第59話 準決勝②
白いシュトゥルム・ファルコンは、街路の端で、静止したままだった。
『……あれ? 迅選手、まだ動きません!?』
『どうしたんでしょう。いつもの開幕ダッシュが、ない……』
迅の意識は、ほんの一瞬だけ、別の場所にあった。
まだ完成しない、新しい機体のこと。それが、頭の隅に引っかかっていた。
(……いや、今は、目の前の試合だ)
迅が、我に返り、スラスターに火を入れる。
だが、その時には、もう、遅かった。
さくせすTは、迅が呆けていた数秒の間に、すでに動き終えていた。
市街地のあちこちに、小さな構造物が、設置されている。
『なんだ、あれは!? さくせすT選手、何かを大量に設置していますッ!!』
迅が街路を駆け抜けようとした、その瞬間。
設置された構造物の一つ――小さな「駅」のような建物から、わらわらと、人型のユニットが湧き出した。
スーツ姿の、サラリーマン風の小型ユニット。それぞれが、銃を持ち、周囲のビルへ走り込み、窓から銃口を突き出す。
『――T・ステーション』
さくせすTの声が、響いた。
ビルの窓という窓から、一斉に銃撃が放たれた。
ダダダダダッ!!
「うわっ……!?」
四方八方から降り注ぐ弾幕。迅は咄嗟にスラスターで回避するが、躱した先のビルからも、別のユニットが撃ってくる。
『なんですかこれッ!! ビルの中から、無数の射撃ユニットが湧いてますッ!!』
『私も初めて見ますよ、こんな技……! 建物の中から一斉射撃……街そのものが、敵になってる……!』
◇
北海道。
Tuckが、缶チューハイを掲げて叫んだ。
「出た、ステーション!! あれえぐいんだよなあ、街中が敵になるやつ!」
「さくTのお気に入りだろ、それ」
キリンが、笑いながら酒を呷る。
「迅、いきなり囲まれてるぞ。開幕でぼうっとしてたの、完全に裏目だな」
「準備、間に合っちゃったもんな」
◇
フィールド。
迅は、弾幕の中を高速で駆け抜けていた。だが、躱すことに専念させられ、攻めに転じられない。
(……まずいな。完全に、相手のペースだ)
迅は、弾幕の薄い方向へ活路を見出そうとした。
ビルとビルの間の、狭い路地。そこなら、射線が限られる。
迅は、その路地へ飛び込んだ。
だが。
『そこ、行くと思った』
さくせすTの声。
路地の入口に、T・セットのバリアが待ち構えていた。迅が飛び込んだ瞬間、出口にも、もう一枚のバリアが展開される。
挟まれた。
狭い路地で前後を塞がれた迅に、ビルの屋上のユニットが、上空から一斉に撃ち下ろす。
ダダダダッ!!
「ぐっ……!」
装甲に、弾が突き刺さる。
迅は、サーベルでバリアを斬り裂き、強引に路地を脱出した。
だが、出た先にも、弾幕が待っている。
『さくТ選手、迅選手の逃げ場を、最初から限定してたんですよ。安全な方向を作って、そこに飛び込ませる。そして、その先で待ち伏せる。……配置が、本当にうまい』
◇
控室。
「あら、迅ちゃん、押されてるじゃないの」
ラブマクスが、目を丸くした。
『……開幕の出遅れが、響いていますね』
周李龍が、画面を見つめる。
「迅は、速度で先手を取る選手だ。それを、最初の数秒で逆転された。街を要塞化する時間を、与えてしまった」
しろっぷが、ぽつりと言った。
「……迅、やっぱり、変だね」
◇
フィールド。
迅は、弾幕の合間を縫いながら、徐々に調子を取り戻し始めていた。
(……落ち着け。射線には、必ず、隙間がある)
ユニットの射撃のタイミングを読み、リロードの隙を縫っていく。迅の速度が、本来の冴えを取り戻していく。
ビルの壁を蹴り、空中を駆け、弾幕の網の目をすり抜けて、さくせすT本体へと迫る。
『迅選手、立て直したッ!! 弾幕を抜けて、さくТ選手本体に接近ッ!!』
迅のシュトゥルム・ファルコンが、サーベルを構えて、さくせすTに肉薄した。
あと、数メートル。
その時。
さくせすTの口元が、笑った。
「……来ると思ってたよ、迅くん」
迅が接近してきた、その地点。
それは、さくせすTが、最初から、最大の罠を仕込んでいた場所だった。
『――T・スプリング』
地面に仕込まれていたトラップが、起動した。
迅の足元から、巨大なエネルギーの杭が、回転しながら突き上がる。
「なっ……!?」
高速で接近していた迅は、避けきれなかった。
突き上がる杭が、シュトゥルム・ファルコンの胴体を、下から打ち上げる。
ドゴォンッ!!
白い機体が、宙に舞った。
無防備に宙へ投げ出された迅へ。
さくせすTのレグルス・マークIIが、オーバーブーストの青い光を、全身に灯した。
罠は、まだ、終わっていない。




