第69話 決勝②
会場の、関係者席。
モニターの並ぶ一角で、あのエンジニアの女が、腕を組んで、決勝を眺めていた。
目の下の隈は、相変わらず。だが、その目は、モニターの中の白い機体を、満足げに、追っている。
「……そろそろ、慣れてきたな」
女は、ふっと、口元を緩めた。
試合開始直後の、あの無様な壁激突。あれを見た時は、頭を抱えた。だが、想定内でもあった。あの機体は、まともに動かすだけで、常識外れの難易度なのだ。
「まあ、あいつなら、すぐ慣れる。……で、慣れちまえば」
女は、にやりと、笑った。
「あの程度のダメージ差、へでもない。……ちゃんと動かせるやつが乗れば、あれは、化け物だ」
モニターの中で、白い機体の周囲の空間が、歪み始める。
「そら来た。……見せてやれよ、迅」
◇
フィールド。
白い機体の足元で、重力が、捻れた。
『――G流G流』
次の瞬間。
迅が、消えた。
今までとは、まるで、比較にならない速度で。
◇
凪は、反応、できなかった。
重力による、加速。
地を蹴るのではなく、空間そのものの歪みを、推進力に変える。スラスターの限界を、無視した速度。
白い影が、凪の、真横に、現れた。
(――しまっ)
凪が、回避に、身を捻る。
だが、遅い。
白い機体の脚が、豪速で、凪の右脚を、薙いだ。
バギィッ!!
アルカナ・オブスキュアの右脚が、根本から、へし折れた。
「――ぐぅッ……!?」
コックピットに、警告音が、けたたましく鳴り響く。視界が、赤く、明滅する。
コア・シンクを通じて、脚を失った衝撃が、凪の感覚を、揺さぶった。まるで、自分の脚を、もがれたような。
機体が、錐揉みに、体勢を崩す。
凪は、糸で近くのビルを掴み、辛うじて、墜落を、堪えた。
だが、右脚を、失った。
左腕は、準決勝で酷使したまま。
満身創痍の機体が、宙に、ぶら下がる。
『凪選手の右脚がァッ!! 一瞬で、持っていかれましたッ!!』
『速すぎる……! さっきまでとは、次元が違う……!』
◇
観客席の、一角。
周李龍が、その光景を、見つめていた。
重力を、操る力。
彼が、一回戦で、迅にぶつけ――そして、破られた、能力。
その《G流G流》が、今、迅の機体で、使われている。
「……僕の、重力操作を」
周李龍の、拳が、握られた。
悔しさ。自分を破った相手が、自分の力を、使っている。
嫉妬。そして――関心。
自分は、あの能力を、機体を制御し、盤面を組み立てるために、使っていた。
だが、迅は、それを、ただ「加速」のためだけに、使っている。純粋な、速度への、変換。
自分には、できない、使い方だった。
「……あんな、使い方が、あったのか」
悔しさの中に、確かな、感嘆が、滲んでいた。
◇
フィールド。
凪は、宙に、ぶら下がったまま。
その白い機体を、じっと、見ていた。
右脚を、失った。それでも、凪の思考は、止まっていなかった。
今の、能力。
《G流G流》。周李龍の、重力操作。
あの能力が、なぜ、迅の機体で、使えるのか。
(……能力を、使った)
その事実が、凪の中で、すべての違和感を、繋げていく。
このゲームで、能力枠を持てるのは――ヒューマン型だけだ。
ロボット型は、防御とスピードにバフが乗る代わりに、能力を、使えない。
なのに、迅の機体は、能力を使った。
つまり。
(あの機体は――ヒューマン型?)
