第67話 鷹・再飛
『――さあ、決勝戦ッ!! 両選手、入場ですッ!!』
会場が、揺れていた。
準決勝の熱が、冷めやらぬまま。日本大会の、最後の一戦が、始まろうとしている。
『まずは、こちらッ!! 環境を破壊した裏方ビルダー、凪選手ッ!!』
凪のアルカナ・オブスキュアが、フィールドへと、降り立った。
準決勝で砕けた左腕も、修復されている。ロボット型を装った、あの黒い機体。
だが、もう、誰も、それをロボット型だとは、思っていない。
『そして――予選無敗の絶対王者ッ!! 迅・ソニック選手ォォッ!!』
白い機体が、フィールドの反対側へ、降下してくる。
その瞬間。
『……あれ?』
実況の、マイク富岡の声が、止まった。
『迅選手、準決勝とは……違う機体ですッ!!』
会場が、ざわついた。
◇
降り立った、白い機体。
一見して、それは、シュトゥルム・ファルコンだった。
同じ、白。同じ、鷹を思わせる鋭角的なシルエット。同じ、翼のようなスラスター配置。
だが、違う。
準決勝で、迅は、機体を壊し切った。オーバーブーストの反動で、フレームは砕け、二度と飛べない姿になった。
あの機体は、もう、存在しない。
目の前にいるのは、それによく似た――だが、明らかに別の、新造機。
『機体名――シュトゥルム・ファルコン・リナーシタ』
システムアナウンスが、その名を、告げた。
『リナーシタ……!? 新型ですッ!! 迅選手、決勝で、新機体を投入してきましたァッ!!』
『……いや、これは、驚きましたね』
解説の迫力雀士も、身を乗り出していた。
『準決勝で機体を壊した直後に、新造機……? いつの間に、こんなものを……』
◇
凪は、その白い機体を、静かに、見つめていた。
(……シュトゥルム・ファルコンの、後継機)
ビルダーの目で、その造形を、観察する。
シルエットは、ほぼ同じ。パーツの配置も、旧機体を踏襲している。パッと見の印象は、限りなく、前の機体に近い。
だが。
(……何かが、違う)
凪の直感が、警鐘を鳴らしていた。
外見は、そっくりだ。だが、内側にあるものが、まるで、別物のような。
どこが、とは言えない。ただ、設計者の勘が、この機体の「異質さ」を、感じ取っていた。
『……迅さん』
凪が、口を開いた。
『新しい機体、ですね』
「うん。……間に合ってよかったよ」
迅の声は、いつも通り、飄々としていた。
「準決勝で、前の子を、壊しちゃったからさ。……代わりに、これで来た」
『……ずっと、これを、待っていたんですね』
「まあね」
迅は、軽く笑った。
「でも、まだ、慣れてないんだよね、これ」
『……え?』
「調整が終わったの、さっきだからさ」
凪の思考が、一瞬、止まった。
決勝。日本大会の、頂上決戦。
その舞台に、仕上がったばかりの機体で、上がってきた?
『……正気ですか』
「まあ、なんとかなるでしょ」
迅は、けらけらと、笑った。
◇
フィールドは、廃墟と化した、巨大都市。
崩れかけた高層ビル群。折れた高架。瓦礫の山。立体的な、開けた戦場。
試合開始の、カウントダウン。
3。2。1。
ゼロ。
次の瞬間。
白い機体が、消えた。
(――速いッ!!)
凪は、咄嗟に、糸を放って、横へ跳んだ。
いつもの、迅の初速。予選から幾度も見せてきた、あの神速。
だが。
その白い影は。
凪の、遥か横を、通り過ぎていった。
ドゴォンッ!!
シュトゥルム・ファルコン・リナーシタが、崩れかけたビルの壁面へ、真正面から、激突した。
鉄骨とコンクリートが、爆散する。白い機体が、瓦礫に埋もれる。
会場が、静まり返った。
『……え?』
実況の声が、間抜けに、漏れた。
誰も、何も、言わない。
数万の観客が、ただ、その光景を、見ていた。
どこかの席から、ぽつりと、声が漏れた。
「……え?」
誰も、理解できていなかった。
『い、今の……迅選手、思いっきり、ビルに突っ込みましたよねッ!?』
迅のHPゲージが、わずかに、削れていた。
残り、97%。
自傷ダメージ。
あの、予選無敗の絶対王者が。
試合開始の初手で、明後日の方向へ突っ込んで、勝手にダメージを負っていた。
『……なんですか、これ』
迫力雀士も、困惑していた。
『あの迅選手が、あんな凡ミス……?』
◇
瓦礫の中から、白い機体が、のっそりと、起き上がった。
「……いっ、たぁ」
迅の声が、聞こえた。
「……うわあ、まいったな。全然、思ってた方に行かない」
その声は、焦っているというより。
どこか、面白がっているようだった。
「……あー」
「やっぱりそうなるか」
◇
凪は、動かなかった。
その瓦礫の中の白い機体を、じっと、見つめている。
(……今のは、なんですか)
凪の頭の中で、いくつもの疑問が、渦を巻いていた。
速度は、いつも通りだった。旧機体で見慣れた、あの神速。そこに、驚きはない。
問題は、その後だ。
迅・ソニックは、世界最高峰のプレイヤーだ。「慣れていない機体」だとしても、初手であそこまで、明後日の方向へ吹っ飛ぶか?
いや。
凪の思考が、一つの、違和感に、行き着いた。
(……あの動き。「機体を、操縦し損ねた」というより――)
凪は、その先を、うまく、言語化できなかった。
だが、確かに、感じていた。
あの白い機体には、何か、根本的な「仕掛け」がある。
外見は、シュトゥルム・ファルコンとほぼ同じ。だが、中身が、まったく違う。
(……何を、隠しているんですか。迅さん)
◇
瓦礫を払って、白い機体が、構えを取った。
「……ま、これから慣れるからさ」
迅の声が、軽やかに、響く。
「凪くん。ちょっとだけ、付き合ってよ」
その言葉と、同時に。
白い機体が、再び、消えた。
今度は、まっすぐ。
凪へと、向かって。




