第71話 前へ
決着の、余韻が。
会場を、静かに、満たしていた。
『――WINNER,迅・ソニック』
日本大会の、優勝者が、決まった、瞬間だった。
地鳴りのような、歓声が、会場を、包む。
『決着ゥゥッ!! 優勝は、迅・ソニック選手ッ!! 予選から決勝まで、ただの一度も負けなかった、絶対王者ッ!!』
『……凪選手も、最後まで、素晴らしかった』
『そして――これで、日本代表が、決定ですッ!! 優勝の迅選手、準優勝の凪選手ッ!! 二人が、世界大会への、切符を手にしましたァッ!!』
勝者を称える歓声に。
敗者への、惜しみない拍手も、混じっていた。
◇
崩れた黒い機体の傍らに、白い機体が、降り立った。
右腕の装甲を、失ったまま。迅の機体も、ボロボロだった。
『……凪くん』
迅が、声を、かけた。
『いやあ、本当に、危なかったよ。……あの、最後の一撃。もらってたら、負けてたのは、俺だった』
その声は、いつも通り、飄々としている。だが、その言葉に、嘘は、なかった。
『……ありがとうございます』
凪の声は、静かだった。
『でも、負けは、負けです。……あなたの方が、速かった』
『うん。……今日はね』
迅が、軽く、笑った。
『でも、次は、分かんないよ。君、まだ、伸びるでしょ』
白い機体が、身を、翻す。
『世界で、待ってるよ、凪くん』
『……ええ』
凪は、静かに、応えた。
『次こそ、勝ちます』
『はは。……楽しみにしてる』
◇
ログアウト。
現実の、控室。
ダイブポッドから、身を起こした凪は。
しばらく、動けなかった。
負けた。
全力を、出した。ピラリスを義足にして、G流G流を止めて、底力まで、発動して。
それでも、届かなかった。
(……完敗、でした)
悔しさが、じわじわと、込み上げてくる。
これまで、凪は、負けても、どこか、冷静だった。ビルダーとして、次の設計を、考えていた。
だが、今日は。
違った。
ただ、悔しかった。
勝ちたかった。あの男に、勝ちたかった。
その感情が、抑えきれずに、溢れてくる。
◇
「……凪」
声が、した。
顔を、上げると。
隣のポッドから、真白が、こちらを、見ていた。
彼女も、負けた。準決勝で、凪に。
二人とも、頂点には、届かなかった。
「……悔しい?」
『……ええ』
凪は、素直に、頷いた。
いつもの、穏やかな仮面が。今日は、剥がれていた。
『悔しいです。……こんなに、悔しいのは、初めてかもしれない』
その、剥き出しの感情を。
真白は、初めて、見た。
◇
真白は、立ち上がって。
凪の、隣に、腰を下ろした。
そして、そっと。
その、肩に、頭を、預けた。
『……真白さん?』
「……いいから。少しだけ」
真白の声は、静かだった。
「あたしも、負けた。……凪も、負けた。……今日は、二人とも、負けちゃったんだから」
その温もりに。
凪の、張り詰めていたものが、少しだけ、緩んだ。
『……ありがとうございます』
真白は、答えなかった。
ただ、少しだけ、頬を、赤くして。
凪の肩に、預けた頭を、離さなかった。
◇
しばらく、二人は、そうしていた。
やがて、凪が、口を、開いた。
『……もっと、強い機体を、作りたい』
ぽつりと、こぼれた、言葉。
『あの、迅さんの速度に。届く機体を。……あの人を、超える、何かを』
だが、その先が、見えなかった。
どんな機体を、作ればいいのか。どうすれば、あの最速を、超えられるのか。
凪の中に、渇望だけが、あった。
答えの、ない、渇望が。
◇
凪は、静かに、立ち上がった。
世界大会。
迅を、超える。
ただ、そのためだけに。
新しい機体を、作る。
悔しさは、まだ、消えない。
答えも、まだ、見えない。
だが、凪の手は。
もう、次を、向いていた。




