第62話 幕間
準決勝・第一試合。迅vsさくせすTが、白熱している。
会場のメインモニターでは、市街地を舞台にした激戦が映し出されていた。
だが、その喧騒から少し離れた整備スペースで、凪としろっぷは、二人きりだった。
凪は、クリサリス・ヴァリアントの制御データを、コンソールに展開していた。
無数の数値が、画面を流れていく。機体の挙動、関節の応答速度、各部位の連動。それを、凪は、一つ一つ、丁寧に調整していた。
「……やっぱり、ここですね」
凪が、ぽつりと呟いた。
「ん?」
しろっぷが、近くのベンチに腰掛けて、足をぶらぶらさせている。
「副腕の、0.3秒の遅延です。マセガキィ戦で、あなたが感覚で揺らがせて誤魔化していた、あの硬直」
凪は、画面の数値を指でなぞった。
「あれ、本来は、もっと詰められるはずなんです。設計上、0.1秒台まで縮められる余地がある。……あなたが感覚で補ってくれていたから、見過ごしていました」
「ふーん。で、それ、直すの?」
「ええ。準決勝までに、間に合わせます」
凪は、コンソールに向き直り、制御プログラムを、慎重に書き換えていく。
副腕の駆動信号の伝達経路。連動のタイミング。冗長な処理を削り、応答を最適化する。
数時間後に、自分と戦う相手の機体を。
より強く、より完璧に、仕上げようとしている。
◇
しろっぷは、その横顔を、ぼんやりと眺めていた。
数時間後には、敵になる。
なのに、この人は、自分の機体を、もっと強くしようとしている。
こっそり細工でもして有利を取る、なんて発想は、凪にはない。
しろっぷも、その疑いが、頭をよぎりすらしなかった。
(……この人は、そういうこと、絶対しないんだよな)
凪にとって、機体を良くすることと、戦って勝つことは、別の話なのだ。
目の前の機体に不具合があるなら、直す。それが敵の機体でも、関係ない。良い機体を、作る。ただ、それだけ。
歪なほどに、まっすぐだった。
しろっぷは、画面の中で研ぎ澄まされていく、自分の相棒を見つめた。
あの異形の翼も。地を駆ける脚も。鱗粉も。深化のイマーゴも。
全部、この男が、作ってくれた。
自分の中にあった、よく分からない感覚。言葉にできなかった衝動。それを、凪は、形にしてくれた。
他の誰でも、ダメだった。凪じゃなきゃ、クリサリスは、生まれなかった。
その横顔を見ていたら。
胸の奥が、少しだけ、落ち着かなかった。
数時間後には、この男を、倒す。
なのに、その男は、自分のために、こんなにも真剣な顔をしている。
(……ずるいな、ほんと)
いつもの気怠さの奥で、何かが、静かに、熱を持っていた。
◇
しばらくして。
凪が、コンソールから、顔を上げた。
「……できました。副腕の遅延、0.3秒から、0.12秒まで詰めました。それ以上は、フレームの安定性とのトレードオフなので、ここが限界です」
凪は、調整を終えたデータを、しろっぷの機体に転送した。
「これで、クリサリスは、今までより、ずっと鋭く動きます」
しろっぷは、ベンチから立ち上がり、調整されたデータを、軽く確認した。
副腕の応答が、明らかに、速くなっている。
「……ねえ」
「はい?」
「……ありがと」
「?」
「今は、それだけ」
凪は、不思議そうに首を傾げてから、静かに笑った。
「準決勝。……あなたも、僕も、全力で行きましょう」
凪は、調整を終えたクリサリスのデータを、もう一度だけ、確かめた。
「あなたが勝っても。僕が勝っても。……この機体が最高だってことは、どちらにしろ、証明されますから」
しろっぷは、その言葉に、少しだけ、目を細めた。
「……言うじゃん」
「本当のことです」
その時。
会場のほうから、地鳴りのような歓声が聞こえてきた。
準決勝・第一試合が、決着したのだ。
二人は、モニターを見た。
ボロボロになって片膝をついた、迅のシュトゥルム・ファルコン。そして、勝者の表示。
決勝へ進むのは、迅・ソニック。
その相手を決める戦いが、次だった。
「……行こっか」
しろっぷが、言った。
「ええ」
二人は、それぞれのダイブポッドへ向かって、歩き出した。
最高の機体を、作った男。
その機体を、最高に乗りこなす、少女。
どちらが欠けても、クリサリス・ヴァリアントは、完成しない。
なのに――今日、この二人の、どちらかが。
ここで、止まる。




