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【5000PV感謝】フリーダム・フロント   作者: ボナンザ・ソバイユ
日本選抜

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66/72

第65話 最高傑作

 深化・残り時間。

 00:09。

 

 しろっぷの全身から、鱗粉の光が、噴き上がった。

 残り時間を、すべて注ぎ込む。防御を、捨てる。

 六本の脚。三本の尾。四枚の翼。副腕。

 その全てを、たった一撃に、収束させる。

 

「これで――決めるッ!!」

 

 深化したイマーゴが、渾身の突撃を、放った。

 全部位を、凪一点へと、叩きつける。時間切れ前の、最大にして最後の一撃。

 

 これが当たれば、凪のHPは、消し飛ぶ。

 HP8%の堕天使に、避ける余地は、ないように見えた。

 

                ◇

 

 だが。

 

 凪の目は、その突撃の、たった一点を、見ていた。

 

 しろっぷが、最大の一撃を放つ、その瞬間。

 右の副腕が、他の部位より、ほんの一拍だけ、遅れて動く。

 

 癖だった。

 

 設計には、ない。凪が図面に描いた、クリサリスの挙動には、存在しない。

 しろっぷが、この機体に乗り続ける中で、無意識に身につけた――乗り手だけの、癖。

 

 全力を出すとき。しろっぷは、必ず、右の副腕を、最後に振る。

 

 凪は、それを、知っていた。

 

 何度も、隣で見てきた。マセガキィ戦も。戦神覇王戦の観戦中も。この試合の、無数の攻防の中でも。

 ずっと、しろっぷを、見続けてきた。

 

 だから、気づいていた。

 彼女だけの、その癖に。

 

(……ようやく、見つけました)

 

                ◇

 

 凪が、動いた。

 

 しろっぷの、最後に振られる右副腕。その一拍の遅れが生む、渾身の一撃の、たった一つの綻び。

 

 凪は、黒い翼を、畳んだ。

 加速ではなく、最小限の動きで。突撃の、その綻びへと、身を、滑り込ませる。

 

 イマーゴの全部位が、凪のいた場所を、抉った。

 六本の脚が地を砕き、三本の尾が空を薙ぎ、四枚の翼が爆風を起こす。

 だが、そのどれもが、凪を、捉えていなかった。

 

 癖の生んだ、一拍の隙。

 凪は、その隙間を、通り抜けていた。

 

                ◇

 

「……え?」

 

 しろっぷの声が、漏れた。

 

 全力を、出し切った。防御も、捨てた。その一撃を――躱された。

 

 そして。

 

 深化・残り時間。

 

 00:00。

 

 時間切れ。

 

 しろっぷの全身から、深化の光が、抜けていく。

 四枚の翼が、六本の脚が、三本の尾が、崩れ、通常のクリサリス・ヴァリアントへと、戻っていく。

 全力を出し切った、その直後の、無防備。

 

                ◇

 

 凪は、しろっぷの、目の前にいた。

 

 右手のピラリスを、握りしめて。

 

「……あんた」

 

 しろっぷが、凪を見た。

 

「あたしの、動き……読んでた」

 

『……ええ』

 

 凪が、静かに、応えた。

 

『全力を出すとき。あなたは、必ず、右の副腕を、最後に振る。……設計には、ない癖です。あなたが、乗り続けて、身につけた、あなただけの動き』

 

「……なんで、そんなの」

 

『……ようやく、分かったんです』

 

 凪の声には、勝利の高揚ではなく。

 どこか、静かな、慈しみのようなものが、あった。

 

「……何が」

 

『あなたです』

 

「……」

 

『あなたが、どういう時に、笑うのか。どういう時に、本気になるのか。……どういう時に、全部を、賭けるのか』

 

 凪は、まっすぐ、しろっぷを見ていた。

 

『ずっと、見てきました。……だから、分かった。あの癖は、その、証拠です』

 

『僕が勝てたとしたら――機体を作ったからでも、設計者だったからでもない。……あなたを、理解したからです』

 

                ◇

 

 ピラリスが、閃いた。

 

 漆黒のオーラを纏った杭が、通常状態に戻ったクリサリスの――少女の、頭部を、貫いた。

 

 ドゴッ。

 

 クリサリス・ヴァリアントのHPゲージが、一気に、ゼロへと、墜ちていく。

 

『――Winner, 凪』

 

                ◇

 

 会場が、静まり返っていた。

 

 あまりの決着に、歓声すら、一瞬、遅れた。

 

 そして。

 

 地鳴りのような、大歓声が、会場を、揺るがした。

 

『決着ゥゥッ!! 凪選手、勝利ッ!! 準決勝、突破ッ!!』

『……とんでもないものを、見ましたよ』

 

 迫力雀士の声が、震えていた。

 

『あの機体を作ったのは、凪選手です。でも、勝敗を分けたのは、設計じゃなかった。……乗り手であるしろっぷ選手が、自分で身につけた「癖」。それを、凪選手が、見抜いた。作り手が、乗り手を、誰よりも見ていた。……そういう、勝利だったんです』

 

                ◇

 

 光の粒子になって、崩れていく、クリサリス・ヴァリアント。

 凪の黒い翼も、底力が解けて、消えていく。

 

 二人の機体は、どちらも、ボロボロだった。

 凪は、左腕を失い、満身創痍。しろっぷのクリサリスは、頭部を貫かれ、光になって、散っていく。

 

 その、崩れゆくクリサリスを。

 

 凪は、まず、見上げた。

 

 倒したしろっぷ本人よりも、先に。

 自分が作り、しろっぷが極限まで乗りこなした、その機体を。

 

『……最後まで、美しかったです』

 

 崩れゆく異形へ、凪は、静かに、そう語りかけた。

 

                ◇

 

 リザルト画面。

 

 しろっぷの声が、聞こえた。

 

「……あたしじゃなくて、機体に言うんだ」

 

 その声は、拗ねているようで、どこか、笑っていた。

 

 凪は、少しだけ、考えてから。

 

『……違います』

 

「え?」

 

『あれは』

 

 一拍。

 

『あなたでした』

 

 しろっぷが、言葉を、失った。

 

                ◇

 

 しばらく、沈黙が、あった。

 

 やがて、しろっぷが、口を開いた。

 

「ねえ、凪」

 

『はい』

 

「今の、クリサリス」

 

 その声は、いつもの気怠さの奥に、ほんの少しだけ、緊張を、滲ませていた。

 

「……最高だった?」

 

 凪は、迷わなかった。

 

『はい』

 

 はっきりと、そう答えた。

 

『あなたが乗った、クリサリス・ヴァリアントは』

 

 一拍。

 

『間違いなく――僕の、最高傑作でした』

 

 

 しろっぷは、しばらく、黙っていた。

 

 その言葉を、何度も、心の中で、繰り返すように。

 

 それから。

 

「……なら、いっか」

 

 小さく、そう言って。

 

 笑った。

 

 いつもの、気怠げな笑みではなく。

 心の底から、嬉しそうな、笑顔で。

 

                ◇

 

 準決勝・第二試合、勝者、凪。

 

 決勝の舞台へ進むのは、凪と、迅・ソニック。

 

 作り手と乗り手、二人で一つの最強。

 その片割れを、自らの手で、乗り越えて。

 

 凪は、決勝へと、駒を進めた。

 

 だが、今この瞬間だけは。

 

 勝敗も、決勝も、頭になかった。

 

 ただ、最高の相手と、最高の機体と、最高の時間を過ごせたことを。

 凪は、静かに、噛みしめていた。

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