第60話 準決勝③
空中に打ち上げられた迅へ、さくせすTのレグルス・マークIIが、オーバーブーストの光を纏って迫る。
その光景の上に、一つの説明を、添えておく必要があるだろう。
さくせすTの戦い方を支える、あの無数のトラップ。
あれは、「トラップツール」と呼ばれる、一つの装備だった。
北海道の、地方都市。
かつて、その土地では、ネット対戦の環境が劣悪だった。
回線のラグが大きく、コンマ数秒の遅延が、勝敗を分けるこのゲームでは、致命的だった。だから、さくせすTたちは、世界と繋がる代わりに、仲間内でのオフライン対戦に明け暮れた。
ラグのない、ゼロ距離の対戦。
外の世界に触れることなく、ただ、身内だけで、狂ったような時間を、対戦に費やし続けた。
その異常な密度の積み重ねが、彼らを、化け物にした。
誰に知られることもなく、田舎の片隅で、世界基準を超えるプレイヤーが、何人も生まれていた。さくせすTも、真摯なキリンも、そして大会に出ていないTuckも。北海道のあの界隈は、知る人ぞ知る、天才の巣窟だった。
そんな彼らが、戦いに幅を持たせるために、共同で開発したのが――トラップツールだった。
コスト270。
装備としては、破格に重い。総コスト1000のうち、4分の1以上を、これ一つに費やすことになる。
その代わり、事前に登録したトラップを、コストの許す限り、自由に使える。バリア、射撃ユニット、打ち上げ機構。組み合わせは、無限。
270という重さは、本来なら、致命的なハンデだ。
だが、北海道の天才たちは、それを、プレイヤースキルと工夫で補ってしまう。
残ったコストを切り詰め、配置の妙と読みの精度で、トップ層と渡り合う。
さくせすTの予選4位通過は、運でも、まぐれでもない。
地方の片隅で磨き抜かれた、本物の実力だった。
◇
フィールド。
打ち上げられた迅へ、さくせすTのビームユニットが、照準を合わせた。
オーバーブーストの出力を乗せた、極太のT字ビーム。
『――T・バースト』
空中の迅に、回避は、できなかった。
ドォォォンッ!!!
直撃。
シュトゥルム・ファルコンが、ビルの壁面に叩きつけられ、瓦礫と共に地面へ落下した。
『直撃ッ!!! さくせすT選手、特大の一撃ッ!! 迅選手のHPが、大きく削れましたッ!!』
『罠で打ち上げて、オーバーブーストのビームで仕留めにいった……! 完全に、組み立て勝ちですよ、これは!』
HP表示。
迅、5割。
予選全勝の絶対王者が、HPを半分まで、削られていた。
◇
北海道。
「うおおおおッ!! でっか!!」
Tuckが、立ち上がって叫んだ。
「さくT、迅を半分まで削ったぞ!!」
「マジかよ……! あの迅を……!」
キリンも、興奮を隠せなかった。
「やっぱ、あいつの配置、全国でも通用するんだ……!」
◇
フィールド。
瓦礫の中から、シュトゥルム・ファルコンが、ゆっくりと立ち上がった。
「……いやあ、参ったな。本当に、強いですね、さくせすTさん」
迅の声は、まだ、どこか余裕があった。
だが、その余裕に、さくせすTは、静かにキレた。
「……迅くん」
さくせすTの声が、低くなった。
いつもの、フランクで軽い調子が、消えていた。
「あんた、まだ、本気じゃないっすよね」
「……」
「開幕、ぼうっとしてたのも。今、半分削られても余裕なのも。……あんた、どっか、上の空だ」
さくせすTの機体が、オーバーブーストの光を、さらに強めた。
「俺さ。あんたみたいな化け物に、勝ちたいんすよ。本気のあんたに、勝ちたいんだ」
さくせすTの声に、熱が、こもっていく。
「俺らの機体は、北海道の田舎で、みんなで楽しみながら作ったやつだ。トラップだらけで、ふざけてて、でも、めちゃくちゃ強い。……俺は、それを、証明しなきゃならない」
ビームユニットが、唸りを上げる。
「俺らの遊びが、ちゃんと、全国に通用するってこと。本気のあんたを倒して、見せてやらなきゃならないんだ」
さくせすTの目が、迅を捉えた。
「だから――本気、出してくださいよ。迅くん」
その言葉が。
迅の、上の空だった意識を、ようやく、完全に、引き戻した。
迅の動きが、変わった。
ぼんやりと遠くを見ていた視線が、まっすぐ、さくせすTを捉える。口元の余裕の笑みが、消える。代わりに浮かんだのは、戦士の、静かな集中。
「……ごめんなさい、さくせすTさん」
迅の声が、低くなった。
「僕、ちょっと、よそ見してました。……あなたみたいに本気の人に、失礼でしたね」
白いシュトゥルム・ファルコンが、構えを取り直す。
「ここからは、ちゃんと、僕も本気で行きます」
その瞬間。
会場の空気が、変わった。
今まで、本気を出していなかった絶対王者が。
ようやく、その牙を、剥こうとしていた。