だが、それは、おかしい。
あの機体は、どう見ても、ロボット型のシルエットだ。ヒューマン型の、人間らしい造形など、どこにもない。
いや。
凪の思考が、一気に、核心へと、突き進んだ。
反応の、遅延。操縦と機体の間に、挟まった、何か。能力を使える、ヒューマン型。だが、見た目は、巨大なロボット。
その、すべてを、繋げる答えは。
(……機体の、中)
凪の視線が、白い機体の、胸部へと、向かった。
(あの中に――「本体」が、いる)
◇
『……迅さん』
凪が、口を開いた。
『その機体の、中』
白い機体の動きが、止まった。
『……本体が、いるんですね。小さな、ヒューマン型が』
「……お」
迅の声が、感心したように、漏れた。
「……正解。よく、分かったね」
◇
実況席が、爆発した。
『中にッ!? あの機体、中に、本体が乗ってるってことですかァッ!?』
『……機体そのものを、「武器」として、登録してるんです』
迫力雀士の声が、震えていた。
『中の小さなヒューマン型が、本体。……だから、能力まで使える』
会場が、どよめきに、包まれた。
誰も、そんな構築を、見たことがなかった。
◇
「……いやあ、まいったな」
迅は、悪びれもせず、笑った。
「そこまで、当てられちゃうか。……さすがだね、凪くん」
『……なぜ、こんな構築を』
「んー……」
迅は、少し、考えてから。
「一回戦でさ。周くんの、あの重力の能力、食らったんだよね」
その声が、どこか、懐かしむように、緩んだ。
「あれ、食らった瞬間に、思っちゃったんだよ。……あの力、俺が使ったら、どんだけ速くなるんだろうって」
『……それだけの、理由で』
「うん。それだけ」
迅は、あっさりと、言った。
「速くなれるなら、なんでもいいんだよ、俺は。……そのために、機体を、丸ごと武器にするくらい、安いもんでしょ」
◇
凪は、その言葉に、背筋が、冷えるのを、感じた。
速くなるためなら、なんでもいい。
そのために、操縦難易度が、跳ね上がろうと。中の本体が、HP5の、紙装甲になろうと。
この男は、ただ、速さだけを、求めている。
だが。
凪の思考は、その恐怖の中でも、一つの活路を、探していた。
(……一撃では、落とせないはずだ)
中の本体は、速度に、すべてを注いでいる。その代償に、迅の一撃の重さは、あの速度ほどには、ない。
現に、右脚を持っていかれても、凪のHPは、まだ、致命的には、削れていない。
削り切るには、手数が、要る。
この速度で、何度も、当て続けなければ、凪は、落ちない。
(……つまり、まだ、終わっていない)
凪は、折れた右脚のまま、ピラリスを、握り直した。
◇
だが。
迅が、静かに、告げた。
「なるほどね。……確かに、俺の攻撃じゃ、一撃で君を落とせない」
白い機体の、周囲の空間が。
再び、歪み始めた。
「でもさ。……当て続ければ、いいだけでしょ?」
空間の、歪みが。
一つ、二つ、三つ。
凪を、囲むように、幾重にも、生まれていく。
「この速度で。……何十回でも」
凪の、全方位。
その、すべてに。
重力の、歪みが、渦を巻いていた。
(……囲まれた)
右脚を失い、宙にぶら下がった、満身創痍の機体。
その周囲を、逃げ場のない、重力加速の、檻が、覆っている。
どこへ逃げても。
あの、比較にならない速度が、四方から、殺到する。
『こ、これはッ……! 凪選手、完全に、包囲されていますッ!!』
『逃げ場が……ない……!』
◇
右脚は、ない。左腕も、限界。底力の条件も、まだ、満たしていない。
この、逃げ場のない包囲を、抜ける手立てが。
凪には、見当たらなかった。
「じゃあ――行くよ」
迅の、静かな声。
次の瞬間。
四方の歪みから、白い影が、殺到した。
凪は、糸で、身を捻る。躱しきれない。
ドゴッ。
背中。よろけた先へ、また、白い影。
ドゴッ。
横腹。受ける間もなく、反対側から。
ドゴッ。
肩。視界が、揺れる。
一撃が終わる前に、次の一撃が来る。
一発ずつは、重くない。だが、比較にならない速度の連撃が、四方から、途切れることなく、凪を打ち据える。躱す間も、受ける間も、ない。
警告音が、鳴り止まない。赤い視界が、明滅を、繰り返す。
なす術も、なく。
黒い機体は、重力の檻の中で、ただ、蹂躙されていた。




