第70話 決勝③
黒い機体は、重力の檻の中で、蹂躙されていた。
四方から、途切れない連撃。躱す間も、受ける間もない。
凪のHPは、じりじりと、削られ続けていた。
(……このままでは、いずれ、落とされる)
凪は、その連撃の嵐の中で、必死に、思考を、巡らせていた。
問題は、機動力だった。
右脚を、失った。片脚では、あの速度に、まともに、対応できない。地を蹴ることも、踏ん張ることも、できない。だから、一方的に、打たれる。
ならば。
(……脚が、ないなら)
凪の右手が、ピラリスを、握り直した。
(……作れば、いい)
◇
次の一撃が、来る、その瞬間。
凪は、失った右脚の付け根へ――ピラリスを、突き立てた。
巨大な杭を、義足のように。折れた脚の、代わりに。
地面を、ピラリスで、突く。
その一点を、支点にして、機体を、跳ね上げる。
白い影の連撃が、一瞬前まで凪がいた場所を、通り過ぎた。
躱した。
初めて。
あの重力加速の連撃を、凪は、自らの意志で、回避した。
『……躱したッ!? 凪選手、今の攻撃を、躱しましたッ!!』
『あの杭を……脚の、代わりに……!?』
◇
ピラリスを、義足に。
地を突き、支点を作り、機体を、跳ねさせる。杭を軸にした、独特の、いびつな機動。
だが、それは、機能した。
右脚を失った凪が。片脚とピラリスで、あの速度に、食らいつき始める。
凪は、迅の重力加速の、軌道を、読んでいた。
空間の歪みが、どこに生まれ、どこへ加速するか。ビルダーの目が、その挙動の、法則を、掴んでいく。
(……重力の歪みは、発生に、コンマ数秒の、予備動作がある。その歪みの位置を見れば、次に、どこから来るか、分かる)
凪は、ピラリスで身を跳ね上げ、次の連撃を、躱した。
さらに、もう一撃も。
連撃の嵐の中に、初めて、凪の対応が、追いつき始めた。
◇
そして。
凪は、賭けに、出た。
次に、歪みが生まれる位置を、読む。
迅が、そこから加速して、来る。その、加速の、通り道。
凪は、その通り道へ、ピラリスを、引き抜いて、投擲した。
迅が、加速する、まさにその、軌道上へ。
白い影が、重力加速で、飛び出した、瞬間。
その進路に、ピラリスが、あった。
ガキィンッ!!
豪速で突っ込んだ白い機体が、ピラリスに、激突した。
加速していた分、その衝撃は、大きい。白い機体の、右腕の装甲が、爆ぜ、砕ける。
迅の、重力加速が。
初めて、止められた。
◇
『止めたァッ!! 凪選手、迅選手のG流G流を、止めましたッ!!』
『しかも、装甲を……! 初めて、迅選手に、有効打ですッ!!』
白い機体が、体勢を、崩し、後方へ、下がる。
その右腕の装甲が、剥がれ落ちていた。
◇
「……うわ」
迅の声が、漏れた。
「うわ、本当に、やるじゃん」
その声には、驚きが、あった。
あの、飄々とした余裕が、初めて、揺らいでいた。
「脚がない状態から、この速度に、対応して……しかも、加速の軌道まで、読んで、置いてくるのか」
迅の、白い機体が。
ゆっくりと、身を、沈めた。
「……ごめん。ちょっと、舐めてた」
その瞬間。
会場の、空気が、変わった。
予選無敗の絶対王者が。
初めて、本気の、構えを、取った。
◇
「……凪くん。君は、強いよ」
迅の声が、静かに、響く。
「だから、こっちも――全部、出す」
白い機体の、周囲の空間が。
これまでとは、比較にならないほど、激しく、歪んだ。
いくつもの、重力の渦が。機体を、包み込む。
迅は、その、すべてを、制御していた。もう、明後日の方向へ、飛ばない。あの、二重操縦の遅延を、乗り越えて。
完全に、乗りこなした、最速の、機体。
◇
その、最速の機体が、動いた。
凪は、ピラリスの義足で、必死に、躱す。だが、もう、さっきのようには、いかない。
ドゴッ。
一撃、被弾する。よろけた先へ、さらに、一撃。
ドゴッ。
警告音が、鳴り響く。視界が、赤く、染まる。
そして。
凪の機体から、漆黒の光が、噴き上がった。
『――底力』
黒い翼が、広がった。
準決勝で、深化を上回った、あの、最強の覚醒。
◇
底力の、凪。
最速の、迅。
二つの、極限が、廃墟の街で、対峙した。
これまで、一方的に、蹂躙されていた凪が。
底力の力で、ようやく、迅の速度に、追いつく。
白い影と、黒い翼が、交錯する。
迅が加速し、凪が翼で追う。凪が杭を投げ、迅が躱す。
初めて――凪の攻撃が、迅に、追いつき始めた。
『追いついたァッ!! 凪選手、底力で、あの速度に、食らいついていますッ!!』
だが。
凪には、分かっていた。
底力を出して、ようやく、追いついた「ように見える」だけ。
根本の、速度そのものは。まだ、迅の方が、上だった。
◇
凪は、最後の、勝負に、出た。
底力の、全速力。黒い翼で、加速し、迅の、懐へ。
迅の、次の重力加速の、軌道を、読む。
その終着点。迅が、現れる場所。そこへ、ピラリスを、置く。
白い影が、飛び込んでくる。
その、まっすぐ、先へ。
◇
凪の読みは、完璧だった。
「――しまっ」
迅の声が、初めて、焦った。
加速の、終着点。そこに、杭が、待っている。この一撃は、当たる。誰が見ても、そう思えた。
だが。
◇
凪の読みよりも。
白い影の方が、速かった。
杭が、突き刺さる、その、ほんの数フレーム前。
白い影は、先に、そこを、通り過ぎていた。
読みでも、駆け引きでもない。
完璧に読んでも、届かない速度が。この世には、あった。
凪の杭が、空を、切る。
その、真横を、白い影が、抜けていった。
◇
凪の、がら空きになった、胴体へ。
迅の、最速の一撃が。
突き刺さった。
ドゴォンッ!!!
黒い機体が、廃墟のビルへ、叩きつけられ、瓦礫と共に、崩れ落ちる。
凪のHPゲージが。
ゼロへと、墜ちた。
◇
「……あっぶな」
迅が、少し、笑って、そう漏らした。
それから、ふう、と、息を、吐いて。
「……危なかった」
◇
崩れ落ちた、黒い機体。
その光の中で。
凪の、底力の翼が、静かに、消えていく。
『――WINNER,迅・ソニック』




