第61話 準決勝④
「ここからは、ちゃんと、僕も本気で行きます」
白いシュトゥルム・ファルコンが、地を蹴った。
本来の速度が、戻ってくる。
さくせすTの弾幕の網の目を、迅は的確に縫っていく。射撃ユニットのリロードの隙を読み、射線の死角を繋いで、最短距離で本体へと迫る。
さくせすTも、応じた。
ビームユニットを近接モードに切り替え、迫る迅を、サーベルで迎え撃つ。
ガギィンッ!!
剣戟が、市街地に響いた。
迅のサーベルと、さくせすTのT字ブレードが、高速で打ち合う。
一合。二合。三合。
互いに、一歩も引かない。
迅の斬撃を、さくせすTが受け流し、カウンターを返す。それを迅が躱し、すかさず突きを放つ。さくせすTが半身でかわし、ブレードで弾く。
『すさまじい剣戟ですッ!! 両者、一歩も譲りませんッ!!』
『さくТ選手、近接もこんなにできるのか……! 迅選手の斬撃を、ちゃんと捌いてる。プレイヤースキルが、異常に高い……!』
北海道の田舎で、狂ったように対戦を重ねてきた男。
その地力は、本物だった。迅の猛攻を前にしても、さくせすTは、食らいつき続けている。
だが。
打ち合いが続くほど、削れていくHPの差は、少しずつ、開いていった。
迅の斬撃が、さくせすTの装甲を、わずかに上回る精度で捉える。
受け切れなかった一撃が、レグルス・マークIIの装甲を、削る。
HP。
迅、5割。さくせすT、6割5分。
地力は近い。だが、迅のほうが、ほんの少しだけ、上だった。
その「ほんの少し」が、剣戟を重ねるたびに、積み重なっていく。
(……っ、削られてる。でも、HPはまだ、俺のほうが上だ)
さくせすTは、戦い方を、切り替えた。
HP有利を、活かす。
無理に攻めず、トラップで迅の動きを足止めしながら、距離を取る。削り合いを長引かせれば、HPの多い自分が、逃げ切れる。
さくせすTは、後退しながら、T・セットのバリアを次々に展開した。
迅と自分の間に、壁を作る。同時に、T・ステーションのユニットで、退路を弾幕で援護する。
迅の速度を、バリアと弾幕で、削ぐ。
『さくТ選手、逃げに転じたッ!! HP有利を活かして、距離を取る作戦かッ!!』
『賢い判断ですよ。地力で少し負けてるなら、HP差で勝てばいい。トラップで足止めしながら、逃げ切る……!』
迅は、バリアと弾幕の壁に、足止めされていた。
バリアをサーベルで斬り、弾幕を躱し、それでも、さくせすTとの距離が、なかなか詰まらない。
(……このままだと、逃げ切られる。HP差は、覆らない)
迅は、理解していた。
通常の戦い方では、HP有利のさくせすTを、捉えきれない。
ならば。
迅の動きが、止まった。
弾幕の中、シュトゥルム・ファルコンが、静かに、佇む。
「……さくせすTさん」
迅の声が、静かに響いた。
「あなたの言う通り、僕は、よそ見してました。……でも、もう、しません」
白い機体が、スラスターに、これまでとは比べ物にならない量の出力を、注ぎ込み始めた。
「ここで、全部、出し切ります」
その瞬間。
シュトゥルム・ファルコンの全身の継ぎ目から、青白い光が、噴き出した。
オーバーブースト。
だが、それは、さくせすTのものとは、桁が違った。
『なっ……!? 出力が、異常ですッ!!』
解説の迫力雀士が、声を上げた。
『これは……オーバーブーストですけど、出力が、おかしい……! 普通のオーバーブーストの、何倍だこれ……!? 機体が、軋んでる……いや、壊れてる……!』
オーバーブーストには、代償がある。出力を上げる代わりに、フレームを損壊する。
だが、迅のそれは、損壊の度合いが、桁外れだった。装甲が裂け、フレームが歪み、機体のあちこちから、火花と破片が散っていく。
『機体を、犠牲にしてる……! フレームの損壊を、覚悟の上で……! 縛りが強ければ強いほど、出力は、大きくなる……! 迅選手は、機体を壊し切る覚悟で、最大の出力を、引き出してるんですッ!!』
迅は、コックピットの中で、静かに、目を閉じていた。
(……この機体で飛ぶのも、これで最後だ)
シュトゥルム・ファルコン。
予選を全勝で駆け抜けた、相棒。
この出力を出し切れば、もう、二度と飛べない。フレームは砕け、機体は、用をなさなくなる。
だが、それでいい。
