、渇望だけを、抱えたまま。
宙ぶらりんの、時間が、過ぎていく。
◇
そんな時、一件の、通信が、届いた。
差出人は――ラブマクス。
あの、宝石技師。予選で、さくせすTと死闘を演じた、ビルダー。
『凪ちゃーん。……今、設計、止まってるでしょ?』
開口一番、それだった。
凪は、言葉に、詰まった。図星、だった。
『あら、やっぱり。……顔に、書いてあるわよ』
通信越しの声は、おっとりと、柔らかい。
『あのねぇ、凪ちゃん。……ビルダーが、詰まった時はね』
ラブマクスの声が、優しく、笑った。
『違う遊びを、するのよ』
◇
『仲間大会って、知ってる?』
『……いえ』
『非公式の、大会でね。……ヒューマン型、限定なの』
『ヒューマン型、限定?』
『そう。能力だけで、戦う大会』
凪の、指が、止まった。
『能力だけ……?』
『どう? ……あなたが、今まで、やってこなかった戦い方でしょ』
ヒューマン型、限定。ステータスは、固定。機体の完成度も、コスト配分も、関係ない。
凪の中で、その条件が、一つずつ、積み重なっていく。
(……全部、捨てるのか)
機体も。
ステータスも。
積み上げてきた、すべてを。
残るのは。
能力という、発想だけ。
(……そうか)
◇
凪は、機体の完成度で、戦ってきた。糸を、杭を、翼を。設計の、粋を、極めて。
だが、能力。
凪の、アルカナ・オブスキュア。あれは、ヒューマン型を、偽装した機体だった。ヒューマン型は、能力枠を、持てる。
だが、凪は、あえて、それを積まなかった。能力に振るより、全コストを、ステータスと機体に注いだ方が、強い。底力の上昇幅も、稼げる。……そう、判断していたからだ。
能力の設計理論そのものは、一通り、試してはいた。ビルダーとして、当然だ。
だが、能力を、主役に据えた戦い方。それだけは、凪の中に、なかった。
(……刺激には、なるかもしれない)
詰まった時は、違う遊びを。
ラブマクスの言葉が、妙に、しっくりと、きた。
◇
『……出ます』
凪の声に、迷いは、なかった。
『その大会。……ぜひ、出させてください』
『あらァ、いいお返事。……ふふ、そう来なくちゃ』
ラブマクスの声が、満足げに、弾んだ。
『大会は、オンラインで、三日間。……ちょうど、今度の、週末からよ』
『週末……三日間、ですか』
土日と、あと一日。有給を、使えば、ちょうどいい。
『あ、そうそう。……これ、クラン単位の、参加なのよ』
『クラン単位……』
『そ。あたしも、うちの子、何人か連れて、出るわ。……"⤴⤴れぼりゅうしょん"で、ね』
ラブマクスの声が、楽しげに、弾んだ。
『だからあなたも、誰かと、組みなさいよ。……一人じゃ、出られないんだから』
クラン。
凪も、しろっぷも、今は、無所属だ。ドウジマのところを、飛び出して以来、ずっと。
だが、組む相手は。
考えるまでも、なかった。
◇
通信を、切って。
凪は、隣の部屋の、しろっぷに、声を、かけた。
『しろっぷ。……大会に、二人で、出ませんか』
ソファに寝転がっていた、しろっぷが、顔を、上げた。
「……は? 急に、何」
『能力だけで、戦う大会が、あるんです。ヒューマン型、限定で。……二人で、クランを組んで、出るそうです』
しろっぷは、少し、きょとんとして。
それから、にやりと、笑った。
「……いいね。あんたと、組むの」
その声は、どこか、嬉しそうだった。
「あたしたち、ずっと、二人だったし。……今さら、クランってのも、悪くない」
◇
しろっぷが、身を起こして、こちらを、見た。
「で。……あたしたち、何すればいいの」
『まずは――能力を、考えます』
凪は、コンソールに、向き直った。
開きっぱなしだった、機体の設計データを、すべて、閉じる。
完成度。ステータス配分。積み上げてきた、最適解。……その、すべてが、通じない場所。
ならば、一度。
今までの、設計思想を、リセットする。
その、まったく違う戦い方が、答えに、繋がるのか。それは、分からない。
だが。
止まっていた、手が。
動き出そうと、していた。
方針は、まるで、違う。
答えに、繋がる保証も、ない。
それでも――何かを、創れる。
ただ、それだけのことが、こんなにも、前を向かせてくれる。
◇
凪の、手元を。
しろっぷが、覗き込んだ。
「……なんか、久しぶりだね。あんたの、その顔」
『そう、ですか?』
「うん。……楽しそう」
凪は、少し、笑って。
それから、しろっぷを、見た。
『しろっぷ。……この大会で、たくさん、試作を作ります』
『今までとは、違う能力を、いくつも。……その全部、あなたに、動かしてもらいますからね』
その言葉に。
しろっぷの、目が、少しだけ、丸くなって。
それから。
ふにゃりと、緩んだ。
「……うん」
嬉しさを、隠しきれない、声だった。
「いくらでも、動かすよ。……どうせ、また、訳わかんないの、持ってくるんでしょ」
◇
凪が、作る。
しろっぷが、動かす。
いつからか、消えかけていた、その形が。
この、二人で。もう一度、始まろうとしていた。
凪は、新しい設計画面を、開いた。
画面いっぱいに、並ぶ、空白の、能力欄。
能力名――未設定。効果――未設定。
すべてが、ゼロ。何も、決まっていない。
凪は、その、一つ目に。
静かに、カーソルを、合わせた。
まだ、名前もない。
まだ、形もない。
その、最初の、一つを。




