第68話 決勝①
白い機体が、凪へと、殺到した。
今度は、まっすぐ。
迅・ソニックの神速が、瓦礫の街を、切り裂く。
凪は、糸で高架を掴み、身体を引き上げた。
白い影が、コンマ数秒前まで凪がいた場所を、通り過ぎる。
そして、その先で。
ガシャッ。
瓦礫に足を取られ、たたらを踏んだ。
(――今)
凪は、即座に、糸を放った。
体勢を崩した白い機体の、両脚へ。動きを、封じる。
だが。
糸が届く、その寸前。
白い機体が、地面を蹴って、跳んだ。
制御を失ったまま、たまたま、後方へ。
糸が、空を、掴む。
「うわっと。……あぶな」
迅の、間の抜けた声。
(……偶然、躱された)
凪の口元が、わずかに、歪んだ。
◇
迅の動きは、明らかに、乱れている。
だが――速い。
どれだけ制御が甘くても、あの初速だけは、健在だった。
しかも、制御が甘いせいで、どこへ飛ぶか、迅本人にすら、分かっていない。
ならば、凪に、読めるはずも、なかった。
(……当てるなら、動きが止まった瞬間しか、ない)
凪は、狙いを、定めた。
迅が転ぶ。その、コンマ数秒。そこだけが、この男を捉えられる、唯一の隙。
◇
白い機体が、再び、突撃してきた。
凪は、ビルの陰へ、跳んで、回避する。
迅は、そのまま、瓦礫の山へ、突っ込んだ。
ガラガラッ。
(――今度こそ)
凪の左手から、ビームが、放たれた。
瓦礫に埋もれた、その一点へ。
閃光が、瓦礫の山を、貫く。
その、寸前。
「――あっ、やば」
白い機体が、瓦礫を蹴って、跳んだ。
制御しきれない体勢のまま、それでも、咄嗟に、射線から身を捻る。
凪のビームは、無人の瓦礫を、焼いただけだった。
(……今の、反応した)
乱れた機体で、この速度で、あの一瞬に。
迅は、確かに、躱してみせた。
◇
『凪選手、決め手がありませんッ!! 迅選手、乱れているのに、当たらないッ!!』
『……皮肉ですよ、これ。制御できてないから、読めないんです』
◇
狙って当たらないなら、通り道を、塞ぐ。
凪は、糸を、幾重にも、張り巡らせた。
ビルとビルの間。高架の下。瓦礫の谷。迅の進路を、網で、覆い尽くす。
どこへ飛ぼうと、この網のどこかには、触れる。
白い機体が、突撃してきた。
(――捕らえた)
だが、その白い影は。
網の、わずかな隙間を、すり抜けて、いった。
「おっ。……今の、うまくいった」
迅の、無邪気な声。
(……どう捉えろと、いうんですか)
◇
凪の攻めは、ことごとく、空を切っていた。
糸も。ビームも。網も。
すべてが、あの白い影に、届かない。
『決勝、開始から数分ッ!! ですが、入ったダメージは――迅選手の、自爆だけですッ!!』
◇
だが、凪は、見ていた。
迅の乱れた動きを、その挙動を、目に焼き付けながら。
一つの、違和感に、気づいていた。
反応が、わずかに、遅い。
判断は、正しい。体勢の立て直し方は、完璧だ。
なのに――機体が、動き出すまでが、コンマ数フレーム、遅れている。
(……判断は、間違っていない。なのに、機体が、追いついてない)
凪は、その事実を、脳裏に、刻んだ。
(操縦と、機体の間に――何か、挟まっている?)
だが、その先は、分からなかった。
(……こんな設計、ありえない)
◇
そして。
凪は、気づいて、しまった。
迅の動きから、乱れが。
少しずつ、消えていることに。
最初は、明後日の方向へ飛んでいた。
次は、進行方向は合っていたが、止まれなかった。
その次は、止まれたが、体勢を崩した。
そして、今。
白い機体が、凪の目の前で、ぴたりと、止まった。
瓦礫を蹴り上げることも、たたらを踏むことも、なく。
完璧な、制動。
◇
(……慣れて、きている)
凪の背に、悪寒が、走った。
この数分で。迅は、この暴れ馬を、急速に、乗りこなし始めていた。
実戦の中で、機体を、自分の手足に、変えていく。
それが、迅・ソニックという、プレイヤーだった。
◇
凪は、ピラリスを、握った。
迅が、目の前で、止まっている。
制御された、完璧な静止。
だが――止まっているなら。
(……今なら、当てられる)
凪が、渾身の力で、ピラリスを、投げた。
糸を繋いだ、必中の一投。この距離。この静止。外す道理が、ない。
巨大な杭が、白い機体の、胸部へと、迫る。
その、瞬間。
「――もう、大丈夫」
迅の声から。
あの、飄々とした軽さが、消えていた。
◇
白い機体が、動いた。
凪の投げた杭。その、軌道の。
わずか、数センチ、横へ。
最小限の動きで。
完璧に、見切って。
ピラリスが、白い機体の、頬をかすめて。
空を、切った。
◇
凪は、その光景を。
ただ、見ていた。
糸も、ビームも、網も、杭も。
何一つ。
この男には。
届かない。
「……お待たせ」
迅が、ゆっくりと、凪へ、向き直った。
もう、そこに。
制御を失った、暴れ馬は、いなかった。
いるのは、ただ。
予選無敗の、絶対王者。
「じゃあ――ここからは、俺の番だ」
その言葉と、同時に。
白い機体の、周囲の空間が。
ぐにゃり、と。
歪んだ。
凪の目が、見開かれた。
その歪みを、凪は、知っていた。
いや、この会場にいる、誰もが、知っていた。
一回戦で。
この男が、真正面から、破った能力。
『――G流G流』
周李龍の、重力操作。
なぜ、それを、迅が。
その答えを、凪が、考えるより、早く。
白い機体の足元で、重力が、捻れた。
次の瞬間。
迅が、消えた。
今までとは、まるで、比較にならない速度で。