(次は、新しい翼で飛ぶ。……だから、最後に、お前の全部を、見せてくれ)
迅の目が、開いた。
◇
その瞬間。
会場の、誰もが。
何が起きたのか、分からなかった。
音が、消えた。
さくせすTのビームユニットが、火を噴く、その寸前。
逃げようとした、レグルス・マークIIの、目の前。
白い影が、あった。
誰も、見えなかった。
移動の軌跡も、加速の瞬間も。
ただ、気づいた時には、もう、そこにいた。
弾幕を抜けるでもなく、バリアを斬るでもなく。
その全てを、置き去りにする速度で。
白い鷹は、さくせすTの懐に、到達していた。
◇
フィールド。
さくせすTの、視界。
その全てが、一瞬で、書き換わっていた。
逃げていたはずだった。距離を取っていたはずだった。
なのに、目の前に、白い機体がいる。
(……速……)
そう、思った時には。
もう、迅のサーベルが、振り抜かれた後だった。
ザンッ。
たった、一閃。
レグルス・マークIIの胴体が、両断されていた。
HPゲージが、一瞬で、ゼロへと墜ちていく。
『――Winner, 迅・ソニック』
会場が、一拍遅れて、爆発した。
何が起きたのか、理解した観客たちが、地鳴りのような歓声を上げる。
『き、消えましたッ!! 迅選手、一瞬で距離を詰めて、一刀のもとにッ!! 今の、見えた人、いますか!?』
『……無理ですよ。あんなの、目で追えない。コア・シンクの処理が、追いつかないレベルの速度です。……これが、迅・ソニックの、本気か』
光の粒子になって崩れていくレグルス・マークIIの前で、シュトゥルム・ファルコンが、ゆっくりと、片膝をついた。
全身が、ボロボロだった。
装甲は裂け、フレームは歪み、関節からは火花が散り続けている。
HP表示。
迅、1割。
オーバーブーストの反動。
たった一撃のために、迅は、HPの半分を、自ら焼き払っていた。
そして、シュトゥルム・ファルコンは、もう、二度と飛べない姿になっていた。
迅は、コックピットの中で、ボロボロになった機体に、そっと手を触れた。
「……ありがとう」
誰にも聞こえない声で、相棒だった機体にだけ、そう告げた。
◇
リザルト画面。
『……いやー』
さくせすTの声が、聞こえた。
悔しさは、なかった。
あるのは、満足でもなかった。
もっと、純粋な――興奮だった。
『なんすか、今の。マジで、見えなかったっす』
『……すみません。最後、機体を壊してでも、勝ちにいきました』
『いやいや、謝らないでくださいよ』
さくせすTの声が、弾んでいた。
『俺、今、めちゃくちゃ興奮してるんすよ。本気のあんたが、あんなに速いなんて。……あれが、全国のトップの世界か。すげえや。ほんと、すげえ』
『……』
『俺らの遊びも、ちゃんと、あんたをここまで引っ張り出せた。それだけで、来た甲斐があったってもんっす』
さくせすTは、清々しく、笑った。
『次は、絶対、勝ちますからね。俺らの機体で。……覚えといてくださいよ、迅くん』
『……ええ。楽しみにしています』
通信が、切れた。
◇
北海道。
「……負けたか」
キリンが、ぽつりと言った。
だが、その顔は、晴れていた。Tuckも、画面の中のボロボロのレグルスを見つめながら、笑っていた。
「でも、あの迅を、ここまで追い込んだんだ。……さくT、よくやったよ」
「全国に、見せつけたな。俺らのトラップが、ちゃんと通用するって」
二人は、缶を掲げて、画面の中の友に、乾杯した。
◇
控室。
迅の勝利を見届けた、凪としろっぷ。
凪が、何か言いかけて、隣を見た。
しろっぷは、画面を見つめたまま、何も喋らなかった。
一瞬の閃光で勝負を決めた、本気の迅。その速度を、ただ、静かに見ていた。
「……速いね」
ぽつりと、それだけ。
だが、その目は、笑っていた。
気怠げな表情の奥で、瞳だけが、獲物を前にした獣のように、爛々と光っている。
あの速度が、決勝で待っている。
そこへ行くには、まず、隣のこの男を、倒さなければならない。
しろっぷの口元が、わずかに、吊り上がった。
最強となったプレイヤーと最強を作ったビルダー。二人で一つ、合わせて最強となったプレイヤー同士が、今、互いに牙を剥く。
準決勝・第二試合、凪vsしろっぷ。
その戦いが、もうすぐ、始まる。




